60 / 123
第二章
第15話(2) 夜道を駆ける
しおりを挟む
「さてと、この辺りかね……」
夜も更けてきたところで、新潟県と長野県の県境辺りのとある山道まで千景はサイドカーを走らせ、停車した。助手席に座る勇次が尋ねる。
「なあ千景……そろそろ説明してくれないか、今回の任務を」
「ああ、そういえばしてなかったか?」
千景はエンジンを切って、バイクから降り、ヘルメットを取ってハンドルに掛け、地図を取り出して広げる。勇次もヘルメットを取る。
「これは……さっき隊長に見せられた地図だな……」
「ああ、そうだ」
「調査段階から始めるとかなんとか言っていたような気がするが?」
「そう、隠れている妖を探し出すんだ」
「隠れている?」
「腹が立つくらい巧妙にな」
千景が首をすくめる。勇次は言い辛そうに答える。
「こう言ってはなんだけど……確かに億葉の方が適任そうだが……」
「ところがそうでもねえんだ、この辺はアタシの庭みたいなもんだからな」
「ああ、レディース時代に馴染みがあるのか」
「そうだ……って、な、なんで知ってんだよ⁉」
千景が狼狽する。
「察しはついてたよ。バイク屋の娘からも『総長』って呼ばれていたじゃないか」
「あ、あれは『曹長』って意味だよ。自衛隊あがりなんだよ」
「嘘つけよ」
「ちっ、バレたか……まあいいや」
千景は自分の髪の毛を軽くわしゃわしゃとする。勇次が尋ねる。
「で? 庭っていうのが関係しているのか?」
「アタシはこの辺りには馴染みがある。だから姐御はアタシを指名した……」
「なるほどな」
「この辺りで妖が関わっていると思われる事故が頻発している」
「そうか……」
「大体、車やバイクのドライバーが巻き込まれている。幸いなことにまだ死者や重傷者は出ていないが……そろそろ手を打たないとマズいってわけだ」
「この辺りに来た理由は?」
「事故が起こっているのはこの近辺に集中している。この辺ではまだ報告事例は無いが、そろそろ仕掛けてくるんじゃないかとにらんでな」
「見たところ交通量が少なそうだが? もっと多いところを狙うんじゃないか?」
「……まあ、ちょっと流してみれば分かるさ」
千景がヘルメットを被り、バイクに跨る。勇次もヘルメットを被ると、千景はエンジンを吹かし、サイドカーを発進させる。しばらく走っていると、後方からけたたましい音がするので、勇次が驚いて振り向くと、素人目にも分かるような違法改造をこれでもかと施したバイクが数台、千景の後をついてきている。
「ぼ、暴走族か……まだいるんだな」
その内の一台が速度を上げて、千景の隣について、口笛を鳴らして話しかけてくる。
「~♪ 姉ちゃん、随分シブいのに乗ってんね~ヤマキ? イワサキ?」
「……」
「おいおい、無視しないでよ~」
「……アルタイだ」
「え?」
「ロシアのメーカーだ、サイドカーと言えばここだ」
「へ~まあ、そんなことはどうでもいいや、俺らと遊ばない?」
「悪いが仕事中だ」
千景は速度を上げ、絡んできた暴走族と離れる。勇次が尋ねる。
「ど、どうする千景?」
「面倒だな、下手に相手すると、余計に絡んでくる。構うんじゃねえぞ。無視だ、無視」
「あ、ああ……」
再び暴走族の男が並びかけてきた。
「仕事なんかいいじゃん、そっちのダセえ野郎に押し付けてさ、俺らと遊ぼうぜ」
「あん? 今なんつった?」
千景が男を睨む。勇次が慌てる。
「い、いや、構っているし⁉」
「アルタイも知らねえガキが一丁前に族気取ってんじゃねえ、ママの所にでも帰りな」
「ああん⁉」
男が千景を睨み返す。
「ち、千景、穏便に行こう……どおっ⁉」
千景を宥めようとした勇次が体勢を崩す。反対方向から別の男に蹴られたからだ。
「おい、女に運転させて助手席に乗っているダサ坊よ、邪魔だからさっさと降りろよ!」
「ああっ⁉」
「ちょ、ちょっと待て勇次⁉ 金棒出そうとすんな!」
「背中蹴られたんだぞ! 黙ってられるか!」
「わ、わりとお前も血の気が多いんだな……」
「売られた喧嘩はことごとく買ってきたんだよ!」
「まあまあ待て、下手に怪我でもさせたら、姐御に叱られるぜ」
