【第一章完】からくり始末記~零号と拾参号からの聞書~

阿弥陀乃トンマージ

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第一章

第2話(2)笑うことが出来る

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「ありがとうございました~」

 藤花たちが団子屋から出る。

「持ち合わせ、ちゃんとあったのですね……」

「喧嘩を売っているのなら買いますよ?」

 楽土を藤花が睨む。

「いえいえ……」

 楽土は手を左右に振る。

「まったく……」

「それでは行きましょうか」

 楽土が馬を繋いでいるところに向かう。藤花が声をかける。

「少しお待ち下さい」

「え?」

「そんなに焦ることもないでしょう」

「ですが……」

「のんびりと、ゆるりと参りましょう」

「よ、よろしいのですか?」

「はい」

「え、ええ……」

 藤花の即答に楽土が戸惑う。

「期限が決まっているわけではないので……」

「は、はあ……」

「別に何か月かかっても構わないのです。何だったら……」

「な、何だったら?」

「十年後だって良いのです」

「そ、それはいくらなんでも……!」

「ふふっ、冗談ですよ」

「わ、笑えませんよ……」

「お役目的には気が気でありませんか?」

 藤花がいたずらっぽい視線を楽土に向ける。

「か、必ずしもそういうわけではありませんが……」

 楽土が視線を逸らす。

「それならば、もっと私の尻を叩かないと……」

「い、いや、叩くって……」

 楽土が藤花に視線を戻す。

「……物の例えですよ」

 藤花が冷ややかな目で楽土を見つめながら、自らの尻を隠す。

「わ、分かっていますよ!」

 楽土が声を上げる。

「楽土さんに叩かれたら、壊れてしまいそうです……」

「だから叩きませんよ!」

「冗談です」

「はあ……」

「ふふふ……」

 楽土の様子を見て、藤花が笑う。

「からかわないで下さいよ」

「ごめんなさい、最近笑っていなかったもので……」

「はい?」

「最近というか……この体になってからまともに笑ったことあったかしら……」

 藤花が木の切り株に腰を下ろし、遠い目をする。

「……」

「楽土さんはどうです?」

「え? そ、それがしですか?」

「ええ」

 藤花が頷く。

「さあ、どうでしょう……」

 楽土が首を傾げる。

「どうでしょうってなんですか」

「あまり考えてみたこともないので……」

「それでは、ちょっと考えてみて下さい」

「う、う~ん……」

 楽土が腕を組んで考え込む。

「……」

「………」

「…………いかがです?」

 やや間を空けてから藤花が尋ねる。

「……意外と難しいですね」

「例えば……お坊さんが自分で裾を踏んで転んだのを見たら?」

「くすっとします」

「偉そうにふんぞり返っている商家の旦那の頭に鳥の糞が落ちたら?」

「ふふっとなります」

「戦場で敵方を、尻を叩いて挑発していた足軽の尻に矢が刺さったら?」

「なんですか、その例えは⁉」

「ガハハハッ!とはなりません?」

「なりませんよ、むしろ大丈夫かなと心配になります」

「そうですか……大笑いをするということは無いのですね?」

「! そ、そうですね、ここ最近は……」

「ふむ……」

「それがしのみで行動することが多かったので……」

「ほう? 誰かとお話するのも久しぶりですか?」

「そういうわけでもありませんが、真面目な話が多いですから、冗談などを言い合うということはまずないですね……」

「ふ~ん……」

 藤花が腕を組んでうんうんと頷く。

「そろそろ先に向かいませんか?」

「まあまあ、そう慌てないで……」

「しかし……」

「せっかくの二体での連れ立っての旅です。楽しく参りましょう」

「楽しく……」

「ええ、私たちはまだ笑うことが出来るのですから」

「笑うことが出来る……」

「そうです」

「ううむ……」

「……というわけで」

「というわけで?」

「何か面白いことを言ってみて下さい」

「ええっ⁉」

 楽土が驚く。

「お互い笑い合って、楽しい旅にしましょうよ」

「い、いや、それは結構な無理難題ですよ……ん?」

 楽土が困惑しながら団子屋に目をやる。

「ありがとうございました~」

「うむ……」

 団子屋から中年の浪人が出てくる。

「待ちなさい! 父上の仇!」

 団子屋から飛び出してきた三人の女性が浪人を呼び止める。

「おや、言っている側から何やら楽しそうなことが……」

「いや、絶対に楽しくはないでしょう……!」

 藤花の言葉を楽土は否定する。
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