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第一章
第13レース それぞれの道
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13
「しかし驚きましたよ、まさかCクラスが全員合格とは……」
教官室で仏坂が鬼ヶ島にしみじみと語る。
「……交流レースの好成績が大きな決め手となった。四人が一着、他の四人も二着というのは過去を見ても例がない。しかも関西へ乗り込んでいってだからな」
「上の方は何か言ってきていないんですか?」
「無くはないが……最も優先されるべきなのは現場の意見だ。ここぞというところの勝負強さ、騎乗技術、レースセンスなどを各厩舎が評価したのだからな。どこも欲しいのは『勝てるジョッキー』だ」
「それは確かに……」
「正直、卒業試験の筆記試験は何人か危なかったがな」
そう言って鬼ヶ島は笑う。
「通常課程や関西も含めると、かなりの人数が合格ですね。メディアは『今年は豊作』や『黄金世代』と早くも煽っています」
「……競竜騎手の競技人生というのはそれほど長くない。怪我や病気などもあるが、勝てないことを理由に数年で辞める者が圧倒的に多い。資質の高い世代だとは思うが……これからが大変だろう。月並みな言い方になってしまうが、ここからがようやくスタートだ。改めて強い覚悟を持ってこれからの日々に臨んで欲しい」
「……ひょっとして今のって卒業式のリハーサル?」
「もう少しオブラートに包んだ方が良いか?」
「いや、良いんじゃないの、甘美ちゃんらしくて」
仏坂と鬼ヶ島が互いに目を合わせてふっと笑う。
「この部屋ともお別れか……」
寮の部屋でレオンがしみじみと呟く。嵐一が笑う。
「四人部屋にしては狭いとか文句言ってなかったか?」
「確かに言っていたけど……やっぱり寂しいよ」
「俺なんか今度は知らねえ先輩と二人部屋だぜ?」
「かなり厳しいって噂の厩舎だけど……」
「別に遊びに行くわけじゃねえからな、厳しい上等だぜ。それより親父さんの厩舎に入るのもある意味きついだろ、周囲の期待とかよ」
「うん、まあ……それは覚悟しているつもりだけど……」
レオンは黙り込む。嵐一が首を傾げる。
「どうしたよ? 他に悩み事があんのか?」
「……夏合宿の件で朝日ちゃんにゆすりまがいの行為を受けているんだよ⁉」
「ああ……まあ、お前は主犯格だからな」
「そうは言ってもさ! 未遂だったわけだし!」
「あいつも別にマジで言っているわけじゃねえだろう」
「嵐一君はゆすられてないの?」
「『プロで獲得した賞金で良い飯奢る』つったらそれでいいぜって言ってたぞ」
「な、なるほど、そういうことを言えば良いのか……」
レオンは深々と頷く。
「……ふう」
「何をしているかと思えば掃除かよ、ホント真面目だな」
教室にいた海に青空が声をかける。
「ここの埃が少し気になったものですから」
海はゴミ箱に集めた埃などを捨て、掃除用具を片付ける。
「しかし、改めて比べてみたけどよ、やっぱり他のクラスより明らかに狭いぜ、この教室。扱いの差が露骨なんだよな」
そう言って青空は笑う。海が眼鏡を抑えながら答える。
「奮起を促すという意味では正解だったのではないでしょうか」
「まあ、結果としてはな……ってか、意外だなそういう精神論みたいなこと言うの」
「そういう考えを持つこともありますよ……意外と言うなら、貴女の進路ですよ。何故わざわざあの厩舎を選んだのです?」
「何故って誘いがあったからだよ」
「それはそうでしょうけど……決め手となった理由を聞いているのです」
「理由ねえ……なんつうか、あっちの方がアタシに合うんじゃねえかと思ってさ」
「理由になっていませんよ」
「いいだろ、こういうのは直感に従うんだよ」
青空の物言いに海がため息をつく。
「……やっぱり貴女とは考えが合いませんね」
「それは同感だ」
「まあ、お互い頑張りましょう……そろそろ失礼します」
「おう、頑張ろうぜ、海」
「!」
海は青空の顔を見つめる。青空が首を傾げる。
「なんだよ? もうクラス長じゃねえだろう?」
「……そうですね、青空さん」
海は微笑を浮かべる。
「……ここにいらしたとは」
厩舎でぼんやりと佇んでいる翔に飛鳥が声をかける。
「あ、見つかっちゃったか~」
「報道陣の皆様が貴方のコメントを欲しがっていましたよ」