思い掛けず勇次がヒートアップしたことにより、千景はかえって冷静になったようだ。
「じゃあ、どうすんだよ⁉」
「やりようはあるさ!」
千景は思い切りサイドカーのスピードを上げる。
「ま、待てや!」
暴走族が追いかけてくる。千景はミラーでその様子を確認する。
「……ここだ!」
「なに⁉」
千景が急に減速し、絶妙なハンドルさばきで、追ってきた2台のバイクの間隙を縫うようにサイドカーを走らせる。
「今だ! 勇次、首根っこ掴め!」
「お、おう!」
千景と勇次がそれぞれ片手を伸ばし、並走していた暴走族の男たちの首根っこを掴み、持ち上げるような形になる。
「ぐ、ぐえっ⁉」
「どわっ⁉」
運転手を突如失ったバイク2台はコントロールを失い、横転する。
「あ~あ……まあ、怪我はさせていないからセーフか」
千景は男を持ち上げたままサイドカーを道の脇に停止させる。
「な、なんてバカ力だ!」
「バカは余計だ……鍛え方が違うんだよ」
「化け物かよ!」
「化け物探し中なんだよ……悪いこと言わねえから、さっさと帰れ」
「おい! てめえら、仲間に何やってやがる!」
「!」
暴走族がもう一台、駆け寄ってくる。その男はバットを取り出して振りかぶった。
「その手を離しやが……れ⁉」
男の首根っこが並走する車から伸びた腕に掴まれ、豪快に持ち上げられる。バイクは横転する。車はゆっくりと停車し、長身かつスタイルも良く、ベリーショートの黒い髪が印象的な女性が颯爽と降りてきた。
「邪魔だ……良い子はもう寝る時間だぞ」
「ひいいっ!」
男たちはたまらずその場から逃げ出した。千景は女の顔を見て苦々し気に呟く。
「応援をよこすって姐御は言っていたが、武枝隊のてめえかよ……」
「てめえとはご挨拶だな……火場桜春(ひばおうしゅん)という名前がある」
火場と名乗った女性は微笑を浮かべる。
夜も更けてきたところで、新潟県と長野県の県境辺りのとある山道まで千景はサイドカーを走らせ、停車した。助手席に座る勇次が尋ねる。
「なあ千景……そろそろ説明してくれないか、今回の任務を」
「ああ、そういえばしてなかったか?」
千景はエンジンを切って、バイクから降り、ヘルメットを取ってハンドルに掛け、地図を取り出して広げる。勇次もヘルメットを取る。
「これは……さっき隊長に見せられた地図だな……」
「ああ、そうだ」
「調査段階から始めるとかなんとか言っていたような気がするが?」
「そう、隠れている妖を探し出すんだ」
「隠れている?」
「腹が立つくらい巧妙にな」
千景が首をすくめる。勇次は言い辛そうに答える。
「こう言ってはなんだけど……確かに億葉の方が適任そうだが……」
「ところがそうでもねえんだ、この辺はアタシの庭みたいなもんだからな」
「ああ、レディース時代に馴染みがあるのか」
「そうだ……って、な、なんで知ってんだよ⁉」
千景が狼狽する。
「察しはついてたよ。バイク屋の娘からも『総長』って呼ばれていたじゃないか」
「あ、あれは『曹長』って意味だよ。自衛隊あがりなんだよ」
「嘘つけよ」
「ちっ、バレたか……まあいいや」
千景は自分の髪の毛を軽くわしゃわしゃとする。勇次が尋ねる。
「で? 庭っていうのが関係しているのか?」
「アタシはこの辺りには馴染みがある。だから姐御はアタシを指名した……」
「なるほどな」
「この辺りで妖が関わっていると思われる事故が頻発している」
「そうか……」
「大体、車やバイクのドライバーが巻き込まれている。幸いなことにまだ死者や重傷者は出ていないが……そろそろ手を打たないとマズいってわけだ」
「この辺りに来た理由は?」
「事故が起こっているのはこの近辺に集中している。この辺ではまだ報告事例は無いが、そろそろ仕掛けてくるんじゃないかとにらんでな」
「見たところ交通量が少なそうだが? もっと多いところを狙うんじゃないか?」
「……まあ、ちょっと流してみれば分かるさ」
千景がヘルメットを被り、バイクに跨る。勇次もヘルメットを被ると、千景はエンジンを吹かし、サイドカーを発進させる。しばらく走っていると、後方からけたたましい音がするので、勇次が驚いて振り向くと、素人目にも分かるような違法改造をこれでもかと施したバイクが数台、千景の後をついてきている。
