上 下
47 / 50
第一章

第12話(2)追っ手との戦い

しおりを挟む
「へえ、案外ちゃんとした舟じゃないか……」

 技師がポツリと呟く。

「それじゃあ、お願いしますよ……」

 藤花が初老の舟頭に声をかける。

「……へい」

 舟頭は小さく頷き、小舟を北へと進ませる。

「……それで?」

 楽土が藤花の隣に腰かけて問う。

「はい?」

 藤花が首を傾げる。

「いや、あそこに寄ることになるとかどうとかおっしゃっていたでしょう……」

「そんなこと言いましたっけ?」

 藤花がさらに首を傾げる。

「言っていましたよ」

「う~む……」

 藤花が腕を組む。

「どういうお考えなのですか?」

 楽土が重ねて藤花に問う。

「まあ、これはあくまで次善の策なのですが……」

「次善の?」

「ええ」

「そ、そうですか……」

「しかし……」

「え?」

「ある意味では最善の策だと言えるのかもしれません……」

「ええ?」

 楽土が首を捻る。

「……どういうこったよ?」

 技師が口を挟む。

「うん?」

 藤花が首を捻る。

「こんな時にのんびり謎かけして遊んでいる暇はないだろう……」

「別にのんびり遊んでいるつもりはないよ……何が言いたいかというと、すべては向こうの出方次第だってことさ」

「出方次第? ……むっ⁉」

 技師が声のする方に目を向けると、大きな船が一艘、小舟を追いかけてくるのが目に入る。

「ふむ、思ったよりも早かったですねえ……」

 藤花が立ち上がり、頬をさすりながら呟く。

「姐さん! この舟じゃあたちまち追いつかれちまいます!」

 初老の舟頭が慌てながら藤花に告げる。

「姐さんって言うな……」

 藤花が舟頭を睨む。

「えっ⁉」

「なんでもありません。そのまま舟を進めてください。なんとかしますので」

 藤花が笑顔に戻り、舟頭に指示する。

「は、はあ……」

 舟頭が舟の操作に戻る。

「さてと……」

「待て! 逃がさんぞ!」

 船から声がはっきりと聞こえる距離になる。

「ど、どうする⁉」

 技師が問う。

「大人しく捕まるわけにはいかないねえ……」

「し、しかし、逃げられないだろう! 追いつかれるのは時間の問題だ!」

「別に逃げるつもりもないさ」

「えっ⁉」

「ちょっと肩慣らししてくる……」

「え?」

「と、藤花さん……?」

 技師と楽土が戸惑う中で藤花は舟の後方に立つ。

「……それっ!」

「!」

 藤花が両手を振ると、両手から藤の花の蔓が伸び、追ってきた船に絡みつく。

「……よっと!」

 その蔓を伝うように飛んだ藤花が船に着地する。

「ええっ⁉」

 技師が驚く。

「‼」

「どうも、お邪魔します……」

 藤花が丁寧にお辞儀をする。

「くっ!」

 船に乗っていた者たちが揃って剣を抜いて構える。

「……ふむ、やはり海賊の類ではなく、仙台藩のお侍さんか……面倒は避けたいから始末は出来ないねえ……面倒だ」

「なにをぶつぶつと! かかれ!」

「はあっ!」

「ふう……」

「な、なにっ⁉」

 斬りかかった侍が驚く。藤花が右手の人差し指と中指の二本だけで、振り下ろされた剣を挟んで止めたからである。

「それくらいで驚かれたらこちらも困るよ……!」

「ぬおっ⁉」

 藤花が剣の刃を折ってみせる。剣を持っていた侍は体勢を崩して転倒する。

「むっ!」

「弓矢や鉄砲でさっさと討つべきだったね……まあ、そこまでの達人はいないか……」

「や、やかましい! か、かかれ!」

 上司の侍の指示に応じ、藤花の周りの侍が斬りかかる。

「うおおっ!」

「はっ!」

「がはっ⁉」

 藤花が懐に入り、掌底を侍の顎に食らわせる。侍は崩れ落ちる。

「むおおっ!」

「ふっ!」

「ぐはっ⁉」

 藤花がしゃがみ込み、回し蹴りで足を払い、侍を転ばせる。侍は頭を打って動かなくなる。

「ぬおおっ!」

「ほっ!」

「ごはっ⁉」

 藤花が飛び上がり、侍の髷をつかんで、顔面に膝蹴りをお見舞いする。侍は倒れる。

「終わりかな……?」

