疾れイグニース!

阿弥陀乃トンマージ

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第一章

第8レース(1)苛立ちのお嬢様

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「ふっ! はっ!」

 9月に入り、競竜学校はますますピリピリとしたムードに包まれている。

「只今の合同模擬レース、一着は撫子と『ナデシコハナザカリ』だ。大分着差がついたぞ、Bクラス! このままだと貴様ら、厳しいぞ!」

「!」

 鬼ヶ島教官の言葉で更なる緊張感が走る。

「……クールダウン後は各教官にしたがって、メニューをこなせ」

 指示を受けた後、受講生たちは散らばっていく。仏坂が近づいて囁く。

「素直にCクラスを誉めた方が良かったんじゃ……」

「ほぼ休み無しという7月8月の厳しい通常訓練をこなしてきて、さらに伊豆での一週間の厳しい合宿を経ても脱落者は一人もいない。これは大変喜ばしいことではある。さらにどの受講生たちも――この例年以上に暑かった――夏を越えて大いに向上しているのが、各種記録やデータなどからも読み取れる」

「だったら……」

「かと言って、全員がプロになれるわけではない。優しい言葉をかけて受講生が成長するなら、私も喜んでそうしよう……ただ、現実はそうではない。これまでの卒業生たちを見ても、現状に甘えず厳しい言葉を浴びたものたちの方が確かな成長を見せてくれた……私としては自らの今までの指導経験を重んじていくまでだ」

「……これは失礼しました」

 鬼ヶ島のはっきりとした指導方針を聞いた仏坂は頭を下げる。

「ところで、Cクラスの撫子飛鳥だが……」

「はい?」

「とぼけるな。成長はうかがえるが、どうも危うい……気付いているだろう?」

「流石ですね……先日の関西Aクラスとの腕試し……相当堪えたようで」

「そう仕向けたのは貴様だろうが」

「危うさは感じますが、ある意味良い傾向だと捉えています。いざとなれば……」

「いざとなれば……?」

「切り札を投入します」

「切り札だと?」

「はい」

「それはなんだ?」

「それは……まだ秘密です」

 仏坂は唇の前に右手の人差し指を立てる。

「全く……まあいい、貴様を信頼しよう」

 鬼ヶ島は呆れながらその場を後にする。

「くっ!」

「はっ!」

 青空の騎乗するサンシャインノヴァが自慢の末脚を見せたが、一度交わされた飛鳥騎乗のナデシコハナザカリに内側から差し返される。青空が天を仰ぐ。

「かっー! やられちまったぜ!」

「……何故?」

「ん?」

 青空は近寄ってきた飛鳥に顔を向ける。

「何故? 最後にもう一伸びしなかったのですか?」

「は、はあっ⁉ 押してはみたさ、ただ脚が残っていなかったんだよ」

「何故に残しておかなかったのですか?」

「な、何故って、アンタがいつもより前目のポジションで、いつもより早いタイミングで仕掛けてきてくれって指定してきたんだろうが! いつもとは色々と勝手が違ったからだよ」

「道中もっと折り合いをつけて、スタミナ・ペースを配分し、脚を残すなどやりようはいくらでもあったはずです!」

「何を無茶なこと言ってきてんだよ!」

 飛鳥の手前勝手にも思える物言いに対し、青空も声を荒げる。

「お、おい、どうしたんだ?」

 近くを通りかかった炎仁が首を突っ込む。青空が肩をすくめる。

「このお嬢様が我儘なことを言ってきやがるからよ……」

「撫子さん、どうしたんですか?」

「……なんでもありません。失礼しましたわ」

 飛鳥はドラゴンとともに、その場を去る。炎仁が首を傾げる。

「ほ、本当にどうしたんだ?」

「……まあ、ある程度の見当はつくけどよ……」

「え?」

「まあいいや、炎仁、お前は自分のメニューを消化しろよ」

「あ、ああ……」

 炎仁に続き、青空もその場を去る。

「……違いますわ! もっと仕掛けのタイミングは早くしてもらわないと! それでは今の様に簡単に交わせてしまいます!」

「で、ですが……」

 興奮する飛鳥に対し、真帆が困惑する。

「撫子さん、確かに私のルナマリアも真帆さんのアクアも『先行抜け出し』の戦法を取ることは多いです。貴女のハナザカリと同様にね」

 真帆に詰め寄る飛鳥を落ち着かせるように海が冷静に話す。

「で、でしたら!」

「人には人のやり方、そしてドラゴンにもそれぞれの走り方があります。脚質として大別していますが――各々のドラゴンの体格や走行フォーム、そしてその時のコンディションなども関係して――あるドラゴンの走行を全くコピーして走ることなど不可能に近いことです。そのことはご自身もよく理解しているはず」

「そ、それは……」

 口ごもる飛鳥に対し、海が容赦なく畳み掛ける。

「得意とする先行抜け出しの戦法で勝利を確信し、それを見事に差されて、撫子グレイスさんとナデシコフルブルムに敗戦を喫した先日の悔しさが今だに拭えないというのは分かっているつもりです」

「⁉」

「しかし、先ほどの朝日さんを『仮想フルブルム』に、私たちを『仮想ハナザカリ』に見立てて走らされても……私たちにとってはあまりにもメリットがありません。私たちにも各々、取り組むべき、優先するべき課題があります。貴女に振り回されるこの現状……正直言って迷惑です」

「!」

「う、海ちゃん!」

 真帆が慌てるが、海は意に介さない。

「こういうのははっきりお伝えした方が良いのです」

「じゃあ~今日の練習はここまで~」

「……失礼いたします」

 仏坂の声を聞き、飛鳥は俯きがちに厩舎に戻っていく。

「……おい、お嬢!」

「きゃあ⁉ ちょ、ちょっと朝日さん、今わたくしシャワー中……」

 訓練後のシャワールームで飛鳥の個室に青空が乱入する。飛鳥は思わず体を隠す。

「真帆たちから聞いたぜ! あいつらにも我儘放題、無理難題を言ったみてえだな」

「そ、それは……」

「……! 青空ちゃん!」

「朝日さん、副クラス長なのですから冷静に……」

 シャワールームに入ってきた真帆と海が慌てて青空を止めに入る。

「……申し訳ありませんでした。わたくし苛立ちで周りが見えなくなっていました」

 シャワーを止め、飛鳥が三人に向かって丁寧に頭を下げる。青空が笑う。

「分かりゃいいんだよ、分かりゃ……」

「これからは御迷惑をかけないように致します。本当に……」

「良いんだよ、別に迷惑かけてもよ……」

「え?」

 飛鳥が顔を上げる。

「アタシらが納得した上でならな。そうだろ?」

「うん」

「可能な限りであれば、我々としても協力は惜しみません」

 青空の問いに真帆と海は頷く。飛鳥は不思議そうに尋ねる。

「な、何故ですの……?」

「何故って、縁あって同じクラスになってな、同じ釜の飯を食ったっていうか……」

「仲間って言いたいんだよね、朝日ちゃん」

「ま、真帆! お前、恥ずかしいことを堂々と言うなよ!」

「み、皆さん……」

 飛鳥は感激した様子で三人を見つめる。

「あの京都のお嬢みたいな見事な騎乗は今のアタシらにはちょっと無理だが、他にも出来ることがあるぜ」

「ほ、本当ですか⁉ 例えば?」

「え? ほ、ほら、映像を観て綿密なデータ分析とかな……クラス長が」

「大事なとこ丸投げじゃないですか……」

 大事なところ丸出しのままで自分を指し示す青空を海は冷ややかに見つめる。
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