上 下
52 / 109
『ケース2:フラグをガンガンへし折りまくって、ハッピーエンドを目指す悪役令嬢志望のティエラの場合』

第1話(3)ジャージ姿の御令嬢

しおりを挟む
「うっ……」

 わたくしが目を覚ますと、そこはそれなりに広い部屋にあるベッドの上でした。

「おおっ、良かった、お目覚めですか! お嬢様!」

 ベッドの脇に目をやると、そこには初老の白髪頭の男性が立っていました。

「あ、貴方は……?」

 わたくしの問いにその初老の男性は分かりやすくうろたえました。

「な、なんと! このじいやの事をお忘れになってしまったのですか⁉」

「えっと……」

「執事長、お嬢様は目覚めたばかりなのですから、もう少しお静かに……」

 反対方向に目をやると、メイド服を着た女性が立っていました。

「そ、そうは言ってもだな! 長年お仕えした私のことを忘れてしまうなど……やはりもう一度専門医に診てもらうべきか……」

「あ~その、恐らく、一時的な記憶の混乱だと思いますわ。しばらくすれば思い出すはずです、きっと」

 わたくしは頭を軽く抑えながら、そのように取り繕う。勿論、これは口から出た出まかせです。転生者のわたくしはこの初老の男性も冷静なメイドの女性のことも存じ上げないのですから。ただ、お医者さまに診てもらったところで、なにも意味はないだろうと判断し、そのようなことを口にしました。

「さ、左様でございますか?」

「ええ」

「……しかし、お嬢様、このじいや一生のお願いです、もうあのような危険で野蛮な格闘大会に出るなどお止めになってください」

 格闘大会? ああ、あのコロシアムでの行われていたもののことでしょうか。どうやら、この執事長の反対を振り切って、この世界のわたくしはあの場に出ていったようです。かなり、いや、相当なお転婆です。

「……」

 わたくしは沈黙を選びました。これまで幾度となく令嬢としての転生経験はあるのですが、そのほとんどが幼少時代からのスタートでした。そこでそれぞれの世界の貴族令嬢としての正しい所作や教養を身に付け、華々しい社交界へデビュー……というのが常でした。まさか、大の字になって鼻血を垂らしてのスタートなど経験したことがありません。情報を引き出す為にも、ここはしばらく黙っておくことにしました。

「……ですが執事長、お嬢様が格闘大会に出場することで、このガーニ家は完全なる没落を避けることが出来ました」

「メアリよ、その引き換えとしてまるで見世物のような扱いを受けているのだぞ。お前は心が痛まないというのか?」

 執事長がメイドさんを嗜めます。このメイドさんはメアリと言うようです。

「……とはいえ、お嬢様が連戦連勝を重ねることによって、多額のファイトマネーを得られました。昨日の勝利で百連勝目、特別ボーナスも出て、当面は生活の心配もしなくてもよくなりました。現在、当家の家計は、お嬢様の双肩にかかっているのです」

「そ、そうは言ってもだな……」

「ならば、執事長が代わりに出場なされますか?」

「い、いや、無茶を言うな!」

「冗談です。私たちに出来ることはただお嬢様をお支えすることです……」

「ぬう……」

 重苦しい雰囲気が部屋を包んだため、わたくしは大きな声でこう言いました。

「一眠りして大分調子が戻ってきましたわ。ちょっと屋敷内を散歩でも致しましょうか」

「かしこまりました」

 メアリがわたくしに向かって恭しく礼をする。

「……執事長」

「な、なんだ?」

「お嬢様の御召し替えです。外に出て頂きますか?」

「あ、ああ、これは失礼」

 執事長が慌てて部屋を出ていきました。わたくしはベッドからゆっくりと立ち上がり、部屋の隅にあるそれなりに大きいクローゼットに向かいました。先回りしたメアリがクローゼットを開きます。

「こ、これは……」

 わたくしは驚きました。クローゼットの中には華美なドレスがぎっしり……というわけではなく、数着の見慣れない服が下がっているだけでした。戸惑っているわたくしの様子を見て、メアリが口を開きます。

「ご主人様……お父上さまが失脚なされ、当家は財政的にも困窮したため、お嬢様の御判断でドレス類は数着を残し、ほとんど売り払いました」

「わたくしの判断で……」

「ええ、そうです」

「こ、この変わった服は?」

「他国で流行っている『ジャージ』というものです。近くの市場で安価で販売しておりましたので、何点か購入なされました。私は着たことがありませんが、動きやすいということで、最近はもっぱらそちらをお召しになられています」

