30 / 50
第一章
第8話(1)技師の気まぐれ強化
しおりを挟む
捌
「……あの廃村は作られたものだってこと?」
ある団子屋で、技師が腕組みしながら呟く。
「なんだい、今さら……」
藤花が呆れ気味に応える。
「いや、気になって……」
「もうそんなことどうでもいいだろう」
「どうでもいいことはないでしょう」
「あの廃村に誘い込むのも忍術だったのかもしれないね」
「そうなの?」
技師が首を傾げる。
「いや、知らないけど」
藤花も首を傾げる。
「し、知らないの……」
「まあ、忍術というか、心理を巧妙に利用されたものなのかもね……」
「心理を……」
「からくり人形が二体も揃っていたのにねえ……なんとも皮肉なものだ」
藤花は自嘲気味に笑う。
「そ、それにしても……!」
技師が話題を変える。
「ん?」
「忍者って初めて見たよ」
「そうかい」
「普段は見かけないから……」
「それはそうだろう、忍んでいるんだから」
「あ、そうか……」
「まあ、私も黒脛巾組のことは初めて見たけどね」
「初めて見たのによく分かったね」
「黒い脚絆をしているのが奴らの目印だ」
「へえ……」
「江戸の世になる前はそれなりに有名だった」
「うん?」
「ああ、それなりにっていうのは、私ら裏の者にとってはね」
「そうじゃなくて、江戸の世になる前?」
「え?」
「ええ?」
「えええ?」
「誤魔化そうとしたって無駄だよ」
「ええええ?」
「しつこいな」
「最近耳が遠くてねえ……」
「誤魔化せてないじゃないか」
「まあ、それはどうでも良いとして……なかなかの強敵だったよ、黒脛巾組……」
「強引に話を変えたね」
技師が苦笑する。
「手練れ揃いだったね」
「なんだかんだ、楽勝に見えたけど」
「へえ、見えたのかい?」
「……ほとんど一瞬で、何がなにやらって感じだったよ……」
「それはそうだろうね」
藤花は頷く。
「とにかく苦戦はさほどしてなかったんじゃないかい?」
「多少は手こずったさ」
「多少?」
「お馬さんのついでにアンタを守らなきゃいけなかったからね」
「またついでって言った……!」
技師がムッとする。藤花はそれを無視して話を進める。
「それもあってね。それでもあの兄妹とかはそれなりに出来る奴らだったよ」
「でも勝ったじゃないか」
「アンタのお陰だ」
藤花が技師を指差す。
「私の?」
「修理だけでなく、改良を施してくれた……私も楽土さんもかなり強化されたよ」
「う~ん?」
技師が首を捻る。
「そこで首を捻るところかい?」
「別に狙って強化したわけじゃないけどね」
「えっ?」
「気が付いたらああなったって感じで……」
「天才か!」
「まあね」
「否定しなよ」
「でもなんとなく、気まぐれでああなったっていうか……」
「技師の気まぐれ強化⁉」
藤花は愕然とする。
「いや、気まぐれは冗談だけどさ……」
技師は笑いながら手を左右に振る。
「冗談かい」
「それぞれの不足している部分を補おうかと思ったんだよ」
「不足している部分……」
藤花が自らの胸元を抑える。技師が戸惑う。
「いやいや、どのくらいで満足するか知らないけど……」
「冗談さ。そんなに不足しているかね?」
「もちろん、優れたからくり人形だとは思うよ。ただ、高い基準で考えてみたらの話さ」
「高い基準ね……私の場合は力が足りないと?」
「そうだね、速さなどは申し分ないから、力をより出せるようにしようと思って……」
「ふむ……」
藤花が自らの掌を広げたり、閉じたりする。技師が尋ねる。
「どうだった?」
「いつもより、骨を折るのに、骨を折らなかったよ」
「や、ややこしいな……」
「悪くはない」
「速さが鈍った感じは?」
「う~ん、特に感じないね」
「それはなにより……」
技師が満足気に頷く。
「……で、楽土さんは速さを強化したってわけだね……」
「あの体で素早く動き回ったら厄介だろう?」
「軽々と木登りしていたからね……」
「ところで楽土さんは? さっきから姿が見えないのだけど」
技師が周囲を見回す。
「ちょっとお使いをね……」
「……只今戻りました」
楽土が馬を一頭連れて戻ってくる。
「お、噂をすれば……馬をもう一頭確保出来ましたね。重畳、重畳」
「信じられないくらい格安で手に入りましたよ……藤花さん、なにか手を回しましたか?」
「まあまあ、それは良いじゃないですか……あ、ずんだ餅食べます? 美味しいですよ」
藤花はずんだ餅を楽土に差し出す。
「……あの廃村は作られたものだってこと?」
ある団子屋で、技師が腕組みしながら呟く。
「なんだい、今さら……」
藤花が呆れ気味に応える。
「いや、気になって……」
「もうそんなことどうでもいいだろう」
「どうでもいいことはないでしょう」
「あの廃村に誘い込むのも忍術だったのかもしれないね」
「そうなの?」
技師が首を傾げる。
「いや、知らないけど」
藤花も首を傾げる。
「し、知らないの……」
「まあ、忍術というか、心理を巧妙に利用されたものなのかもね……」
「心理を……」
「からくり人形が二体も揃っていたのにねえ……なんとも皮肉なものだ」
藤花は自嘲気味に笑う。
「そ、それにしても……!」
技師が話題を変える。
「ん?」
「忍者って初めて見たよ」
「そうかい」
「普段は見かけないから……」
「それはそうだろう、忍んでいるんだから」
「あ、そうか……」
「まあ、私も黒脛巾組のことは初めて見たけどね」
「初めて見たのによく分かったね」
「黒い脚絆をしているのが奴らの目印だ」
「へえ……」
「江戸の世になる前はそれなりに有名だった」
「うん?」
「ああ、それなりにっていうのは、私ら裏の者にとってはね」
「そうじゃなくて、江戸の世になる前?」
「え?」
「ええ?」
「えええ?」
「誤魔化そうとしたって無駄だよ」
「ええええ?」
「しつこいな」
「最近耳が遠くてねえ……」
「誤魔化せてないじゃないか」
「まあ、それはどうでも良いとして……なかなかの強敵だったよ、黒脛巾組……」
「強引に話を変えたね」
技師が苦笑する。
「手練れ揃いだったね」
「なんだかんだ、楽勝に見えたけど」
「へえ、見えたのかい?」
「……ほとんど一瞬で、何がなにやらって感じだったよ……」
「それはそうだろうね」
藤花は頷く。
「とにかく苦戦はさほどしてなかったんじゃないかい?」
「多少は手こずったさ」
「多少?」
「お馬さんのついでにアンタを守らなきゃいけなかったからね」
「またついでって言った……!」
技師がムッとする。藤花はそれを無視して話を進める。
「それもあってね。それでもあの兄妹とかはそれなりに出来る奴らだったよ」
「でも勝ったじゃないか」
「アンタのお陰だ」
藤花が技師を指差す。
「私の?」
「修理だけでなく、改良を施してくれた……私も楽土さんもかなり強化されたよ」
「う~ん?」
技師が首を捻る。
「そこで首を捻るところかい?」
「別に狙って強化したわけじゃないけどね」
「えっ?」
「気が付いたらああなったって感じで……」
「天才か!」
「まあね」
「否定しなよ」
「でもなんとなく、気まぐれでああなったっていうか……」
「技師の気まぐれ強化⁉」
藤花は愕然とする。
「いや、気まぐれは冗談だけどさ……」
技師は笑いながら手を左右に振る。
「冗談かい」
「それぞれの不足している部分を補おうかと思ったんだよ」
「不足している部分……」
藤花が自らの胸元を抑える。技師が戸惑う。
「いやいや、どのくらいで満足するか知らないけど……」
「冗談さ。そんなに不足しているかね?」
「もちろん、優れたからくり人形だとは思うよ。ただ、高い基準で考えてみたらの話さ」
「高い基準ね……私の場合は力が足りないと?」
「そうだね、速さなどは申し分ないから、力をより出せるようにしようと思って……」
「ふむ……」
藤花が自らの掌を広げたり、閉じたりする。技師が尋ねる。
「どうだった?」
「いつもより、骨を折るのに、骨を折らなかったよ」
「や、ややこしいな……」
「悪くはない」
「速さが鈍った感じは?」
「う~ん、特に感じないね」
「それはなにより……」
技師が満足気に頷く。
「……で、楽土さんは速さを強化したってわけだね……」
「あの体で素早く動き回ったら厄介だろう?」
「軽々と木登りしていたからね……」
「ところで楽土さんは? さっきから姿が見えないのだけど」
技師が周囲を見回す。
「ちょっとお使いをね……」
「……只今戻りました」
楽土が馬を一頭連れて戻ってくる。
「お、噂をすれば……馬をもう一頭確保出来ましたね。重畳、重畳」
「信じられないくらい格安で手に入りましたよ……藤花さん、なにか手を回しましたか?」
「まあまあ、それは良いじゃないですか……あ、ずんだ餅食べます? 美味しいですよ」
藤花はずんだ餅を楽土に差し出す。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説

