疾れイグニース!

阿弥陀乃トンマージ

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第一章

第9レース(4)ステラヴィオラVSグレンノイグニース

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「さて、とうとうこの日が来ましたね……」

 10月末、東京レース場のスタンドで海が呟く。

「結構客が来ているな……」

「関係者だけかと思ったんだけどな」

 周囲を見回して、青空と嵐一が呟く。

「模擬レースですからね、お客さんにもある程度入ってもらって、実際のレースのような雰囲気を再現してもらうのが狙いです」

 海が淡々と説明する。その隣で真帆が口を開く。

「こういうことを聞くのってなんだけど……このレース、合否に関係するのかな?」

「……勝ち負けはともかくとして、レースぶりなど、多少は評価査定に含まれるのではないでしょうか。あくまで推測でしかありませんが」

 海が眼鏡の蔓を触りながら答える。レオンが天を仰ぐ。

「あ~それはやっぱり僕も出たかったな~」

「まだアピールの機会は残されていますから……」

「とは言ってもね……」

「ここから挽回するしかねえな……」

「気が合うねえ、旦那、アタシもちょうど同じことを考えていたぜ」

 青空が嵐一に笑いかける。

「おっ、皆、揃っているね~」

 仏坂がCクラスの学生たちの所に歩み寄ってくる。海が尋ねる。

「教官、こちらに来てよろしいのですか?」

「皆の様子はちゃんと見てきたよ、ナーバスになってはいなかったから安心したよ」

「天ノ川は眠そうにしていなかったっすか?」

 嵐一は笑い混じりで尋ねる。

「いや、いつになく真剣な表情をしていたよ」

「へえ……あいつも流石にマジになるか」

「撫子さんはどうでした?」

 レオンが問う。

「彼女も落ち着いていたね」

「そうか……やっぱり慣れているのかな」

「凡田の野郎は余計なことをしてこないっすよね?」

「野郎じゃなくて凡田教官ね……模擬レースでなにか仕掛けたらそれこそ大問題になるから……大人しくしていたよ」

 青空の問いに仏坂は肩をすくめながら答える。真帆が口を開く。

「あ、あの……炎ちゃん、紅蓮君はどんな様子でした?」

「ん? ああ、一番心配していたけど、落ち着いていたよ」

「そうですか……」

「よく、紅蓮君を捻じ込めましたね」

「いや、捻じ込んだって……」

 海の言葉に仏坂が苦笑する。青空が頬杖をつきながら呟く。

「だってビリッケツ評価なんだろ?」

「……ま、まさか、炎仁はもうトップ評価に近づいているってことですか⁉」

 焦る様子を見せるレオンに仏坂がまた苦笑する。

「現時点で彼がどの程度の評価かは言えないよ……今回もたまたま空きが出たからね。鬼ヶ島教官からCクラスから誰かもう一人どうだという話を頂いたので、僕の判断で紅蓮君にさせてもらったんだ」

