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第一章
第10話(1)バカの改良
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拾
「ここは……?」
建物の中で楽土が南蛮人に尋ねる。
「ワタシガサギョウナドデツカッテイルコヤノヒトツデース」
「作業用の小屋……」
「作業ねえ……」
藤花が壁に寄りかかりながら、目を細める。
「藤花さん?」
「大方、逢い引きにでも使っているんじゃないですか?」
「マ、マア、ソウイウバアイモアリマス……」
南蛮人は恥ずかしそうにする。
「何がそういう場合ですか……」
藤花が呆れる。
「ふむ……ここは山の中、普通の娘さんが通うのは難儀しそうではありますけれど……」
「アア、ハイ……」
「迎えに行ったりするのですか?」
「アア、マア、ハイ……」
楽土の問いに南蛮人が苦笑する。
「楽土さん、それ以上は良いでしょう」
「し、しかし……」
「良いでしょう……!」
「!」
藤花に睨まれて、楽土は口を閉じる。
「……どうです?」
「まあ、意外とこの小屋も道具や部品が充実しているからね……」
技師が牛のからくりについて作業しながら藤花の問いに答える。
「修理は順調?」
「順調そのものだ」
「ほう……」
「それどころか……」
「それどころか?」
「さらなる改良が見込めるね」
「それはなによりです……」
「なにかお望みはあるかい?」
技師が藤花に尋ねる。
「ここに残っていた、もう一体のこの牛のからくりも用いて……したいです」
「ええっ⁉」
「このからくりの機動力や突進力を用いれば出来るはず……」
「う、うむ……」
「如何ですか?」
「出来なくはないけれど……」
技師が後頭部をポリポリと掻く。
「けれど?」
「大変だぜ……と言いたいところだが、面白そうだ、やってみよう」
「お願いします」
笑顔の技師の言葉に藤花は笑みを返す。
「えっと……今それがしたちがいる山が……」
「コシジヤマデス」
楽土の呟きに南蛮人が反応する。
「あ、越路山……青葉山まではあともう一山というところですね」
「ソウデスネ」
「……この山を含む、この周辺一帯は御城林として立ち入りが厳しく制限されています……城の敷地内と言っても良いかもしれません」
「あ、藤花さん……」
藤花が歩み寄ってくる。
「しかし、今回、南蛮人の方の手引きによって、ここまで来られた……」
「はあ……」
「これはまたとない好機です」
「そ、そうでしょうか?」
楽土が首を傾げる。
「なにか気になることが?」
「いや、ありますよ。てっきり大手門側からどうにかするのかと思いました」
「監視の目がある……まず無理でしょう」
藤花は首を左右に振る。
「まあ、それはそうですよね……」
楽土が腕を組む。
「そうです」
「地下道などは……」
「十中八九、あるにはあると思いますが、それがどこかを突き止めるのは時間がかかりそうです。防衛上最大の機密でしょうからね……どうです?」
「サスガニソコマデハオシエテモラッテナイデスネ~」
藤花の問いかけに南蛮人が苦笑交じりで答える。
「だ、そうです……」
「むう……」
楽土が顎に手を当てる。
「そうなると考えられる方法は限られてきます」
「本意ではありませんが!」
楽土が声を上げる。藤花が視線を向ける。
「……伺いましょう」
「城下町で騒ぎを起こせば、お目当てのものも城下に出張ってくるのでは?」
「引きずり出すということですか?……無益な殺生は好まないのでしょう?」
「む……」
楽土が黙る。
「なるほど、目と鼻の先の城下町で乱暴狼藉を働けば、城の連中も対応せざるを得ない。しかし、その相手は当然十や百ではきかないでしょう。下手すれば千の兵が出てくるかも……からくり人形は一騎当千というわけではありません――まあ、幸いにも試したことがないから分かりませんが――危険です」
「逃げ場もありませんからね……」
楽土が口を開く。
「そういうことです。それに……今後を考えれば、目立つようなことは極力避けたい……」
「今後?」
楽土が首を傾げる。
「いえ、それはまた別の話です……」
しばらく沈黙が続いた後、技師が声を上げる。
「……出来たぞ!」
「……結構。これでいけますね。明朝、仕掛けます」
翌朝、朝早く越路山のふもとで、藤花が馬たちを預ける。南蛮人が頷く。
「ソノカタノコトハシッテイマス、ウマヲトドケレバイインデスネ?」
「ええ、お願いします……」
「と、藤花さん?」
「何か?」
「ここは竜ノ口渓谷なのですが……」
「それは知っています。こちらが青葉山でしょう?」
「だ、断崖絶壁ですよ⁉」
「そこを逆手にとります! この改良型牛のからくりで一気呵成に駆け上がって裏の埋門から仙台城に突っ込む! 行きますよ! 楽土さん! 技師さん!」
