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第一章

第11話(3)ただの煽り

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「ふん……」

 転がってきたボールを白虎が拾う。喜多川が尋ねる。

「あら? 今度はアンタが相手?」

「ああ」

「あーしに当てられるかしら?」

 喜多川は再び人魚の姿に変化し、コートを泳ぎ回ってみせる。白虎は感心する。

「へえ……」

「なにがへえ……よ」

「いや、スイスイと見事に泳ぐもんだなと思ってよ」

「そりゃそうでしょうとも。なんてたって人魚ですもの」

「人魚? 半魚人かと思ったぜ」

「だ、誰が半魚人よ!」

 喜多川がムッとして声を上げる。白虎が首を傾げる。

「え?」

「え?じゃないわよ!」

「だってそうだろう? 上半身が人間で下半身が魚なんだから。半魚人以外の何者でもないだろうが。違うのか?」

「そうかもしれないけど、こういう場合は人魚って呼ぶのよ、普通」

「普通じゃない状況で言われてもな……」

 白虎が両手を広げて肩をすくめる。喜多川が声を上げる。

「うるさいわね!」

「まあ、一万歩譲って人魚だとしようか……」

「そこは百歩でしょう! 譲歩しないにも程があるわよ!」

「繰り返しになるが、本当に見事な泳ぎっぷりだと思うぜ」

「ふふっ、見惚れちゃったかしら?」

「ああ、マグロみてえだなって思って」

「はっ⁉ 言うに事欠いてマグロ⁉」

「泳ぎ続けないと死んじゃうんだろう?」

「だからマグロじゃないわよ!」

「マグロじゃないのか……」

「そうよ!」

「マグロは海面を時に飛び跳ねるようだが……そんな芸当は出来ないってことか?」

「出来るわよ、それくらい!」

「本当か?」

「本当よ! さっきもやってみせたでしょう!」

「半信半疑だな~半魚人だけに……」

「また半魚人って言ったわね、アンタ⁉」

「バレたか」

「バレるわよ! いいわ、半魚人でもマグロでも出来ない、優雅な海面ジャンプをとくと見せてあげるわ! それ!」

 喜多川がコートから大きく飛び跳ねる。白虎がニヤリと笑う。

「待ってたぜ……」

「! しまっ……」

「おらあっ!」

「ぐっ!」

「B組、4ヒット!」

「ああっと、喜多川、優雅に飛び跳ねたところを扇原に狙い撃ちされた!」

「ああ……つまらない煽りに乗ってしまった……」

 喜多川がコートに膝をつく。そこに内野に入ってきた茶色いマッシュルームカットの女性がボールを拾って呟く。

「奴の微能力は分かっていたはず……」

「秀美……」

「それなのにまんまと引っかかるとは……愚かですね」

「ぐっ……」

 喜多川は悔しそうに唇を噛む。天武が近づいてきてマッシュルームカットに尋ねる。

「奴の『煽り』は分かっていてもなかなか厄介だ。大丈夫か?」

「ご心配なく、なんの問題もありません」

「頼もしいな。任せたぞ、茂庭秀美(もにわひでみ)……」

「お任せ下さい」

 茂庭と呼ばれた女性は天武に一礼した後、白虎の方に向き直る。白虎が笑う。

「これまたひょろっとした奴が出てきたな。キノコが喋っているのかと錯覚したぜ」

「……」

 茂庭が鼻をつまむ。白虎が首を捻る。

「なんだよ?」

「……ああ、お馬さんのお尻がおならをしているのかと思ったら、人でしたか……」

「! これはポニーテールだ! 人の頭を馬のケツ扱いすんじゃねえ!」

「はっ!」

「うおっ⁉」

 茂庭の投じた鋭いボールを白虎は面食らいながらキャッチする。茂庭が呟く。

「……惜しい」

「……はっ、なるほど、そういう狙いか……」

「は?」

 茂庭は首を傾げる。白虎が笑みを浮かべながら語る。

「アタシの煽りを真似して、アタシの冷静さを失わせようっていう魂胆だろう? 残念ながら、そうは問屋が卸さねえよ」

 白虎が右手の人差し指を立てて、左右に振る。茂庭はやや戸惑いを見せる。

「はあ……」

「狙いが分かればこっちのもんだ! お前さんみたいなヒョロい奴は煽るまでもねえ! さっさと終わらせるぜ!」

「!」

 白虎が茂庭めがけて、思い切りボールを投げる。

「はっ!」

「なっ⁉」

「おっと、扇原の鋭いボールを茂庭、難なくキャッチした!」

「な、なんだと……」

 実況の声が響く中、白虎は信じられないと言った表情を浮かべる。茂庭が細い声で呟く。

「貴女、なにか勘違いなされていますね……」

「なに?」

「いや、ただ単に無知なだけか……」

「な、なんなんだよ!」

「私の能力について……です!」

「‼」

 茂庭のその細い体からは想像も出来ないほどの鋭く強烈なボールが投げ込まれ、不意を突かれた白虎は反応することが出来ず、キャッチし損ねてしまう。

「C組、5ヒット!」

「く、くそ……なんていうボールを投げやがる……」

 膝をつく白虎を見下ろしながら、茂庭が告げる。

「私の持つ能力は『倍返し』……」

「ば、倍返しだと……⁉」

「貴女から受けた品のない煽りも、投げ込まれた強烈なボールも、倍にしてお返しして差し上げました……」

「くっ、そ、そんな超能力が……」

「ご存知なかったのですか……まあ、他の方と違って私はあまりひけらかしたりはしませんが……知らないということは全く愚かですね」

「ぐっ……」

「ああ、今のはお返しではなく、ただの煽りです」

 茂庭はそう言ってにっこりと微笑む。
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