「ぼ、暴走族か……まだいるんだな」
その内の一台が速度を上げて、千景の隣について、口笛を鳴らして話しかけてくる。
「~♪ 姉ちゃん、随分シブいのに乗ってんね~ヤマキ? イワサキ?」
「……」
「おいおい、無視しないでよ~」
「……アルタイだ」
「え?」
「ロシアのメーカーだ、サイドカーと言えばここだ」
「へ~まあ、そんなことはどうでもいいや、俺らと遊ばない?」
「悪いが仕事中だ」
千景は速度を上げ、絡んできた暴走族と離れる。勇次が尋ねる。
「ど、どうする千景?」
「面倒だな、下手に相手すると、余計に絡んでくる。構うんじゃねえぞ。無視だ、無視」
「あ、ああ……」
再び暴走族の男が並びかけてきた。
「仕事なんかいいじゃん、そっちのダセえ野郎に押し付けてさ、俺らと遊ぼうぜ」
「あん? 今なんつった?」
千景が男を睨む。勇次が慌てる。
「い、いや、構っているし⁉」
「アルタイも知らねえガキが一丁前に族気取ってんじゃねえ、ママの所にでも帰りな」
「ああん⁉」
男が千景を睨み返す。
「ち、千景、穏便に行こう……どおっ⁉」
千景を宥めようとした勇次が体勢を崩す。反対方向から別の男に蹴られたからだ。
「おい、女に運転させて助手席に乗っているダサ坊よ、邪魔だからさっさと降りろよ!」
「ああっ⁉」
「ちょ、ちょっと待て勇次⁉ 金棒出そうとすんな!」
「背中蹴られたんだぞ! 黙ってられるか!」
「わ、わりとお前も血の気が多いんだな……」
「売られた喧嘩はことごとく買ってきたんだよ!」
「まあまあ待て、下手に怪我でもさせたら、姐御に叱られるぜ」
思い掛けず勇次がヒートアップしたことにより、千景はかえって冷静になったようだ。
「じゃあ、どうすんだよ⁉」
「やりようはあるさ!」
千景は思い切りサイドカーのスピードを上げる。
「ま、待てや!」
暴走族が追いかけてくる。千景はミラーでその様子を確認する。
「……ここだ!」
「なに⁉」
千景が急に減速し、絶妙なハンドルさばきで、追ってきた2台のバイクの間隙を縫うようにサイドカーを走らせる。
「今だ! 勇次、首根っこ掴め!」
「お、おう!」
千景と勇次がそれぞれ片手を伸ばし、並走していた暴走族の男たちの首根っこを掴み、持ち上げるような形になる。
「ぐ、ぐえっ⁉」
「どわっ⁉」
運転手を突如失ったバイク2台はコントロールを失い、横転する。
「あ~あ……まあ、怪我はさせていないからセーフか」
千景は男を持ち上げたままサイドカーを道の脇に停止させる。
「な、なんてバカ力だ!」
「バカは余計だ……鍛え方が違うんだよ」
「化け物かよ!」
「化け物探し中なんだよ……悪いこと言わねえから、さっさと帰れ」
「おい! てめえら、仲間に何やってやがる!」
「!」
暴走族がもう一台、駆け寄ってくる。その男はバットを取り出して振りかぶった。
「その手を離しやが……れ⁉」
男の首根っこが並走する車から伸びた腕に掴まれ、豪快に持ち上げられる。バイクは横転する。車はゆっくりと停車し、長身かつスタイルも良く、ベリーショートの黒い髪が印象的な女性が颯爽と降りてきた。
「邪魔だ……良い子はもう寝る時間だぞ」
「ひいいっ!」
男たちはたまらずその場から逃げ出した。千景は女の顔を見て苦々し気に呟く。
「応援をよこすって姐御は言っていたが、武枝隊のてめえかよ……」
「てめえとはご挨拶だな……火場桜春(ひばおうしゅん)という名前がある」
火場と名乗った女性は微笑を浮かべる。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
生贄娘と呪われ神の契約婚
乙原ゆん@1/10アンソロ配信
キャラ文芸
生け贄として崖に身を投じた少女は、呪われし神の伴侶となる――。
二年前から不作が続く村のため、自ら志願し生け贄となった香世。
しかし、守り神の姿は言い伝えられているものとは違い、黒い子犬の姿だった。
生け贄など不要という子犬――白麗は、香世に、残念ながら今の自分に村を救う力はないと告げる。