「その判断の根拠は?」

 海が問い詰める。

「う~ん、まあ、勘かな? 大舞台でなにかサプライズを提供してくれそうな気がするんだよね、彼の騎乗からは」

「『持ってる』ってやつか……分からねえでもねえかな」

 嵐一が呟く。

「まあ、とりあえずはその説明になっていない説明で納得するとします」

「て、手厳しいね、海ちゃん……」

「一応、応援はしていますよ」

 苦笑する真帆に海が答える。

                  ☆

「五味!」

「なんですか、凡田教官?」

 五味と呼ばれた学生が振り返る。

「いいか、この模擬レースは大事なレースだ!」

「理解しているつもりですよ」

「本命はお前の騎乗する『ハイビューティフル』だ、普通に乗れば勝てる!」

「でしょうね、僕はAクラスでもトップですから」

「ただ一人、あいつには気を付けろ……!」

 凡田が急に小声になる。五味が尋ねる。

「あいつ?」

「天ノ川翔だ、名門競竜一家の奴は侮れんぞ!」

「ああ、それは少し思っていましたが……それほど心配する必要は無さそうですよ。見て下さい」

 五味が顎をしゃくった先にはベンチに腰掛けて眠る翔の姿があった。

「ね、寝ているだと⁉」

「『名家三代続かず』とはよく言ったものです。大したことはありませんよ」

 五味は不遜な笑みを浮かべてゴーグルを掛け、自らのドラゴンの元に向かう。

「あ、天ノ川君! 起きなさい!」

「う~ん?」

 飛鳥に肩を揺らされ、翔が目を開く。傍らに立っていた炎仁が呆れる。

「さっきまで起きていたのに、ここに来て寝るとは……」

「集中力を高めていたら眠くなっちゃって……」

「どういう理屈なのですか……」

「飛鳥ちゃんにもお勧めするよ、リラックス出来るんだ」

「そこまで神経が図太くありませんわ……」

「かえって目が冴えてきた、良い傾向だね~」

 翔が笑顔を浮かべて立ち上がる。炎仁が尋ねる。

「い、良い傾向なのかい?」

「こういう時は大抵良い結果が出るんだ」

「人それぞれだな……」

「マイダーリン、妙に感心している場合ではありませんわ。良いですか、天ノ川君? 貴方を今日のレースに出す為に皆がどれほど苦労したか、どうせ貴方には伝わってはいないでしょうけど……」

「感謝しているよ」

「ええっ⁉」

「草薙君や真帆ちゃんには体力テストのトレーニングを付き合ってもらい、君や海ちゃんには勉強を見てもらった。金糸雀君には目覚まし係になってもらった」

「レオンも勉強を見る担当だったんだけど……」

「そして、先のレースでは、青空ちゃんの威圧と紅蓮炎仁君……君の激励に助けられた……改めて礼を言うよ、ありがとう」

「お、おお……」

 真っ直ぐな眼差しで自分を見つめてくる翔に炎仁は戸惑う。

「今、僕は体力知力気力ともに充実している! このレースは僕がもらうよ」

そう言って、翔は自らの騎乗するドラゴンの元に向かう。

「……言ってくれるじゃないか!」

「そうはさせませんわ!」

 炎仁と飛鳥も闘志を燃やし、それぞれのドラゴンの元に向かう。パドックで各竜に騎乗した学生たちは地下竜道を通り、本竜場に入場。録音ではあるが、本番さながらのファンファーレが流れ、雰囲気が盛り上がる中、各竜が順調にゲートインする。全竜のゲートインが完了し、ゲートが開かれ、スタートする。

「!」

 炎仁とグレンノイグニースが大幅に出遅れる。それを飛鳥も確認する。

(マイダーリン! 最近は順調だったのに、ここにきてスタート失敗! ですが、これも勝負! わたくしも真剣に挑みます!)

 飛鳥とナデシコハナザカリは中団のやや後方につける。翔とステラヴィオラは前から三番目につける。その前に五味騎乗のハイビューティフルがいる。レースは淀みなく進み、最終コーナー直前でハイビューティフルが逃げたドラゴンを交わし、先頭に立つ。そこにステラヴィオラが迫る。五味が笑う。

「認識を改めよう!」

「?」

「ただの馬鹿ではなかったようだ、終始僕をマークするとは! それなりのレースセンスがあるようだ!」

「は?」

 五味の言葉に翔が首を捻る。五味が戸惑う。

「な、なんだ、その反応は?」

「そこそこ良いペースで走ってくれているから、ちょうど良い目印にしていただけだけど……っていうか、君誰だっけ?」

「な、なっ⁉」

「前見ていないと危ないよ!」

「うおっ⁉ くっ……な、なんて脚だ、追い付けん!」

 颯爽と先頭に立ったステラヴィオラはハイビューティフル以下を突き放す。

(もらったかな……ん⁉)

 そこにナデシコハナザカリとグレンノイグニースが突っ込んでくる。

「もう少しよ!」

「届け!」

(飛鳥ちゃんは予想していたが、紅蓮君が大外からここまでくるとは! くっ!)

 完全にステラヴィオラの勝ちパターンかと思われたが、最後の最後で三頭の激しい叩き合いとなる。観客も大いに盛り上がる。結果……。

「グ、グレンノイグニース! ハナ差で勝利! 二着はステラヴィオラ!」

「か、勝ったのか……?」

「おめでとう……飛鳥ちゃんとナデシコハナザカリのまくりについてきて上がってきたのか、凄い末脚だったよ」

「あ、ありがとう。正直スタート出遅れたから無我夢中で何がなにやら……」

「! 限りなく集中していたってことか……良い勉強になったよ、炎仁」

「あ、ああ……」

「でも次は負けないよ。同じ相手に二度と負けないのが天ノ川家の流儀だからね」

 そう言って、翔はゴーグルを外し、ウィンクしてみせる。
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