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第一章
第1レース(1)連帯保証人だけはやめとけ
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1
「いいからさっさとそこをどけよ!」
中年男性の怒鳴り声が響く。大人たちに取り囲まれている、赤茶色の髪でブレザー姿のやや小柄な体格の少年は一瞬ビクッとするも、負けじと言い返す。
「いいえ、どきません!」
少年は両手を目一杯に広げて、車両や人が敷地内に入ってくるのを防ごうとする。
「ちょっと君さあ、さっきから何なの?」
怒鳴った男性とは別の男性が呆れた顔で少年を見る。
「お、俺はこの牧場の関係者です!」
少年の斜め後ろにある錆びれた門には古びた銘版がついている。そこには『紅蓮牧場』という文字が記されている。少年を取り囲む大人たちの一人が首を傾げる。
「関係者?」
「そうです!」
「名前は?」
「紅蓮炎仁です!」
炎仁という名前を聞いて、大人たちがハッとする。
「もしかして、紅蓮社長の……」
「はい! 紅蓮炎太郎の孫です!」
「あ、そう……この度はご愁傷さまです……」
「謹んでお悔やみ申し上げます……」
炎仁の言葉に大人たちは一応かしこまって、弔意を述べる。そう、炎仁の祖父で、この牧場を経営していた紅蓮炎太郎はつい先日亡くなったばかりである。
「ご丁寧に恐れ入ります!」
炎仁は弔意に対し、元気よく返答する。言葉選びは無難だが、ふさわしい態度とは言い難い。大人たちはそんな炎仁に戸惑いながらも話を再開する。
「まだ喪も明けていないところ申し訳ないけど、何しろ突然のことだったからね……約束は約束だから、この牧場、俺たちで差し押さえさせてもらうよ」
「待って下さい!」
「いや、待てないよ。こっちもビジネスだからね……」
大人たちが炎仁の脇をすり抜け、閉ざされた門を開けようとする。炎仁が慌てて止める。
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
「だから待てないって」
「何故そんなことをするんです!」
「いや、何故って……」
「じいさんが返すもんを返してくれなかったからだよ」
「返すもん……お金ですね⁉」
「ああ、そうだよ」
「ならばその支払い、もうちょっと待って下さい!」
「は?」
大人たちは不思議そうな顔で炎仁を見つめる。
「その支払い、連帯保証人の俺が必ず払います!」
「連帯保証人……?」
「はい、皆さんと交わした書類に俺の名前があるはずです!」
炎仁の言葉を受け、大人たちはそれぞれ鞄から書類を取り出し、確認する。
「あ、マジだ……紅蓮炎仁って名前がある……」
「あのじいさん、よりにもよって自分の孫を保証人にしたのかよ……」
大人たちは困惑した表情を浮かべる。
「俺には支払いの意志があります! ですから牧場の差し押さえは無効です!」
「……君、いくつよ?」
「15歳、中学三年生です!」
「おい、さっさと門開けろ」
大人たちの一人が門に手をかけていた男に声を掛ける。炎仁が慌てる。
「ちょ、ちょっと⁉ どうしてそうなるんですか⁉」
「ガキじゃねえかよ、支払い能力がねえだろ!」
「来年から高校です! アルバイトも出来ます!」
「高校生のバイト代でどうにかなるような金額じゃねえんだよ!」
「ええっ⁉」
「なにがええっ⁉だよ! こっちが驚きだわ!」
「……開いたぞ」
門が開かれる。大人たちが話し合いを始める。
「さて、どうする?」
「埼玉の山中だが、都心からのアクセスは案外悪くねえ……いっぺん更地にしてしまって、キャンプ場でも作るのが良いんじゃねえか」
「さ、更地⁉ キャンプ場⁉」
炎仁は仰天する。大人たちはそんな炎仁のことなど気にも留めず、話し合いを続ける。
「地図を見る限り、結構広い土地みたいだぜ」
「車で回ってざっと確認してみようや」
大人たちが自分たちの車に戻ろうとする。
「だから、待って下さい!」
炎仁が大声を上げ、門を閉め、再びその前に両手を広げて立つ。
「はあ……おい!」
「うっす……」
一人の大人が声をかけると、大柄な男性が車から降りてきて、炎仁に近づく。
「なっ、デ、デカ⁉」
「このガキを〆ちまえばいいんすか?」
「馬鹿か、暴力は不味いだろ。ちょっと首根っこ抑えておけ」
「分かったっす……よっと」
「どわっ! な、なにを!」
大柄な男性は文字通り炎仁の首根っこを掴み、片手であっさりと持ち上げる。
「これでいいすか?」
「ああ、しばらくそうしておけ」
門が再び開かれ、大人たちが車で牧場内に入ろうとする。宙に吊るされたような状態になった炎仁は手足をバタバタさせながら、さきほどよりも大きな声で叫ぶ。
「こ、この牧場はじいちゃんが大切にしていたものなんだ! 勝手なことは許さねえ!」
「お前の許可はもはや必要としてねえんだよ!」
大人の一人が車の運転席から叫び返す。
「ぐっ……」
「なんだ、その目は? 恨むなら返済義務を果たさなかったじいさんを恨みな」
「だから、返済なら俺が!」
「ガキのわがままに付き合ってられねえんだよ!」
「!」
大人の一喝に炎仁が押し黙る。
「もうこの土地は事実上俺らのもんだ、諦めてさっさと帰んな」
「ぐぬぬ……」
炎仁は悔しさのあまり唇を噛む。車が門を抜けようとした所、大きなクラクションが鳴る。
「な、なんだ⁉」
大人たちがクラクションの音に驚いて振り返ると、そこにはピンク色の派手な車体の大型トレーラーがあった。助手席から一人の女性が優雅な仕草で颯爽と降りてくる。
「ギリギリ差し切りましたかしら?」
桃色のメッシュが特徴的なショートボブで小柄な体格の美女が微笑みながら呟く。
「なんだあ、お姉ちゃん、いきなり出てきて……?」
「……確かにわたくしは姉妹の姉ですが、貴方のお姉ちゃんではありません、撫子瑞穂(なでしこみずほ)というれっきとした名前があります」
「撫子……瑞穂⁉ な、なんでこんなところに⁉」
「この『紅蓮牧場』の抱える債務は我々『撫子ファーム』が全て引き受けます。返済の詳細はそれぞれ追ってご連絡させて頂きます。今日のところは速やかにお引き取り下さい」
瑞穂と名乗った女性が凛とした声で告げる。
「いいからさっさとそこをどけよ!」
中年男性の怒鳴り声が響く。大人たちに取り囲まれている、赤茶色の髪でブレザー姿のやや小柄な体格の少年は一瞬ビクッとするも、負けじと言い返す。
「いいえ、どきません!」
少年は両手を目一杯に広げて、車両や人が敷地内に入ってくるのを防ごうとする。
「ちょっと君さあ、さっきから何なの?」
怒鳴った男性とは別の男性が呆れた顔で少年を見る。
「お、俺はこの牧場の関係者です!」
少年の斜め後ろにある錆びれた門には古びた銘版がついている。そこには『紅蓮牧場』という文字が記されている。少年を取り囲む大人たちの一人が首を傾げる。
「関係者?」
「そうです!」
「名前は?」
「紅蓮炎仁です!」
炎仁という名前を聞いて、大人たちがハッとする。
「もしかして、紅蓮社長の……」
「はい! 紅蓮炎太郎の孫です!」
「あ、そう……この度はご愁傷さまです……」
「謹んでお悔やみ申し上げます……」
炎仁の言葉に大人たちは一応かしこまって、弔意を述べる。そう、炎仁の祖父で、この牧場を経営していた紅蓮炎太郎はつい先日亡くなったばかりである。
「ご丁寧に恐れ入ります!」
炎仁は弔意に対し、元気よく返答する。言葉選びは無難だが、ふさわしい態度とは言い難い。大人たちはそんな炎仁に戸惑いながらも話を再開する。
「まだ喪も明けていないところ申し訳ないけど、何しろ突然のことだったからね……約束は約束だから、この牧場、俺たちで差し押さえさせてもらうよ」
「待って下さい!」
「いや、待てないよ。こっちもビジネスだからね……」
大人たちが炎仁の脇をすり抜け、閉ざされた門を開けようとする。炎仁が慌てて止める。
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
「だから待てないって」
「何故そんなことをするんです!」
「いや、何故って……」
「じいさんが返すもんを返してくれなかったからだよ」
「返すもん……お金ですね⁉」
「ああ、そうだよ」
「ならばその支払い、もうちょっと待って下さい!」
「は?」
大人たちは不思議そうな顔で炎仁を見つめる。
「その支払い、連帯保証人の俺が必ず払います!」
「連帯保証人……?」
「はい、皆さんと交わした書類に俺の名前があるはずです!」
炎仁の言葉を受け、大人たちはそれぞれ鞄から書類を取り出し、確認する。
「あ、マジだ……紅蓮炎仁って名前がある……」
「あのじいさん、よりにもよって自分の孫を保証人にしたのかよ……」
大人たちは困惑した表情を浮かべる。
「俺には支払いの意志があります! ですから牧場の差し押さえは無効です!」
「……君、いくつよ?」
「15歳、中学三年生です!」
「おい、さっさと門開けろ」
大人たちの一人が門に手をかけていた男に声を掛ける。炎仁が慌てる。
「ちょ、ちょっと⁉ どうしてそうなるんですか⁉」
「ガキじゃねえかよ、支払い能力がねえだろ!」
「来年から高校です! アルバイトも出来ます!」
「高校生のバイト代でどうにかなるような金額じゃねえんだよ!」
「ええっ⁉」
「なにがええっ⁉だよ! こっちが驚きだわ!」
「……開いたぞ」
門が開かれる。大人たちが話し合いを始める。
「さて、どうする?」
「埼玉の山中だが、都心からのアクセスは案外悪くねえ……いっぺん更地にしてしまって、キャンプ場でも作るのが良いんじゃねえか」
「さ、更地⁉ キャンプ場⁉」
炎仁は仰天する。大人たちはそんな炎仁のことなど気にも留めず、話し合いを続ける。
「地図を見る限り、結構広い土地みたいだぜ」
「車で回ってざっと確認してみようや」
大人たちが自分たちの車に戻ろうとする。
「だから、待って下さい!」
炎仁が大声を上げ、門を閉め、再びその前に両手を広げて立つ。
「はあ……おい!」
「うっす……」
一人の大人が声をかけると、大柄な男性が車から降りてきて、炎仁に近づく。
「なっ、デ、デカ⁉」
「このガキを〆ちまえばいいんすか?」
「馬鹿か、暴力は不味いだろ。ちょっと首根っこ抑えておけ」
「分かったっす……よっと」
「どわっ! な、なにを!」
大柄な男性は文字通り炎仁の首根っこを掴み、片手であっさりと持ち上げる。
「これでいいすか?」
「ああ、しばらくそうしておけ」
門が再び開かれ、大人たちが車で牧場内に入ろうとする。宙に吊るされたような状態になった炎仁は手足をバタバタさせながら、さきほどよりも大きな声で叫ぶ。
「こ、この牧場はじいちゃんが大切にしていたものなんだ! 勝手なことは許さねえ!」
「お前の許可はもはや必要としてねえんだよ!」
大人の一人が車の運転席から叫び返す。
「ぐっ……」
「なんだ、その目は? 恨むなら返済義務を果たさなかったじいさんを恨みな」
「だから、返済なら俺が!」
「ガキのわがままに付き合ってられねえんだよ!」
「!」
大人の一喝に炎仁が押し黙る。
「もうこの土地は事実上俺らのもんだ、諦めてさっさと帰んな」
「ぐぬぬ……」
炎仁は悔しさのあまり唇を噛む。車が門を抜けようとした所、大きなクラクションが鳴る。
「な、なんだ⁉」
大人たちがクラクションの音に驚いて振り返ると、そこにはピンク色の派手な車体の大型トレーラーがあった。助手席から一人の女性が優雅な仕草で颯爽と降りてくる。
「ギリギリ差し切りましたかしら?」
桃色のメッシュが特徴的なショートボブで小柄な体格の美女が微笑みながら呟く。
「なんだあ、お姉ちゃん、いきなり出てきて……?」
「……確かにわたくしは姉妹の姉ですが、貴方のお姉ちゃんではありません、撫子瑞穂(なでしこみずほ)というれっきとした名前があります」
「撫子……瑞穂⁉ な、なんでこんなところに⁉」
「この『紅蓮牧場』の抱える債務は我々『撫子ファーム』が全て引き受けます。返済の詳細はそれぞれ追ってご連絡させて頂きます。今日のところは速やかにお引き取り下さい」
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