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第一章

第6話(2)楽土の初体験

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「……ここは大丈夫なのですか?」

 楽土が技師に尋ねる。

「藤花さんと同じことをお尋ねになりますね」

 技師が笑う。

「いや、それは……」

「私のことを信用していませんね?」

「……まあ、そうですね」

 楽土が頷く。

「正直ですね」

「……」

「ここは表の仕事などでときたまお世話になっているお寺です」

「表の?」

「ええ、それ故に連中が知っている可能性は極めて低い」

「はあ……」

「絶対とは言い切れませんが、安全だと思います」

「ふむ……」

「それに万が一……」

「万が一?」

「襲撃を受けても対応はしやすいのではないですか? 普通の旅館よりはね……」

「な、なるほど……」

 楽土が腕を組んで頷く。

「それにここを選んだのはもう二つ理由があります」

「二つ?」

「はい、一つは街道にも山道にも近いので、逃げ道が複数あります」

「ああ……」

「ここだけの話……」

 技師が小声になる。

「はい?」

「地下通路もあるとか……」

「ええ?」

「使ったこともありませんし、大体どこに通じているかも分かりませんが……」

「そ、それはあまり意味がないような……」

「まあ、それはあくまでも最後の手段です。もう一つが……」

「もう一つが?」

「修理や点検の道具を置かせてもらっているのです。すべてを持ち歩くのは大変なので」

 技師が棚から道具を取り出す。

「そ、そういうことですか……」

「ちなみにですが、こういう場所は他にもいくつかあります。故にどこでも修理や点検の作業が可能になります。もちろん出先でも作業はある程度は出来ますが、限界がありますからね。作業場所が必要になってくるのです」

「へえ……」

「ご納得頂きましたか?」

「その話は藤花さんにも?」

「そこまではしておりませんが、何となく察したのでは?」

「うむ……」

 楽土は藤花がいる隣の部屋に視線を向ける。

「と、いうわけで……服を脱いで下さい」

「はあっ⁉」

 楽土が驚く。

「……何を驚くことがあるのですか?」

「い、いや、何故……?」

「何故って、今申し上げたでしょう。修理と点検の為ですよ」

「あ、ああ……」

「……なんだと思ったのですか?」

 技師が目を細める。

「い、いえ、なんでもありません……失礼しました……」

 楽土が頭を下げる。

「こういうことは初めてではないでしょうに」

「いえ……初めてに近いかもしれません」

「え?」

「お陰様で、今まで大きな故障というのはしたことがないもので……」

「聞いていた話よりも頑丈なのですね……」

 技師が驚いた様子を見せる。

「ど、どうやらそのようですね……」

「まあいいです。服を脱いで、そこの布団に横になって下さい」

 技師が布団を指し示す。楽土が戸惑いながら従う。

「お、お手柔らかに……」

「変なことを言わないで下さい」

「す、すみません……」

 楽土が謝る。

「それでは、作業に入ります……」

 技師が真面目な顔つきで楽土の体を確認する。

「……」

「………」

「…………」

「……………」

「あ、あの……」

「子守唄でも唄いましょうか?」

「いえ、それは結構です」

「左様ですか」

「お尋ねしたいことがあるのですが……」

「なんでしょう」

「あの二体のからくり人形のことです」

「よく分かりません」

「えっ?」

「ほとんど初対面のようなものですので……」

「ああ……でも、会話は交わされたのですよね?」

「それは多少はね」

「で、では……」

「他愛もない世間話ですよ」

「世間話?」

「ええ、お互いの素性に関しては詮索しないようにしていました」

「そ、そうですか……」

「向こうは大して私のことに興味が無かったのもあるでしょうね」

「あ、ああ……」

「それに……」

「それに?」

「私も下手に首を突っ込むと危ないので……」

 技師が笑みを浮かべながら、自らの首元を軽くトントンと叩く。

「そ、それは確かに……」

「……ふむ、確認は終了しました」

「あ、ありがとうございます」

「楽土さん」

「な、なんでしょうか?」

「確認中に思い付いたのですが……こういう機能などを付けるのは如何でしょう?」

 技師は確認用に使っていた紙の裏になにやらびっしりと書き込み、楽土に見せつける。

「え、ええ……?」

 戸惑う楽土を見る技師の眼鏡がキラリと光る。
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