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第一章

第8話(3) 副隊長、激突

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 千景と風坂が戦っていた時とちょうど同じ頃、別の地点で両隊の隊員が遭遇した。

「苦竹万夜……だったか、副隊長同士がバッタリ出会うとはまた奇妙な縁だな」

 万夜よりも一回り大柄な黒髪の女性は苦笑する。万夜はすぐさま相手との距離を取る。

「火場桜春(ひばおうしゅん)! ……さん」

「さて、闘るか」

 火場が黒い隊服を着ていても分かるくらい隆々とした両腕を前に突き出して構える。

「!」

「ん?」

 万夜はさらに距離を取り、木々の中に身を隠しながら、対策を考える。

(火場桜春さん……副隊長レベルも出席する会合で何度かお会いしてご挨拶はしたことありますけど……どのような戦い方をなさるのかしら? やはり、あの鍛えに鍛えたであろう体格を存分に活かしてのパワーでゴリ押し戦法かしら? いや、いくらウチの筋肉バカでもそんな脳筋丸出しの戦い方はしませんわ。少し会話したのみですが、終始落ち着いて理知的な方だという印象を受けました。きっと戦い方もスマートな……)

「フン‼ フン‼」

「⁉」

「お、見つけたぞ」

 木々をなぎ倒し、隠れていた万夜を強引に見つけ出した火場は二カッと笑う。

「クソ脳筋でしたわ!」

 予想外の衝撃に万夜は思わずはしたない口を利いてしまう。

「捕える!」

「ぐっ!」

 火場が思ったよりも素早い動きを見せた為、万夜の反応が遅れ、隊服の襟をがっしりと掴まれてしまう。

「貰った!」

「しまっ……」

 気付いたときには火場は背負い投げの体勢に入っており、万夜の軽い身体は簡単に宙へと浮き上がり、次の瞬間、地面に叩きつけられる。

「ぐはっ!」

 声にならない声を発する万夜。火場は感心する。

「少しばかり手加減したが、それでも咄嗟に受身を取るとは……流石にそれなりに体術も心得ているか」

「ぐっ……」

「油断大敵、さっさと終わらせるか」

 絞め技に入ろうと、火場が身を屈める。万夜は自身の腰部にぶら下げていたメガホンを手に取り、口に当てて叫ぶ。

「『リサイタル!』」

「⁉ くっ!」

 耳元で大音量を聴く羽目になった火場は思わずたじろぐ。

「!」

「ちっ、どこへ行った⁉ ぐっ⁉」

 火場がたじろいでいる隙に素早く起き上がり、再び距離を取った万夜は火場の背後に回り込み、そこから鞭を投げつけ、火場の首を絞め上げて思い切り引っ張る。

「鞭での打撃もその見事な体躯には効き目が薄いでしょう! それならば絞め落とす!」

「ううっ……桜火(おうか)!」

「なっ⁉」

 火場は苦しそうに顔を歪めながらも、片手で鞭を掴み、術を用いる。鞭が一瞬で燃え上がり、驚いた万夜は鞭を引く手を緩めてしまう。その隙に火場が巻き付いた鞭を外す。

「しまっ! ええい!」

 万夜は火を消火する為、鞭を周囲に振り回したり、地面に叩き付ける。これによって煙が辺りに立ちこめたため、再び身を隠すことが可能になると瞬時に判断する。

(火系統の術者! ただでさえ力があるのに反則ですわ! ……とここで愚痴ってもどうにもなりません。わたくしのやることは一つ、接近戦を避けること!)

「春暁(しゅんぎょう)!」

「はっ⁉」

 火場は拳を燃え上がらせて、左右に大きく振るう。煙が一瞬の内に晴れ、身を屈めていた万夜の姿があらわになってしまう。

「それっ!」

「ちぃっ!」

 火場が今度は万夜の襟を両手で掴む。

「絞め技の手本を見せてやる!」

 火場は襟を掴んだ両腕を十字の形にして、両手の甲を上にして、前腕で万夜の頸部を絞めようとする、柔道でいう並十字絞である。

「ぐぬぬ……」

 万夜は再びメガホンに手を伸ばし、口に当てて叫ぶ。

「『コンサート!』」

「⁉」

「なっ⁉」

 火場は再び一瞬たじろぎ、絞め上げる手の力をわずかに緩めたが、それでも体勢を崩さずにその場に踏み留まる。万夜が驚く。

(そんな! さっきのリサイタルよりも一段階上の術ですのに⁉)

 火場がニヤっと笑って、顔を横に向ける。万夜が再び驚く。

「こ、小石を拾って耳栓代わりに⁉」

「お前の妙な術は封じた! これで終わりだ!」

「それならば!」

 万夜が前に踏み込み、火場に顔を近づけ、三度メガホンに口を当てる。

「距離を詰めれば、即席の耳栓など!」

「来ると分かっていれば耐えられる!」

「『ライブハウス……』」

 万夜の言葉を聞いて、火場は思わず笑ってしまう。術の詳細までは分からないが、『リサイタル』と『ライブハウス』を比べれば、むしろ規模が小さくなっている=威力が減ることになるのではないか。窮地に立たされて、冷静さを欠いたのだと考える。しかし、次いで発せられた言葉に火場は完全に意表を突かれる。

「『武道館へようこそ‼』」

「ぐおっ!」

 先程とは比べものにならない程の音圧が火場を襲う。火場は万夜を離し、自らの両耳を抑える。絞め技から解放された万夜は苦しそうに咽ながらも体勢を立て直し、鞭を火場の両腕ごと巻き込んで、首を絞める。

「手が使えなければ、術は使えないはず! 今度こそ落とす!」

「……うおおっ!」

「なっ⁉」

 火場は絞められながら体をぐるぐると高速で回転させる。

「ええいっ!」

「そ、そんな馬鹿なぁぁぁ……」

 まるでハンマー投げ選手が投じるハンマーの様な形で、万夜は遠くに投げ飛ばされる。火場はその場にしゃがみ込んで、呼吸を整える。

「なんだ、あの技の名は……文章じゃないか……」

 呼吸が落ち着くと、火場はゆっくりと立ち上がって、ハンマー、もとい万夜が飛んで行った方角に目をやる。

「我ながら随分飛ばしたな……しかし、あの辺は高い木も多い。木の枝などに引っかかって、地面に直接落下したとは考えにくいな……つまり奴と再びまみえる可能性もあるということか……今は味方と合流することを考えるか」

 火場は小石を耳から取って放り投げ、悠然と歩き出す。

「今後の妖との戦いに備え、耳栓なども用意する必要があるかもしれんな……この対抗戦、なかなかどうして有意義かもしれん」
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