「なっ……仕込み武器の類を使わずに……」

「へえ、それが見えているならそれなりに優秀だね……」

「ふ、ふざけおって……!」

「加減をしてやったんだ。むしろお礼を言って欲しいくらいだね」

 藤花が両手を大げさに広げる。

「ま、まだ儂がいる! ……むっ⁉」

「……威勢が良いのはもう分かったよ」

「⁉」

 藤花が上司の侍の懐にすっと入り込み、右手の中指で額を軽く弾く。上司の侍が後方に吹っ飛び、船から落ちそうになるが、その寸前で止まる。藤花がホッとする。

「あ、あぶな……落ちたら面倒どころじゃなかったよ……さて……」

「ひっ⁉」

 藤花が船頭にゆっくりと近づく。船頭が怯える。

「なにも取って食いやしないよ……他にも追っ手がやって来るんだろう? ここで待って、そいつらに報せてやってちょうだい……私たちは……で待つと」

「は、はあ……」

「分かったね?」

「は、はい!」

 船頭が頷く。藤花が笑みを浮かべる。

「良い子だ。それじゃあ……!」

 藤花は再び両手から藤の花の蔓を出して、小舟に絡め、それを伝って戻る。技師が戸惑う。

「む、無茶苦茶なことをするな……」

「……どうもありがとう」

「ほ、褒めてないぞ!」

「そうじゃなくて、修理をしてくれたことだよ」

 藤花が苦笑する。

「あっ……」

「試しに武器を使わないで戦ってみたが、思った以上に動けたよ……」

 藤花が右手の手のひらを握ったり、開いたりする。技師が戸惑い気味に頷く。

「そ、それはなにより……」

「だが、やはり……あそこに寄る必要があるね……」

「あそことは?」

 楽土が尋ねる。

「松島です」

「ま、松島⁉」

「ええ、そこで追っ手を待ち構え、迎え撃つことにしました……」

「い、良いのですか? あのからくり人形も来るのでは?」

「だからこそですよ。返り討ちにしてやると同時にあの大樹とやらも破壊する……これこそまさに一石二鳥というやつです」

「な、なるほど、次善にして最善の策……!」

 楽土が腕を組んで頷く。

「そういうことです。舟を松島へ!」

「へ、へい!」

 舟頭が舟を松島の方角へと向ける。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

吉宗のさくら ~八代将軍へと至る道~

裏耕記
歴史・時代
破天荒な将軍 吉宗。民を導く将軍となれるのか ――― 将軍?捨て子? 貴公子として生まれ、捨て子として道に捨てられた。 その暮らしは長く続かない。兄の不審死。 呼び戻された吉宗は陰謀に巻き込まれ将軍位争いの旗頭に担ぎ上げられていく。 次第に明らかになる不審死の謎。 運命に導かれるようになりあがる吉宗。 将軍となった吉宗が隅田川にさくらを植えたのはなぜだろうか。 ※※ 暴れん坊将軍として有名な徳川吉宗。 低迷していた徳川幕府に再び力を持たせた。 民の味方とも呼ばれ人気を博した将軍でもある。 徳川家の序列でいくと、徳川宗家、尾張家、紀州家と三番目の家柄で四男坊。 本来ならば将軍どころか実家の家督も継げないはずの人生。 数奇な運命に付きまとわれ将軍になってしまった吉宗は何を思う。 本人の意思とはかけ離れた人生、権力の頂点に立つのは幸運か不運なのか…… 突拍子もない政策や独創的な人事制度。かの有名なお庭番衆も彼が作った役職だ。 そして御三家を模倣した御三卿を作る。 決して旧来の物を破壊するだけではなかった。その効用を充分理解して変化させるのだ。 彼は前例主義に凝り固まった重臣や役人たちを相手取り、旧来の慣習を打ち破った。 そして独自の政策や改革を断行した。 いきなり有能な人間にはなれない。彼は失敗も多く完全無欠ではなかったのは歴史が証明している。 破天荒でありながら有能な将軍である徳川吉宗が、どうしてそのような将軍になったのか。 おそらく将軍に至るまでの若き日々の経験が彼を育てたのだろう。 その辺りを深堀して、将軍になる前の半生にスポットを当てたのがこの作品です。 本作品は、第9回歴史・時代小説大賞の参加作です。 投票やお気に入り追加をして頂けますと幸いです。