「え、ええっ⁉」
牛のからくりに跨った藤花たちが崖を勢いよく駆け上がっていく。
「ここは……?」
建物の中で楽土が南蛮人に尋ねる。
「ワタシガサギョウナドデツカッテイルコヤノヒトツデース」
「作業用の小屋……」
「作業ねえ……」
藤花が壁に寄りかかりながら、目を細める。
「藤花さん?」
「大方、逢い引きにでも使っているんじゃないですか?」
「マ、マア、ソウイウバアイモアリマス……」
南蛮人は恥ずかしそうにする。
「何がそういう場合ですか……」
藤花が呆れる。
「ふむ……ここは山の中、普通の娘さんが通うのは難儀しそうではありますけれど……」
「アア、ハイ……」
「迎えに行ったりするのですか?」
「アア、マア、ハイ……」
楽土の問いに南蛮人が苦笑する。
「楽土さん、それ以上は良いでしょう」
「し、しかし……」
「良いでしょう……!」
「!」
藤花に睨まれて、楽土は口を閉じる。
「……どうです?」
「まあ、意外とこの小屋も道具や部品が充実しているからね……」
技師が牛のからくりについて作業しながら藤花の問いに答える。
「修理は順調?」
「順調そのものだ」
「ほう……」
「それどころか……」
「それどころか?」
「さらなる改良が見込めるね」
「それはなによりです……」
「なにかお望みはあるかい?」
技師が藤花に尋ねる。
「ここに残っていた、もう一体のこの牛のからくりも用いて……したいです」
「ええっ⁉」
「このからくりの機動力や突進力を用いれば出来るはず……」
「う、うむ……」
「如何ですか?」
「出来なくはないけれど……」
技師が後頭部をポリポリと掻く。
「けれど?」
「大変だぜ……と言いたいところだが、面白そうだ、やってみよう」
「お願いします」
笑顔の技師の言葉に藤花は笑みを返す。
「えっと……今それがしたちがいる山が……」
「コシジヤマデス」
楽土の呟きに南蛮人が反応する。
「あ、越路山……青葉山まではあともう一山というところですね」
「ソウデスネ」
「……この山を含む、この周辺一帯は御城林として立ち入りが厳しく制限されています……城の敷地内と言っても良いかもしれません」
「あ、藤花さん……」
藤花が歩み寄ってくる。
「しかし、今回、南蛮人の方の手引きによって、ここまで来られた……」
「はあ……」
「これはまたとない好機です」
「そ、そうでしょうか?」
楽土が首を傾げる。
「なにか気になることが?」
「いや、ありますよ。てっきり大手門側からどうにかするのかと思いました」
「監視の目がある……まず無理でしょう」
藤花は首を左右に振る。
「まあ、それはそうですよね……」
楽土が腕を組む。
「そうです」
「地下道などは……」
「十中八九、あるにはあると思いますが、それがどこかを突き止めるのは時間がかかりそうです。防衛上最大の機密でしょうからね……どうです?」
「サスガニソコマデハオシエテモラッテナイデスネ~」
藤花の問いかけに南蛮人が苦笑交じりで答える。
「だ、そうです……」
「むう……」
楽土が顎に手を当てる。
「そうなると考えられる方法は限られてきます」
「本意ではありませんが!」
楽土が声を上げる。藤花が視線を向ける。
「……伺いましょう」
「城下町で騒ぎを起こせば、お目当てのものも城下に出張ってくるのでは?」
「引きずり出すということですか?……無益な殺生は好まないのでしょう?」
「む……」
楽土が黙る。
「なるほど、目と鼻の先の城下町で乱暴狼藉を働けば、城の連中も対応せざるを得ない。しかし、その相手は当然十や百ではきかないでしょう。下手すれば千の兵が出てくるかも……からくり人形は一騎当千というわけではありません――まあ、幸いにも試したことがないから分かりませんが――危険です」
「逃げ場もありませんからね……」
楽土が口を開く。
「そういうことです。それに……今後を考えれば、目立つようなことは極力避けたい……」
「今後?」
楽土が首を傾げる。
「いえ、それはまた別の話です……」
しばらく沈黙が続いた後、技師が声を上げる。
「……出来たぞ!」
「……結構。これでいけますね。明朝、仕掛けます」
翌朝、朝早く越路山のふもとで、藤花が馬たちを預ける。南蛮人が頷く。
「ソノカタノコトハシッテイマス、ウマヲトドケレバイインデスネ?」
「ええ、お願いします……」
「と、藤花さん?」
「何か?」
「ここは竜ノ口渓谷なのですが……」
「それは知っています。こちらが青葉山でしょう?」
「だ、断崖絶壁ですよ⁉」
「そこを逆手にとります! この改良型牛のからくりで一気呵成に駆け上がって裏の埋門から仙台城に突っ込む! 行きますよ! 楽土さん! 技師さん!」
「え、ええっ⁉」
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