「それが面倒だからここに来たんだよ」
「メディア応対もプロアスリートとしての大事な仕事ですよ」
「う~ん、もうちょっとしたら顔を出すよ」
翔ががらんとした厩舎の中を歩く。飛鳥が尋ねる。
「プロの騎手は初めの内は竜の世話もしなければなりません。厩舎にもよるでしょうけど、天ノ川厩舎といえども貴方を特別扱いはしないでしょう。ちゃんと早起き出来ますか? この一年での朝の厩舎作業、寝坊が目立ちましたよ」
「飛鳥ちゃんだって結構朝弱いじゃん」
「流石に貴方には負けます」
「……慣れるしかないよね。まあ、あいつも一緒だから大丈夫だよ」
「……あの方も苦労しそうですね」
飛鳥は翔の相変わらずのマイペース振りに呆れる。
「炎ちゃん、ここにいたんだ」
訓練場を眺める炎仁に真帆が声をかける。
「ああ、真帆、インタビューはいいのか?」
「合同記者会見って形にしてもらったから案外すぐ終わったわ」
「報道陣の人、聞きたいこと一杯あったんじゃないか?」
「まだプロジョッキーとしてはなにも成し遂げてないから、多くは語れないわ」
「まあ、それもそうか……」
「それよりも炎ちゃん、本当に良いの?」
「何が?」
「あの厩舎に入ることよ。言いにくいけど、もっと良いお話があったんでしょ?」
「色々話を聞かせてもらって最終的にあそこに決めたんだ。『ビリッケツ』評価から始まった俺にとっては合っていると思う。俺の目標を叶えられる気がするんだ」
そう言って炎仁は遠くを見据える。その横顔を見て真帆はため息をつく。
「今は他のことは目に入らない感じかな……」
「ん? なんか言ったか?」
「ううん、なんでもない。炎ちゃん、これからもお互い頑張ろうね」
「ああ!」
そして競竜学校卒業から約一か月後、紅蓮炎仁とグレンノイグニースが早くもデビューの日を迎える。若干緊張した面持ちで炎仁はゲートに入る。
(まさかこんなに早くデビュー出来るとはな……ただ、これが俺の選んだ道だ。ここから勝って勝って勝ちまくって爺ちゃんの残してくれた牧場を取り戻す!)
ゲートが開く。炎仁は力強く叫ぶ。
『疾れ! イグニース!』
~第一章 完~
お読み頂いてありがとうございます。
以上で第一章終了になります。続きの構想もありますので、早い内に更新を再開出来ればと思っております。
今後もよろしくお願いします。
「しかし驚きましたよ、まさかCクラスが全員合格とは……」
教官室で仏坂が鬼ヶ島にしみじみと語る。
「……交流レースの好成績が大きな決め手となった。四人が一着、他の四人も二着というのは過去を見ても例がない。しかも関西へ乗り込んでいってだからな」
「上の方は何か言ってきていないんですか?」
「無くはないが……最も優先されるべきなのは現場の意見だ。ここぞというところの勝負強さ、騎乗技術、レースセンスなどを各厩舎が評価したのだからな。どこも欲しいのは『勝てるジョッキー』だ」
「それは確かに……」
「正直、卒業試験の筆記試験は何人か危なかったがな」
そう言って鬼ヶ島は笑う。
「通常課程や関西も含めると、かなりの人数が合格ですね。メディアは『今年は豊作』や『黄金世代』と早くも煽っています」
「……競竜騎手の競技人生というのはそれほど長くない。怪我や病気などもあるが、勝てないことを理由に数年で辞める者が圧倒的に多い。資質の高い世代だとは思うが……これからが大変だろう。月並みな言い方になってしまうが、ここからがようやくスタートだ。改めて強い覚悟を持ってこれからの日々に臨んで欲しい」
「……ひょっとして今のって卒業式のリハーサル?」
「もう少しオブラートに包んだ方が良いか?」
「いや、良いんじゃないの、甘美ちゃんらしくて」
仏坂と鬼ヶ島が互いに目を合わせてふっと笑う。
「この部屋ともお別れか……」
寮の部屋でレオンがしみじみと呟く。嵐一が笑う。
「四人部屋にしては狭いとか文句言ってなかったか?」
「確かに言っていたけど……やっぱり寂しいよ」
「俺なんか今度は知らねえ先輩と二人部屋だぜ?」
「かなり厳しいって噂の厩舎だけど……」
「別に遊びに行くわけじゃねえからな、厳しい上等だぜ。それより親父さんの厩舎に入るのもある意味きついだろ、周囲の期待とかよ」
「うん、まあ……それは覚悟しているつもりだけど……」
レオンは黙り込む。嵐一が首を傾げる。
「どうしたよ? 他に悩み事があんのか?」
「……夏合宿の件で朝日ちゃんにゆすりまがいの行為を受けているんだよ⁉」