妖刀 益荒男
地辻夜行
歴史・時代
東西南北老若男女
お集まりいただきました皆様に
本日お聞きいただきますのは
一人の男の人生を狂わせた妖刀の話か
はたまた一本の妖刀の剣生を狂わせた男の話か
蓋をあけて見なけりゃわからない
妖気に魅入られた少女にのっぺらぼう
からかい上手の女に皮肉な忍び
個性豊かな面子に振り回され
妖刀は己の求める鞘に会えるのか
男は己の尊厳を取り戻せるのか
一人と一刀の冒険活劇
いまここに開幕、か~い~ま~く~
枢軸国
よもぎもちぱん
歴史・時代
時は1919年
第一次世界大戦の敗戦によりドイツ帝国は滅亡した。皇帝陛下 ヴィルヘルム二世の退位により、ドイツは共和制へと移行する。ヴェルサイユ条約により1320億金マルク 日本円で200兆円もの賠償金を課される。これに激怒したのは偉大なる我らが総統閣下"アドルフ ヒトラー"である。結果的に敗戦こそしたものの彼の及ぼした影響は非常に大きかった。
主人公はソフィア シュナイダー
彼女もまた、ドイツに転生してきた人物である。前世である2010年頃の記憶を全て保持しており、映像を写真として記憶することが出来る。
生き残る為に、彼女は持てる知識を総動員して戦う
偉大なる第三帝国に栄光あれ!
Sieg Heil(勝利万歳!)

ふたりの旅路
三矢由巳
歴史・時代
第三章開始しました。以下は第一章のあらすじです。
志緒(しお)のいいなずけ駒井幸之助は文武両道に秀でた明るく心優しい青年だった。祝言を三カ月後に控え幸之助が急死した。幸せの絶頂から奈落の底に突き落とされた志緒と駒井家の人々。一周忌の後、家の存続のため駒井家は遠縁の山中家から源治郎を養子に迎えることに。志緒は源治郎と幸之助の妹佐江が結婚すると思っていたが、駒井家の人々は志緒に嫁に来て欲しいと言う。
無口で何を考えているかわからない源治郎との結婚に不安を感じる志緒。果たしてふたりの運命は……。
旧式戦艦はつせ
古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。
鎌倉最後の日
もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!


ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる