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第二章
第3レース(2)夏に向けて
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「先生!」
「大声出すな、聞こえているよ……」
事務所の部屋内で、環太郎が環の大きな声に耳を抑える。
「……お聞きしたいことがあるのですが」
「小僧も連れてきてか?」
環太郎が環の後ろに立つ炎仁に顎をしゃくる。
「ええ、彼は主戦騎手ですから」
「主戦騎手、ああ……」
「グレンノイグニース、いくらなんでもレースに使いすぎではありませんか?」
環が環太郎の机に両手を突く。環太郎が笑う。
「はっ、競走竜をレースに使うなとは、随分とおかしなことを言いやがる」
「使うなとは誰も言っていません。ローテーションの問題です」
「ローテーションの問題?」
環太郎が首を傾げる。
「この二か月で4回出走ですよ? ゲームじゃないんですから……」
環は右手の指を二本、左手の指を四本立てる。環太郎が笑みを浮かべる。
「2回目くらいで気付くかと思ったぜ」
「そ、それは……」
「それぞれ中一週は空けているだろうが」
「それにしてもです」
「お前らも勝って喜んでいたじゃねえか」
「それは目の前のことに一杯一杯だったというか……」
「今更言ってこられても困るな」
「そ、それもそうですが、今後は考えて頂きたいのです!」
「とは言ってもだな……オーナーサイドのご意向だからな」
「え?」
「簡単に言うと……『レースに勝って勝って勝ちまくれ』という趣旨のオーダーなんだよ」
「な⁉」
環が驚く。
「言い換えると、『賞金を稼げるだけ稼げ』っていうこった……」
「な、なんでそういうことに……」
「その辺は小僧の方が良く知っているんじゃねえか?」
環太郎が再び炎仁に向けて顎をしゃくる。
「ええ?」
「は、ははっ……」
環から視線を向けられた炎仁は苦笑しながら目を逸らす。
「じ、事情はなんとなく分かりましたが……」
環が環太郎の方に向き直る。
「俺もそこまで無茶をさせているつもりは無えよ。故障などはないか、ドクターにいつも以上に細かく確認させているだろう?」
「は、はい……」
「体調面に変化は?」
「今のところ変わったことはありません、至って健康です……」
「そうだろう?」
「し、しかし……」
「元々レースは多めに使うっていうのが俺の主義だ。それは承知しているだろう?」
「え、ええ……」
大げさに両手を広げる環太郎に環が頷く。
「十の調教より、一のレースだ。レースをこなすことによってしか得ることの出来ない経験や、見えてこない課題もある」
「そ、それは分かりますが……」
「グレンノイグニース号はひ弱なドラゴンじゃねえ、根性あるドラゴンだと思った。だから、レースを使いつつ良くしていこうというのは最初から決めていたことだ。方針は大まかではあるが伝えておいたはずだぜ?」
「は、はい、そう聞いていました……」
環が大人しく頷く。
「……とはいえ、まさか4戦4勝とはな。一つ勝てば御の字、二つ勝てば万々歳って感じだったが、小僧、よくやったな」
「あ、ありがとうございます!」
炎仁が頭を下げる。
「……ただし、これくらいで調子に乗るなよ?」
「は、はい!」
「お前もよくやってくれてるよ。調教助手一年目から良いドラゴンを担当出来るなんて強運だな。そういう縁は大事にしろよ」
「ありがとうございます……」
環も頭を下げる。
「お陰で注目が高まってきやがったぜ」
「取材要請も数件入っています」
「へへっ、そりゃあなんとも結構なことじゃねえか、注目されてナンボの世界だ」
環太郎が笑いながら腕を組む。
「……我が厩舎にとっては大事なドラゴンです。もちろん他のドラゴンもですが……」
「ん?」
「ですから、ローテーションについては見直し頂きたいのです!」
環が再び机に手を置く。
「何が不満なんだよ?」
「京都、阪神と関西に二回も輸送したのは?」
「長距離輸送なんて珍しい話じゃねえだろう」
「短期間に二回というのは……」
「向こうに泊まる金が無かったからな……賞金を使うわけにもいかねえし」
環太郎が苦笑する。
「関東で4戦でも良かったのでは?」
「分かってねえなあ……」
環太郎が首を左右に振る。環がムッとする。
「どういうことですか?」
「相手のレベルもそこまで高くないこの時期に経験させておきたかったんだよ……中山、東京、京都、阪神という主要レース場をな」
「!」
「グレンノイグニースはそういう場所で今後も勝負出来るドラゴンだと見ている……」
「な、なるほど……」
「分かったか?」
「理解は出来ますが、それにしても思い切りましたね……」
「へっ、せっかくレースは開催していて、参加資格もちゃんとあるんだ。それに参加しない手は無えだろう?」
「確かに……ということは……」
「ん?」
環太郎が首を捻る。
「照準は年末ですね?」
「ああ、当然そこは狙っていくさ」
環太郎が頷く。
「では、この夏は休養に充て、秋から本格的に再始動ですね」
「いいや」
「ええ?」
「毎年夏頃からどんどんと素質竜がデビューしてくる……いずれぶつかるなら、ここで戦っておいた方が良いだろうが」
「えっと……」
「まずは来月の『函館2歳ステークレース』、GⅢだ。初重賞、獲りにいくぞ」
「「ええっ⁉」」
環と炎仁が揃って驚く。
「大声出すな、聞こえているよ……」
事務所の部屋内で、環太郎が環の大きな声に耳を抑える。
「……お聞きしたいことがあるのですが」
「小僧も連れてきてか?」
環太郎が環の後ろに立つ炎仁に顎をしゃくる。
「ええ、彼は主戦騎手ですから」
「主戦騎手、ああ……」
「グレンノイグニース、いくらなんでもレースに使いすぎではありませんか?」
環が環太郎の机に両手を突く。環太郎が笑う。
「はっ、競走竜をレースに使うなとは、随分とおかしなことを言いやがる」
「使うなとは誰も言っていません。ローテーションの問題です」
「ローテーションの問題?」
環太郎が首を傾げる。
「この二か月で4回出走ですよ? ゲームじゃないんですから……」
環は右手の指を二本、左手の指を四本立てる。環太郎が笑みを浮かべる。
「2回目くらいで気付くかと思ったぜ」
「そ、それは……」
「それぞれ中一週は空けているだろうが」
「それにしてもです」
「お前らも勝って喜んでいたじゃねえか」
「それは目の前のことに一杯一杯だったというか……」
「今更言ってこられても困るな」
「そ、それもそうですが、今後は考えて頂きたいのです!」
「とは言ってもだな……オーナーサイドのご意向だからな」
「え?」
「簡単に言うと……『レースに勝って勝って勝ちまくれ』という趣旨のオーダーなんだよ」
「な⁉」
環が驚く。
「言い換えると、『賞金を稼げるだけ稼げ』っていうこった……」
「な、なんでそういうことに……」
「その辺は小僧の方が良く知っているんじゃねえか?」
環太郎が再び炎仁に向けて顎をしゃくる。
「ええ?」
「は、ははっ……」
環から視線を向けられた炎仁は苦笑しながら目を逸らす。
「じ、事情はなんとなく分かりましたが……」
環が環太郎の方に向き直る。
「俺もそこまで無茶をさせているつもりは無えよ。故障などはないか、ドクターにいつも以上に細かく確認させているだろう?」
「は、はい……」
「体調面に変化は?」
「今のところ変わったことはありません、至って健康です……」
「そうだろう?」
「し、しかし……」
「元々レースは多めに使うっていうのが俺の主義だ。それは承知しているだろう?」
「え、ええ……」
大げさに両手を広げる環太郎に環が頷く。
「十の調教より、一のレースだ。レースをこなすことによってしか得ることの出来ない経験や、見えてこない課題もある」
「そ、それは分かりますが……」
「グレンノイグニース号はひ弱なドラゴンじゃねえ、根性あるドラゴンだと思った。だから、レースを使いつつ良くしていこうというのは最初から決めていたことだ。方針は大まかではあるが伝えておいたはずだぜ?」
「は、はい、そう聞いていました……」
環が大人しく頷く。
「……とはいえ、まさか4戦4勝とはな。一つ勝てば御の字、二つ勝てば万々歳って感じだったが、小僧、よくやったな」
「あ、ありがとうございます!」
炎仁が頭を下げる。
「……ただし、これくらいで調子に乗るなよ?」
「は、はい!」
「お前もよくやってくれてるよ。調教助手一年目から良いドラゴンを担当出来るなんて強運だな。そういう縁は大事にしろよ」
「ありがとうございます……」
環も頭を下げる。
「お陰で注目が高まってきやがったぜ」
「取材要請も数件入っています」
「へへっ、そりゃあなんとも結構なことじゃねえか、注目されてナンボの世界だ」
環太郎が笑いながら腕を組む。
「……我が厩舎にとっては大事なドラゴンです。もちろん他のドラゴンもですが……」
「ん?」
「ですから、ローテーションについては見直し頂きたいのです!」
環が再び机に手を置く。
「何が不満なんだよ?」
「京都、阪神と関西に二回も輸送したのは?」
「長距離輸送なんて珍しい話じゃねえだろう」
「短期間に二回というのは……」
「向こうに泊まる金が無かったからな……賞金を使うわけにもいかねえし」
環太郎が苦笑する。
「関東で4戦でも良かったのでは?」
「分かってねえなあ……」
環太郎が首を左右に振る。環がムッとする。
「どういうことですか?」
「相手のレベルもそこまで高くないこの時期に経験させておきたかったんだよ……中山、東京、京都、阪神という主要レース場をな」
「!」
「グレンノイグニースはそういう場所で今後も勝負出来るドラゴンだと見ている……」
「な、なるほど……」
「分かったか?」
「理解は出来ますが、それにしても思い切りましたね……」
「へっ、せっかくレースは開催していて、参加資格もちゃんとあるんだ。それに参加しない手は無えだろう?」
「確かに……ということは……」
「ん?」
環太郎が首を捻る。
「照準は年末ですね?」
「ああ、当然そこは狙っていくさ」
環太郎が頷く。
「では、この夏は休養に充て、秋から本格的に再始動ですね」
「いいや」
「ええ?」
「毎年夏頃からどんどんと素質竜がデビューしてくる……いずれぶつかるなら、ここで戦っておいた方が良いだろうが」
「えっと……」
「まずは来月の『函館2歳ステークレース』、GⅢだ。初重賞、獲りにいくぞ」
「「ええっ⁉」」
環と炎仁が揃って驚く。
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