上 下
11 / 50
第一章

第3話(2)戯言では済まない

しおりを挟む
「あのね……」

「え?」

「違いますよ」

「何がですか?」

「いや、何がってね……」

「ええ?」

 藤花がニヤニヤとする。

「とにかく違うのですよ」

「だから何がですか?」

 藤花が楽土に問う。

「いや、先ほどの……」

「先ほどの?」

「お蕎麦屋さんの……」

「お蕎麦屋さんの?」

「娘さんに対してですね……」

「娘さんに対して?」

「それがしが……」

「楽土さんが?」

「鼻の下を伸ばしていたことですよ」

「だらしなく伸ばしていたことですね」

「だらしなくってなんですか、だらしなくって」

「大体だらしないものでしょう、鼻の下を伸ばすときって」

「それはそうかもしれませんが……」

「そうですよ、どんな男前も色男も台無しになるものです」

「そうではなくてですね……」

 楽土が右手を左右に振る。

「そうではなくて?」

 藤花が首を傾げる。

「あれはあくまでそのように見えただけです」

「そのように見えただけ?」

「はい」

「いや~それはどうかな~」

 藤花が苦笑する。

「鼻の下を伸ばす機能は備わっていませんし……」

「そりゃあ備わっていないでしょ、何に使うんですか……」

 楽土のよく分からない言葉に藤花は戸惑う。

「まあ、要はそういうことです」

「どういうことですか」

「この話はもう良いでしょう」

「振ってきたのは楽土さんですよ」

「う……」

 楽土が苦い顔をする。

「でもあの娘さん、とっても可愛らしかったですよね?」

「ええ、それはまあ……」

 楽土が頷く。

「本当にもう、私の若いころそっくり!」

「……」

「………」

「…………」

「……笑うところですよ」

 藤花がジト目で楽土を見つめる。

「い、いや、笑えないですよ……」

「からくり戯言です」

「それもですか……」

「使っても良いですよ」

「どこで使うのですか……」

「こういう戯言の一つも言えなくては、女子にモテませんよ?」

「いいですよ、別に……」

「またまた強がりをおっしゃる……」

「いえ、強がりではなくてですね……」

 楽土が困り顔を浮かべる。

「女子に興味がないのですか?」

「そういうことはありませんが……」

「あるのではないですか」

「それよりも……」

「それよりも?」

「課せられた任務の方が優先です」

「堅いな~」

「そう言われても……」

「硬いのは色んな意味で結構なことですが、堅過ぎるのは頂けないですね」

「……………」

「……笑うところです」

「ええっ⁉ 今のもからくり戯言ですか?」

「そうです」

 驚く楽土に対し、藤花が頷く。

「い、いや~それがしにはからくり戯言は難しいですね……」

 楽土が腕を組んで首を捻る。

「最初から諦めてはいけないですよ。諦めたらそこで……きゃっ」

 藤花が体勢を崩す。鞠突きで遊んでいた小さい女の子が、ぶつかってきたからだ。

「あ、ご、ごめんなさい!」

 女の子が頭を下げる。藤花は笑顔で応える。

「大丈夫よ、気にしないでちょうだい」

「うん!」

 女の子が鞠を持ってその場を離れようとする。楽土が精一杯の軽口を叩く。

「と、藤花さんの小さい頃にそっくりですね、ははっ……」

「……待ちな」

「えっ⁉」

「⁉」

 藤花が女の子の腕をガシッと掴んで引っ張る。袖から巾着が落ちる。

「小さいのに手慣れているねえ……誰に仕込まれた?」

「ちっ!」

 女の子が巾着を離して、藤花の腕を振り払い、その場から走って逃げる。

「ス、スリだとは……」

「……誰がそっくりなのですか? 手癖の悪いところ?」

「い、いや……」

「戯言や冗談は時と場所を選んで下さい……」

「き、気を付けます……あ! 藤花さん、頭の花飾りが……」

 藤花が頭を抑える。二つある内の花飾りの一つが無くなっていた。

「やられた……下に注意を向けさせて、本命はこっちだったか……」

「お、追いかけないと!」

「良いですよ、別に……そんなに大したものでもないから……」

「で、でも……⁉」

「ひ、人攫いだ! おみっちゃんが攫われた!」

 声のした方を見ると、先ほどの蕎麦屋の娘が馬に乗った何者かに担がれて攫われていく。馬の進む先は小さい女の子が走り去った方向と一緒である。

「藤花さん!」

「見逃すわけにはいかなくなりましたねえ……」

 藤花が鋭い目つきになる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

武田信玄の奇策・東北蝦夷地侵攻作戦ついに発動す!

沙羅双樹
歴史・時代
歴史的には、武田信玄は上洛途中で亡くなったとされていますが、もしも、信玄が健康そのもので、そして、上洛の前に、まずは東北と蝦夷地攻略を考えたら日本の歴史はどうなっていたでしょうか。この小説は、そんな「夢の信玄東北蝦夷地侵攻大作戦」です。 カクヨムで連載中の小説を加筆訂正してお届けします。

真田幸村の女たち

沙羅双樹
歴史・時代
六文銭、十勇士、日本一のつわもの……そうした言葉で有名な真田幸村ですが、幸村には正室の竹林院を始め、側室や娘など、何人もの女性がいて、いつも幸村を陰ながら支えていました。この話では、そうした女性たちにスポットを当てて、語っていきたいと思います。 なお、このお話はカクヨムで連載している「大坂燃ゆ~幸村を支えし女たち~」を大幅に加筆訂正して、読みやすくしたものです。

陣代『諏訪勝頼』――御旗盾無、御照覧あれ!――

黒鯛の刺身♪
歴史・時代
戦国の巨獣と恐れられた『武田信玄』の実質的後継者である『諏訪勝頼』。  一般には武田勝頼と記されることが多い。  ……が、しかし、彼は正統な後継者ではなかった。  信玄の遺言に寄れば、正式な後継者は信玄の孫とあった。  つまり勝頼の子である信勝が後継者であり、勝頼は陣代。  一介の後見人の立場でしかない。  織田信長や徳川家康ら稀代の英雄たちと戦うのに、正式な当主と成れず、一介の後見人として戦わねばならなかった諏訪勝頼。  ……これは、そんな悲運の名将のお話である。 【画像引用】……諏訪勝頼・高野山持明院蔵 【注意】……武田贔屓のお話です。  所説あります。  あくまでも一つのお話としてお楽しみください。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

蒼雷の艦隊

和蘭芹わこ
歴史・時代
第五回歴史時代小説大賞に応募しています。 よろしければ、お気に入り登録と投票是非宜しくお願いします。 一九四二年、三月二日。 スラバヤ沖海戦中に、英国の軍兵四二二人が、駆逐艦『雷』によって救助され、その命を助けられた。 雷艦長、その名は「工藤俊作」。 身長一八八センチの大柄な身体……ではなく、その姿は一三○センチにも満たない身体であった。 これ程までに小さな身体で、一体どういう風に指示を送ったのか。 これは、史実とは少し違う、そんな小さな艦長の物語。

旧式戦艦はつせ

古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

西涼女侠伝

水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超  舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。  役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。  家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。  ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。  荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。  主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。  三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)  涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。

獅子の末裔

卯花月影
歴史・時代
未だ戦乱続く近江の国に生まれた蒲生氏郷。主家・六角氏を揺るがした六角家騒動がようやく落ち着いてきたころ、目の前に現れたのは天下を狙う織田信長だった。 和歌をこよなく愛する温厚で無力な少年は、信長にその非凡な才を見いだされ、戦国武将として成長し、開花していく。 前作「滝川家の人びと」の続編です。途中、エピソードの被りがありますが、蒲生氏郷視点で描かれます。

処理中です...