それでも諦められない香世に、白麗は契約結婚を提案するが――。
これは、契約で神の妻となった香世が、亡き父に教わった薬草茶で夫となった神を救い、本当の意味で夫婦となる物語。
「殿下、人違いです」どうぞヒロインのところへ行って下さい
みおな
恋愛
私が転生したのは、乙女ゲームを元にした人気のライトノベルの世界でした。
しかも、定番の悪役令嬢。
いえ、別にざまあされるヒロインにはなりたくないですし、婚約者のいる相手にすり寄るビッチなヒロインにもなりたくないです。
ですから婚約者の王子様。
私はいつでも婚約破棄を受け入れますので、どうぞヒロインのところに行って下さい。
後宮一の美姫と呼ばれても、想い人は皇帝(あなた)じゃない
ちゃっぷ
キャラ文芸
とある役人の娘は、大変見目麗しかった。
けれど美しい娘は自分の見た目が嫌で、見た目を褒めそやす人たちは嫌いだった。
そんな彼女が好きになったのは、彼女の容姿について何も言わない人。
密かに想いを寄せ続けていたけれど、想い人に好きと伝えることができず、その内にその人は宦官となって後宮に行ってしまった。
想いを告げられなかった美しい娘は、せめてその人のそばにいたいと、皇帝の妃となって後宮に入ることを決意する。
「そなたは後宮一の美姫だな」
後宮に入ると、皇帝にそう言われた。
皇帝という人物も、結局は見た目か……どんなに見た目を褒められようとも、わたくしが好きなのはあなたじゃない。
夕暮れカフェ◆ 公園通り恋物語◆
まゆら
キャラ文芸
桜ヶ丘公園通りで双子の姉妹夕陽と夕凪が営むカフェと下宿屋さざなみハイツの住人等、彼女たちを巡る人々の人間模様、恋模様。
可愛いもふもふ達も登場します!
のんびり、ゆったりとした物語。
君を愛することは無いと言うのならさっさと離婚して頂けますか
砂礫レキ
恋愛
十九歳のマリアンは、かなり年上だが美男子のフェリクスに一目惚れをした。
そして公爵である父に頼み伯爵の彼と去年結婚したのだ。
しかし彼は妻を愛することは無いと毎日宣言し、マリアンは泣きながら暮らしていた。
ある日転んだことが切っ掛けでマリアンは自分が二十五歳の日本人女性だった記憶を取り戻す。
そして三十歳になるフェリクスが今まで独身だったことも含め、彼を地雷男だと認識した。
「君を愛することはない」「いちいち言わなくて結構ですよ、それより離婚して頂けます?」
別人のように冷たくなった新妻にフェリクスは呆然とする。別人のように冷たくなった新妻にフェリクスは呆然とする。
そして離婚について動くマリアンに何故かフェリクスの弟のラウルが接近してきた。
美しいものを好むはずのあやかしが選んだのは、私を殺そうとした片割れでした。でも、そのおかげで運命の人の花嫁になれました
珠宮さくら
キャラ文芸
天神林美桜の世界は、あやかしと人間が暮らしていた。人間として生まれた美桜は、しきたりの厳しい家で育ったが、どこの家も娘に生まれた者に特に厳しくすることまではしらなかった。
その言いつけを美桜は守り続けたが、片割れの妹は破り続けてばかりいた。
美しいものを好むあやかしの花嫁となれば、血に連なる一族が幸せになれることを約束される。
だけど、そんなことより妹はしきたりのせいで、似合わないもしないものしか着られないことに不満を募らせ、同じ顔の姉がいるせいだと思い込んだことで、とんでもない事が起こってしまう。
致死量の愛と泡沫に+
藤香いつき
キャラ文芸
近未来の終末世界。
世間から隔離された森の城館で、ひっそりと暮らす8人の青年たち。
記憶のない“あなた”は彼らに拾われ、共に暮らしていたが——外の世界に攫われたり、囚われたりしながらも、再び城で平穏な日々を取り戻したところ。
泡沫(うたかた)の物語を終えたあとの、日常のお話を中心に。
※致死量シリーズ
【致死量の愛と泡沫に】その後のエピソード。
表紙はJohn William Waterhous【The Siren】より。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる