87 / 145
第二章 いざ江の島へ
なんか雇ったって
しおりを挟む
「これは若下野さん、お忙しいところを大変恐縮です。どうぞお掛けになって下さい」
「いえ……」
部屋に入った葵は軽く会釈をしながら、促されて席に座る。
「すみません、本来は私の方が伺わなくてはならないところをわざわざお越し頂いて……」
「それは構いません。生徒会長のもとに生徒が伺う方が自然なことですから」
「そう言って頂けると助かります」
葵を上座に座らせ、自らは対面の席に座った右目に掛けた片眼鏡が特徴的なやや小柄な男性―――この大江戸城学園高等部の生徒会長、三年生の万城目安久(まきめやすひさ)は恐縮しながら頭を下げる。万城目は冷茶の入ったグラスを差し出しながら話し始める。
「最近の将愉会の活動は如何でしょうか?」
「お陰さまで概ね順調です」
「聞いた話によると、薙刀部の助っ人もされたとか」
「怪我人が何人か出て部員不足に陥り、このままでは大会に出ることが出来ないということでしたから……幸い私は経験者だったもので」
「かなりのご活躍だったとか」
「それ程のことではありません」
「対戦相手に征夷大将軍さまがおられるのは、周りもさぞ驚かれたことでしょう?」
「試合中は面や防具を着けますし、皆それぞれ自分やチームのことに集中しています。案外気が付かれないものですよ」
葵が微笑む。
「そういうものですか」
「ええ」
「……会室として手配させて頂いた教室は手狭ではありませんか?」
「正直に言えば……会員も十人以上ですからね。ただ、毎日会員全員が揃うというわけではありませんので。活動場所も基本外になりますから、そこまで気にはしておりません」
「そうですか、もう少し広い教室などがあれば即手配する様にいたします。と、言いたいところなのですが、なにぶん生徒会というのもそこまで万能な組織ではありませんので……」
「いえいえ、本当にお気になさらず!」
再び頭を下げる万城目に対し、葵は笑顔で手を左右に振った後、真顔になって尋ねる。
「それでお話というのは?」
「はい?」
「わざわざ呑気に世間話をするために私を呼んだわけではないですよね?」
「ふむ……流石に察しが宜しいですね」
万城目が微笑を浮かべる。
「何か御用でしょうか? 将愉会への依頼?」
「いえ、ご依頼といいますか、ご提案させて頂きたいことがありまして……」
「提案?」
「ええ……どうぞ入ってきて下さい」
万城目が生徒会長室と隣接する会議室に繋がるドアに向かって声を掛ける。葵もそちらに視線をやる。しかし、何も反応が無い。万城目が首を傾げる。
「? おかしいですね? 隣に控えてもらっていたのですが……どうぞ、お入り下さい!」
「もう入っていル……」
「うわっ⁉ びっくりした!」
葵が驚く。自身の背後の壁際に金髪碧眼のスタイルの良い女性が腕を組んで立っていたからである。万城目が苦笑する。
「せめて一声かけて下さいよ……」
「余計な口は利かない主義ダ……」
「えっと……」
葵が戸惑いながら、万城目とその女性を見比べる。万城目は咳払いをして話す。
「内々に済ませましたが、先の有備さんの襲撃、そして、これは我々にも秘密だったようですが、先日鎌倉で一騒動あったようですね?」
「! い、いや、一体なんのことやら……」
葵はわざとらしく首を傾げる。
「おとぼけになられても無駄ですよ。調べはついております。鎌倉の公方様、真坂野紅様へご助力され、御所の奪還に貢献されたとか」
「よ、よくご存知で……」
「これくらいの情報も満足に収集出来なければ、生徒会長という職は務まりません」
万城目が片眼鏡をクイッと上げる。葵が下を向いて小声で呟く。
「生徒会長ってそういうものだったかな?」
「とにかくです、若下野さん、いえ、上様」
万城目の言葉に葵が頭を上げる。
「生徒会としては大事な御身を御守りするための体制を強化する必要性があるという結論に達しました」
「はあ……」
「城内や城下はともかく、今回の江戸の地を離れて行う夏合宿。そこに不逞の輩が襲ってくる可能性は否定できません」
「不逞の輩……」
「ええ、そこで彼女です」
万城目が壁際に立つ女性を指し示す。俯いていた彼女は頭を上げる。真ん中分けにしたショートボブの髪が微かに揺れ、意志の強そうな眼差しで葵を見つめる。
「西東(さいとう)イザベラさん、腕利きのガンマンです」
「ガンマン?」
「銃器の扱いに長けていらっしゃいます。それ以外はごくごく普通の女子高生です」
「それは普通とは言いませんよ⁉」
「彼女をこの夏合宿中のボディーガードとして雇いました」
「雇った⁉」
「ええ、傭兵さんですから」
「傭兵……」
「ご心配なく。腕は確かです」
「そこは別に心配していませんよ!」
「信頼出来る筋からの紹介ですから」
「どんな筋を持っているんですか……」
葵は不安気にイザベラを見つめる。イザベラは呟く。
「受け取ったギャラの分はきっちりと働ク……」
「そ、そう、宜しくね、西東さん……」
「イザベラで良イ……どうせ西東は仮名のようなものダ……」
「なんか、仮名とか言ってますけど⁉」
「簡単に素性を明かしては傭兵というのは務まりません。プロ意識の高さが窺えますね」
「何を納得しているんですか⁉」
うんうんと頷く万城目に対し葵は声を上げる。気を取り直し、葵はイザベラに尋ねる。
「学年とクラスは? それとご出身はどちら?」
「その都度変わル、雇い主の意向に沿ってナ。学籍や戸籍の改竄など造作も無イ……」
「不逞の輩だ、この人!」
「まあまあ、物は試しと言いますから、騙されたと思って……」
「騙されたらそこで終わりなんですよ!」
「あ、私はこの後用事があるので、これで失礼させて頂きます」
「ちょ、ちょっと!」
万城目は生徒会室を出る。女子高生兼征夷大将軍と、女子高生に扮する傭兵が残される。
「な、何なのよ一体……」
葵は両手で頭を抱える。
「いえ……」
部屋に入った葵は軽く会釈をしながら、促されて席に座る。
「すみません、本来は私の方が伺わなくてはならないところをわざわざお越し頂いて……」
「それは構いません。生徒会長のもとに生徒が伺う方が自然なことですから」
「そう言って頂けると助かります」
葵を上座に座らせ、自らは対面の席に座った右目に掛けた片眼鏡が特徴的なやや小柄な男性―――この大江戸城学園高等部の生徒会長、三年生の万城目安久(まきめやすひさ)は恐縮しながら頭を下げる。万城目は冷茶の入ったグラスを差し出しながら話し始める。
「最近の将愉会の活動は如何でしょうか?」
「お陰さまで概ね順調です」
「聞いた話によると、薙刀部の助っ人もされたとか」
「怪我人が何人か出て部員不足に陥り、このままでは大会に出ることが出来ないということでしたから……幸い私は経験者だったもので」
「かなりのご活躍だったとか」
「それ程のことではありません」
「対戦相手に征夷大将軍さまがおられるのは、周りもさぞ驚かれたことでしょう?」
「試合中は面や防具を着けますし、皆それぞれ自分やチームのことに集中しています。案外気が付かれないものですよ」
葵が微笑む。
「そういうものですか」
「ええ」
「……会室として手配させて頂いた教室は手狭ではありませんか?」
「正直に言えば……会員も十人以上ですからね。ただ、毎日会員全員が揃うというわけではありませんので。活動場所も基本外になりますから、そこまで気にはしておりません」
「そうですか、もう少し広い教室などがあれば即手配する様にいたします。と、言いたいところなのですが、なにぶん生徒会というのもそこまで万能な組織ではありませんので……」
「いえいえ、本当にお気になさらず!」
再び頭を下げる万城目に対し、葵は笑顔で手を左右に振った後、真顔になって尋ねる。
「それでお話というのは?」
「はい?」
「わざわざ呑気に世間話をするために私を呼んだわけではないですよね?」
「ふむ……流石に察しが宜しいですね」
万城目が微笑を浮かべる。
「何か御用でしょうか? 将愉会への依頼?」
「いえ、ご依頼といいますか、ご提案させて頂きたいことがありまして……」
「提案?」
「ええ……どうぞ入ってきて下さい」
万城目が生徒会長室と隣接する会議室に繋がるドアに向かって声を掛ける。葵もそちらに視線をやる。しかし、何も反応が無い。万城目が首を傾げる。
「? おかしいですね? 隣に控えてもらっていたのですが……どうぞ、お入り下さい!」
「もう入っていル……」
「うわっ⁉ びっくりした!」
葵が驚く。自身の背後の壁際に金髪碧眼のスタイルの良い女性が腕を組んで立っていたからである。万城目が苦笑する。
「せめて一声かけて下さいよ……」
「余計な口は利かない主義ダ……」
「えっと……」
葵が戸惑いながら、万城目とその女性を見比べる。万城目は咳払いをして話す。
「内々に済ませましたが、先の有備さんの襲撃、そして、これは我々にも秘密だったようですが、先日鎌倉で一騒動あったようですね?」
「! い、いや、一体なんのことやら……」
葵はわざとらしく首を傾げる。
「おとぼけになられても無駄ですよ。調べはついております。鎌倉の公方様、真坂野紅様へご助力され、御所の奪還に貢献されたとか」
「よ、よくご存知で……」
「これくらいの情報も満足に収集出来なければ、生徒会長という職は務まりません」
万城目が片眼鏡をクイッと上げる。葵が下を向いて小声で呟く。
「生徒会長ってそういうものだったかな?」
「とにかくです、若下野さん、いえ、上様」
万城目の言葉に葵が頭を上げる。
「生徒会としては大事な御身を御守りするための体制を強化する必要性があるという結論に達しました」
「はあ……」
「城内や城下はともかく、今回の江戸の地を離れて行う夏合宿。そこに不逞の輩が襲ってくる可能性は否定できません」
「不逞の輩……」
「ええ、そこで彼女です」
万城目が壁際に立つ女性を指し示す。俯いていた彼女は頭を上げる。真ん中分けにしたショートボブの髪が微かに揺れ、意志の強そうな眼差しで葵を見つめる。
「西東(さいとう)イザベラさん、腕利きのガンマンです」
「ガンマン?」
「銃器の扱いに長けていらっしゃいます。それ以外はごくごく普通の女子高生です」
「それは普通とは言いませんよ⁉」
「彼女をこの夏合宿中のボディーガードとして雇いました」
「雇った⁉」
「ええ、傭兵さんですから」
「傭兵……」
「ご心配なく。腕は確かです」
「そこは別に心配していませんよ!」
「信頼出来る筋からの紹介ですから」
「どんな筋を持っているんですか……」
葵は不安気にイザベラを見つめる。イザベラは呟く。
「受け取ったギャラの分はきっちりと働ク……」
「そ、そう、宜しくね、西東さん……」
「イザベラで良イ……どうせ西東は仮名のようなものダ……」
「なんか、仮名とか言ってますけど⁉」
「簡単に素性を明かしては傭兵というのは務まりません。プロ意識の高さが窺えますね」
「何を納得しているんですか⁉」
うんうんと頷く万城目に対し葵は声を上げる。気を取り直し、葵はイザベラに尋ねる。
「学年とクラスは? それとご出身はどちら?」
「その都度変わル、雇い主の意向に沿ってナ。学籍や戸籍の改竄など造作も無イ……」
「不逞の輩だ、この人!」
「まあまあ、物は試しと言いますから、騙されたと思って……」
「騙されたらそこで終わりなんですよ!」
「あ、私はこの後用事があるので、これで失礼させて頂きます」
「ちょ、ちょっと!」
万城目は生徒会室を出る。女子高生兼征夷大将軍と、女子高生に扮する傭兵が残される。
「な、何なのよ一体……」
葵は両手で頭を抱える。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する
美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」
御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。
ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。
✳︎不定期更新です。
21/12/17 1巻発売!
22/05/25 2巻発売!
コミカライズ決定!
20/11/19 HOTランキング1位
ありがとうございます!
死神の猫
十三番目
キャラ文芸
これは、死神に愛された人間が世界の掌握に至るまでの物語。
死神・天使・悪魔の集う現世。
最愛の家族だった猫を亡くし、どこか無機質な日々を送っていた睦月の前に、突如その男は現れた。
自らを死神だと名乗る男は、睦月に新人の死神とパートナーを組むよう持ちかけてくる。
相手の死神は、人形と見まごうほどの美少年。
──そして何故か、睦月にとんでもなく重い感情を持っていた。
深まっていく絆と謎。
出会う人外の多くが、睦月に好意的な感情を抱く理由とは。
死神たちを味方につけながら、睦月は徐々に自身が選ばれた真実と世界の掌握へ至っていく。
ざまぁでちゅね〜ムカつく婚約者をぶっ倒す私は、そんなに悪役令嬢でしょうか?〜
ぬこまる
恋愛
王立魔法学園の全校集会で、パシュレミオン公爵家長子ナルシェから婚約破棄されたメルル。さらに悪役令嬢だといじられ懺悔させられることに‼︎ そして教会の捨て子窓口にいた赤ちゃんを抱っこしたら、なんと神のお告げが……。
『あなたに前世の記憶と加護を与えました。神の赤ちゃんを育ててください』
こうして無双魔力と乙女ゲームオタクだった前世の記憶を手に入れたメルルは、国を乱す悪者たちをこらしめていく! するとバカ公爵ナルシェが復縁を求めてくるから、さあ大変!? そして彼女は、とんでもないことを口にした──ざまぁでちゅね 悪役令嬢が最強おかあさんに!? バブみを感じる最高に尊い恋愛ファンタジー!
登場人物
メルル・アクティオス(17)
光の神ポースの加護をもつ“ざまぁ“大好きな男爵令嬢。
神の赤ちゃんを抱っこしたら、無双の魔力と乙女ゲームオタクだった前世の記憶を手に入れる。
イヴ(推定生後八か月)
創造神ルギアの赤ちゃん。ある理由で、メルルが育てることに。
アルト(18)
魔道具開発をするメルルの先輩。ぐるぐるメガネの平民男子だが本当は!?
クリス・アクティオス(18)
メルルの兄。土の神オロスの加護をもち、学園で一番強い。
ティオ・エポナール(18)
風の神アモネスの加護をもつエポナ公爵家の長子。全校生徒から大人気の生徒会長。
ジアス(15)
獣人族の少年で、猫耳のモフモフ。奴隷商人に捕まっていたが、メルルに助けられる。
ナルシェ・パシュレミオン(17)
パシュレミオン公爵家の長子。メルルを婚約破棄していじめる同級生。剣術が得意。
モニカ(16)
メルルの婚約者ナルシェをたぶらかし、婚約破棄させた新入生。水の神の加護をもち、絵を描く芸術家。
イリース(17)
メルルの親友。ふつうに可愛いお嬢様。
パイザック(25)
極悪非道の奴隷商人。闇の神スキアの加護をもち、魔族との繋がりがありそう──?
アクティオス男爵家の人々
ポロン(36)
メルルの父。魔道具開発の経営者で、鉱山を所有している影の実力者。
テミス(32)
メルルの母。優しくて可愛い。驚くと失神してしまう。
アルソス(56)
先代から伯爵家に仕えているベテラン執事。
【完結】貴方の子供を産ませてください♡〜妖の王の継承者は正妻志望で学園1の銀髪美少女と共に最強スキル「異能狩り」で成り上がり復讐する〜
ひらたけなめこ
キャラ文芸
【完結しました】【キャラ文芸大賞応援ありがとうございましたm(_ _)m】
妖の王の血を引く坂田琥太郎は、高校入学時に一人の美少女と出会う。彼女もまた、人ならざる者だった。一家惨殺された過去を持つ琥太郎は、妖刀童子切安綱を手に、怨敵の土御門翠流とその式神、七鬼衆に復讐を誓う。数奇な運命を辿る琥太郎のもとに集ったのは、学園で出会う陰陽師や妖達だった。
現代あやかし陰陽譚、開幕!
キャラ文芸大賞参加します!皆様、何卒応援宜しくお願いいたしますm(_ _)m投票、お気に入りが励みになります。
著者Twitter
https://twitter.com/@hiratakenameko7
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
明智さんちの旦那さんたちR
明智 颯茄
恋愛
あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。
奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。
ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。
*BL描写あり
毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる