上 下
46 / 51
第一章

第12話(1)メンタルを攻める

しおりを挟む
                 12

「さあ、次はどいつだ!」

 志波田が吠える。

「ただでさえ、あれだけのマッチョだというのに、どんどんと筋力を増すことが出来たら、手がつけられないな……」

「お手上げかしら?」

 日光の呟きに照美は苦笑交じりで反応する。

「そういうわけにもいかないが、一体どうしたものか……」

「僕に任せてもらおうか」

「!」

「井伊谷さん?」

 ボールを拾った朱雀がボールを指先で器用にまわす。日光は戸惑う。

「し、しかし……」

「大丈夫なの?」

「ああ、問題はないよ」

 照美の問いに答え、朱雀は颯爽と前を向き、志波田と対峙する。志波田が目を細める。

「ほう……次はおめえか」

「男装の麗人ではご不満かい?」

「自分で麗人とか言うかよ……別に俺は良いんだが、おめえは構わねえのか?」

「? 構わないとは?」

「俺は女相手だろうと手加減が出来ない質なんだよ」

「ははっ……」

 朱雀が笑う。志波田が首を傾げる。

「なにがおかしい?」

「いや、かえってすがすがしいと思ってさ……いざ尋常に勝負!」

「! むん!」

 朱雀の鋭い投球も志波田は難なくキャッチしてみせる。

「我ながらなかなかの球だと思ったが、さすがだね」

「当然だ、俺を誰だと思ってやがる?」

「ならば、搦め手でいかせてもらおう……」

「ん?」

 朱雀が右手で銃の形を作り、志波田に向けて呟く。

「『垢バン』……」

「む!」

 志波田の顔がわずかに曇る。朱雀が尋ねる。

「どうかしたかな?」

「て、てめえ……何をした⁉」

 志波田が球を投げるが、威力を欠き、朱雀に簡単にキャッチされてしまう。

「『WhoTubae』で、顔を隠して上げている筋トレ動画……」

「むっ!」

 朱雀の小声での呟きに志波田の顔がやや曇る。朱雀がすかさず投じる。

「むむ!」

「『ツブッター』で、日課となっている筋肉自撮り……」

「むむっ!」

「おや、どうかしたかい?」

「う、うるせえ!」

 志波田が再び球を投げるが、ただの山なりのボールになってしまう。それをキャッチした朱雀が悪い笑みを浮かべながら呟く。

「『ウィンスタ』でのマッチョ相手に男女見境なく送りつけるDM……」

「むむむっ!」

 志波田の顔が露骨に曇る。

「男女見境ないというのが……」

「だ、黙れ!」

 志波田が激しく動揺する。それを見て、朱雀がボールを投じる。

「隙あり!」

「はっ⁉」

「B組、6ヒット!」

「おおっと! これは番狂わせ! 井伊谷朱雀が志波田勝にボールを当てました!」

「ぐっ……て、てめえ……」

 志波田が朱雀を睨みつける。朱雀はわざとらしく両手を広げる。

「悪く思わないでくれたまえ。君とまともに投げ合ったら体が持たないからね」

「……フィジカル面ではなく、メンタル面を攻めるか……」

「なるほどね……」

 日光と照美が感心する。朱雀の方にボールが転がる。

「おっと、こちらにボールが転がってきた……これは幸運だ。さっさと決めてしまおう!」

 ボールを拾った朱雀が相手陣内の後方に立つ天武めがけて鋭いボールを投げ込む。

「ふん……!」

中性的な雰囲気を纏った、長い黒髪を後ろで一つにまとめた小柄な生徒が横っ飛びで、そのボールをキャッチし、華麗に一回転して着地する。朱雀が感嘆する。

「ほう、今のをキャッチするとは……やるね」

「いささか調子に乗り過ぎだよ、B組の癖に……」

 中性的な生徒が朱雀を静かに睨みつける。朱雀が肩をすくめる。

「とは言っても、ここまできたら優先的に大将首を狙うのが定石だろう? 違うかい? 小森一蘭(こもりいちらん)くん……いや、『お蘭くん』だったかな?」

「君がその呼び名を呼ばないでくれ、非常に不愉快だ……」

 小森と呼ばれた男子が朱雀を再び睨みつける。朱雀が軽く頭を下げる。

「それは申し訳ない。気に入っているのかと思って」

「そういう意味ではない……」

「え?」

「呼ぶ者の問題だよ……」

「なるほど、難しいものだね」

 朱雀がわざとらしく頷いてみせる。小森が舌打ちする。

「ちっ……さっさと終わらせるよ!」

「おっと!」

 小森の投じた球を朱雀がキャッチする。

「悪くはなかったが、先ほどまでの志波田くんに比べれば、容易に取れるね」

「くっ……」

「次はこちらの番だ……」

 朱雀がボールを投じようとしたその時、天武が声を上げる。

「お蘭! 冷静になれ!」

「! はっ!」

「それ! なに⁉」

「……!」

 朱雀は驚く。小森めがけてボールを投げたと思ったら、小森がコート上から消えたのである。ボールは黒髪に所々白いメッシュを入れた男性が無言でキャッチする。男性が投球姿勢に入ろうとすると、小森が再びコート上に現れる。

「ボクがやる……ボールを」

「……」

 男性からボールを受け取った小森が大きく振りかぶる。朱雀がキャッチの姿勢をとる。

「そんな離れた距離からなら、大した威力は出ないだろう!」

「……ならば、こうしたらどうだい?」

「⁉」

 小森が再び消えたかと思うと、コートのセンターラインギリギリに姿を現す。

「喰らえ!」

「ぐっ⁉」

「C組、7ヒット!」

「小森の速球! 井伊谷、キャッチしきれない!」

「くっ……」

「C組とB組のいかんとも埋めがたい差を実感してもらえた?」

 小森が膝をつく朱雀を見下しながら呟く。朱雀が悔しそうに見上げる。

「君の能力なんだっけ? ……ああ、『垢バン』、あれは対象者の姿を捉えられなければ意味がないものなんだよね。いや~やっぱり微妙だな~」

「ぐっ……」

「まあ、仮に垢バンを喰らったとしても、君に勝ち目はなかったけどね」

「え?」

「ボクが各SNSで所持している複数のアカウント、いわゆる裏垢も含めて、敬愛する天武さまへの思いで溢れている……それをつつかれても、ボクにとってはなんら恥じ入ることなどないよ。むしろ、知ってもらいたいくらいさ。ボクと天武さまの愛の……むぐっ!」

「お喋りが過ぎるぞ、お蘭……」

 少し顔を赤くした天武が小森の口をつぐむ。

「ま、負けた……」

 朱雀があらためて膝をつく。

「あ、あれは、まさか……?」

「……そのまさかよ。『瞬間移動』、それが彼、小森一蘭君の持つ超能力よ……」

 日光の問いに照美が淡々と答える。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

独身男の会社員(32歳)が女子高生と家族になるに至る長い経緯

あさかん
ライト文芸
~以後不定期更新となります~ 両親が他界して引き取られた先で受けた神海恭子の絶望的な半年間。 「……おじさん」 主人公、独身男の会社員(32歳)渡辺純一は、血の繋がりこそはないものの、家族同然に接してきた恭子の惨状をみて、無意識に言葉を発する。 「俺の所に来ないか?」 会社の同僚や学校の先生、親友とか友達などをみんな巻き込んで物語が大きく動く2人のハートフル・コメディ。 2人に訪れる結末は如何に!?

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

ネットで出会った最強ゲーマーは人見知りなコミュ障で俺だけに懐いてくる美少女でした

黒足袋
青春
インターネット上で†吸血鬼†を自称する最強ゲーマー・ヴァンピィ。 日向太陽はそんなヴァンピィとネット越しに交流する日々を楽しみながら、いつかリアルで会ってみたいと思っていた。 ある日彼はヴァンピィの正体が引きこもり不登校のクラスメイトの少女・月詠夜宵だと知ることになる。 人気コンシューマーゲームである魔法人形(マドール)の実力者として君臨し、ネットの世界で称賛されていた夜宵だが、リアルでは友達もおらず初対面の相手とまともに喋れない人見知りのコミュ障だった。 そんな夜宵はネット上で仲の良かった太陽にだけは心を開き、外の世界へ一緒に出かけようという彼の誘いを受け、不器用ながら交流を始めていく。 太陽も世間知らずで危なっかしい夜宵を守りながら二人の距離は徐々に近づいていく。 青春インターネットラブコメ! ここに開幕! ※表紙イラストは佐倉ツバメ様(@sakura_tsubame)に描いていただきました。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...