「ああ……まあ、お前は主犯格だからな」
「そうは言ってもさ! 未遂だったわけだし!」
「あいつも別にマジで言っているわけじゃねえだろう」
「嵐一君はゆすられてないの?」
「『プロで獲得した賞金で良い飯奢る』つったらそれでいいぜって言ってたぞ」
「な、なるほど、そういうことを言えば良いのか……」
レオンは深々と頷く。
「……ふう」
「何をしているかと思えば掃除かよ、ホント真面目だな」
教室にいた海に青空が声をかける。
「ここの埃が少し気になったものですから」
海はゴミ箱に集めた埃などを捨て、掃除用具を片付ける。
「しかし、改めて比べてみたけどよ、やっぱり他のクラスより明らかに狭いぜ、この教室。扱いの差が露骨なんだよな」
そう言って青空は笑う。海が眼鏡を抑えながら答える。
「奮起を促すという意味では正解だったのではないでしょうか」
「まあ、結果としてはな……ってか、意外だなそういう精神論みたいなこと言うの」
「そういう考えを持つこともありますよ……意外と言うなら、貴女の進路ですよ。何故わざわざあの厩舎を選んだのです?」
「何故って誘いがあったからだよ」
「それはそうでしょうけど……決め手となった理由を聞いているのです」
「理由ねえ……なんつうか、あっちの方がアタシに合うんじゃねえかと思ってさ」
「理由になっていませんよ」
「いいだろ、こういうのは直感に従うんだよ」
青空の物言いに海がため息をつく。
「……やっぱり貴女とは考えが合いませんね」
「それは同感だ」
「まあ、お互い頑張りましょう……そろそろ失礼します」
「おう、頑張ろうぜ、海」
「!」
海は青空の顔を見つめる。青空が首を傾げる。
「なんだよ? もうクラス長じゃねえだろう?」
「……そうですね、青空さん」
海は微笑を浮かべる。
「……ここにいらしたとは」
厩舎でぼんやりと佇んでいる翔に飛鳥が声をかける。
「あ、見つかっちゃったか~」
「報道陣の皆様が貴方のコメントを欲しがっていましたよ」
「それが面倒だからここに来たんだよ」
「メディア応対もプロアスリートとしての大事な仕事ですよ」
「う~ん、もうちょっとしたら顔を出すよ」
翔ががらんとした厩舎の中を歩く。飛鳥が尋ねる。
「プロの騎手は初めの内は竜の世話もしなければなりません。厩舎にもよるでしょうけど、天ノ川厩舎といえども貴方を特別扱いはしないでしょう。ちゃんと早起き出来ますか? この一年での朝の厩舎作業、寝坊が目立ちましたよ」
「飛鳥ちゃんだって結構朝弱いじゃん」
「流石に貴方には負けます」
「……慣れるしかないよね。まあ、あいつも一緒だから大丈夫だよ」
「……あの方も苦労しそうですね」
飛鳥は翔の相変わらずのマイペース振りに呆れる。
「炎ちゃん、ここにいたんだ」
訓練場を眺める炎仁に真帆が声をかける。
「ああ、真帆、インタビューはいいのか?」
「合同記者会見って形にしてもらったから案外すぐ終わったわ」
「報道陣の人、聞きたいこと一杯あったんじゃないか?」
「まだプロジョッキーとしてはなにも成し遂げてないから、多くは語れないわ」
「まあ、それもそうか……」
「それよりも炎ちゃん、本当に良いの?」
「何が?」
「あの厩舎に入ることよ。言いにくいけど、もっと良いお話があったんでしょ?」
「色々話を聞かせてもらって最終的にあそこに決めたんだ。『ビリッケツ』評価から始まった俺にとっては合っていると思う。俺の目標を叶えられる気がするんだ」
そう言って炎仁は遠くを見据える。その横顔を見て真帆はため息をつく。
「今は他のことは目に入らない感じかな……」
「ん? なんか言ったか?」
「ううん、なんでもない。炎ちゃん、これからもお互い頑張ろうね」
「ああ!」
そして競竜学校卒業から約一か月後、紅蓮炎仁とグレンノイグニースが早くもデビューの日を迎える。若干緊張した面持ちで炎仁はゲートに入る。
(まさかこんなに早くデビュー出来るとはな……ただ、これが俺の選んだ道だ。ここから勝って勝って勝ちまくって爺ちゃんの残してくれた牧場を取り戻す!)
ゲートが開く。炎仁は力強く叫ぶ。
『疾れ! イグニース!』
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お読み頂いてありがとうございます。
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