色は変わらず花は咲きけり〜平城太上天皇の変

Tempp
歴史・時代
奈良の都には梅が咲き誇っていた。 藤原薬子は小さい頃、兄に会いに遊びに来る安殿親王のことが好きだった。当時の安殿親王は皇族と言えども身分は低く、薬子にとっても兄の友人という身近な存在で。けれども安殿親王が太子となり、薬子の父が暗殺されてその後ろ盾を失った時、2人の間には身分の差が大きく隔たっていた。 血筋こそが物を言う貴族の世、権謀術数と怨念が渦巻き血で血を洗う都の内で薬子と安殿親王(後の平城天皇)が再び出会い、乱を起こすまでの話。 注:権謀術数と祟りと政治とちょっと禁断の恋的配分で、壬申の乱から平安京遷都が落ち着くまでの歴史群像劇です。 // 故里となりにし奈良の都にも色はかはらず花は咲きけり (小さな頃、故郷の平城の都で見た花は今も変わらず美しく咲いているのですね) 『古今和歌集』奈良のみかど

東洲斎写楽の懊悩

橋本洋一
歴史・時代
時は寛政五年。長崎奉行に呼ばれ出島までやってきた江戸の版元、蔦屋重三郎は囚われの身の異国人、シャーロック・カーライルと出会う。奉行からシャーロックを江戸で世話をするように脅されて、渋々従う重三郎。その道中、シャーロックは非凡な絵の才能を明らかにしていく。そして江戸の手前、箱根の関所で詮議を受けることになった彼ら。シャーロックの名を訊ねられ、咄嗟に出たのは『写楽』という名だった――江戸を熱狂した写楽の絵。描かれた理由とは? そして金髪碧眼の写楽が江戸にやってきた目的とは?

徳川家基、不本意!

克全
歴史・時代
幻の11代将軍、徳川家基が生き残っていたらどのような世の中になっていたのか?田沼意次に取立てられて、徳川家基の住む西之丸御納戸役となっていた長谷川平蔵が、田沼意次ではなく徳川家基に取り入って出世しようとしていたらどうなっていたのか?徳川家治が、次々と死んでいく自分の子供の死因に疑念を持っていたらどうなっていたのか、そのような事を考えて創作してみました。

厄介叔父、山岡銀次郎捕物帳

克全
歴史・時代
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

保健室の秘密...

とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。 吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。 吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。 僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。 そんな吉田さんには、ある噂があった。 「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」 それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。

ナポレオンの妊活・立会い出産・子育て

せりもも
歴史・時代
帝国の皇子に必要なのは、高貴なる青き血。40歳を過ぎた皇帝ナポレオンは、早急に子宮と結婚する必要があった。だがその前に、彼は、既婚者だった……。ローマ王(ナポレオン2世 ライヒシュタット公)の両親の結婚から、彼がウィーンへ幽閉されるまでを、史実に忠実に描きます。 カクヨムから、一部転載

空母鳳炎奮戦記

ypaaaaaaa
歴史・時代
1942年、世界初の装甲空母である鳳炎はトラック泊地に停泊していた。すでに戦時下であり、鳳炎は南洋艦隊の要とされていた。この物語はそんな鳳炎の4年に及ぶ奮戦記である。 というわけで、今回は山本双六さんの帝国の海に登場する装甲空母鳳炎の物語です!二次創作のようなものになると思うので原作と違うところも出てくると思います。(極力、なくしたいですが…。)ともかく、皆さまが楽しめたら幸いです!

処理中です...