「ああ、そう、そういえばそうでしたわね」

 わたくしは尚も戸惑いながら、そのジャージの中から一着を選び、着替えました。わたくしは部屋を出ると、執事長が寄ってきました。

「ほ、本当に大丈夫なのですか?」

「ええ、それよりじいや、聞きたいことがあるのですが」

「な、なんでございましょうか?」

「この世界には魔法というものが存在しますか?」

 じいやはややきょとんとした後、わたくしの問いに答えます。

「ええ、それは……そ、そういえば昨日の試合で……」

「そうです、ちょっと調べたいことがあるのですが……」

「か、かしこまりました、では、こちらへ……」

 じいやの案内でわたくしは書斎に着きました。広い部屋に大きな本棚がいくつも並んでいますが、その中身はほとんど空です。

「蔵書の類はほとんど売り払ってしまいました……」

「そう、魔法に関する書物はありますか?」

「……こちらかと思います」

 じいやが一冊の厚い本を棚から取り出してわたくしに手渡します。

「これは……なんと書いてあるのですか?」

 まず題名が読めません。じいやも首を捻ります。

「古代文字で記してあるので、私にもさっぱり……」

「古代文字? 何故そんなものがここに?」

「亡き奥方様、お母上様が読んでおられました」

「母上が?」

「ええ、お母上様は魔法の心得がございましたので……」

「ふむ……」

 わたくしは本をパラパラとめくってみます。当然の如く読めませんが、中から一枚の紙がパサッと床に落ちます。じいやがそれを拾います。

「これは……お嬢様の字ですね」

「わたくしの?」

 紙を受け取って、見てみます。その紙に書いてある字の半分は読んで理解することが出来ました。メアリが呟きます。

「近頃はそちらの本とにらめっこされていることが多かったです」

「ほう……?」

 わたくしはなんとなくですが理解しました。この紙は恐らく、古代文字を翻訳するために作成した文字の対照表なのでしょう。わたくしはどうやらこの古代文字で記された書物の解読を試みていたようです。わたくしはあるページに折り目がついてあることに気付いて、そのページを開きます。

「こ、これは……」

 わたくしは驚きました。昨日の試合でわたくしが放ったあの謎の衝撃波を図解入りで示してあったのです。わたくしはそのページに紙を挟み、本を閉じて、近くにあった机の上に置きました。

「じいや」

「は、はい……」

「お庭に出たいのですが……」

「こ、こちらです……」

 じいやの案内で外に出ます。思ったよりも広い庭が広がっていました。

「没落寸前のわりには、広い土地ですわね」

「……これでも元の六分の一ほどです。屋敷とその周辺は売り払わなくて済みましたが」

「そうなのですか……」

「仕えていたものにも大勢暇を出しました。十分の一しか残っておりません」

 じいやは悲し気に呟きます。

「そう……大体理解してきましたわ」

「え?」

「いえ、こちらの話です」

「お嬢様、本当に大丈夫でございますか? やはりもう少しお休みになった方が……」

「大丈夫です。少し一人にさせて下さる?」

「そ、それは……」

「心配はいりません。すぐに戻りますから」

「そ、そうですか……」

 じいやとメアリが屋敷の中に戻りました。わたくしは顎に手を当てて考えます。

(どうやらこの世界のわたくしには亡き母親譲りの魔法の素養があるようですわね……正直言って、訳も分からない状態ですが、その魔法を本格的に習得しておいて損はないでしょう)

 そのようなことを考えながら、わたくしは昨日の試合と先程見た本の図解を思い出して、その動きを再現してみることにしました。幸いにして動きやすい服装です。わたくしは簡単な準備運動をした後、早速やってみることにしました。

(えっと、確か……下……右斜め下……右……そしてパンチ!)

「はっ!」

 右手を突き出してみましたが、何も出ません。代わりに顔から火が出ました。いい歳をした娘が珍妙な服装で屋敷の庭先で何をしているのでしょうか。それでも、もう一度やってみることにしました。しかし、結果は同じでした。わたくしは首を傾げます。

「う~ん、何が足りないのかしら?」

「ふむ……腰の入りが甘いの」

「きゃっ⁉」

「ぐえっ⁉」

 不意にお尻の辺りを触られたわたくしは驚いて、振り返り様に強烈なひじ打ちをかましました。その一撃を喰らった禿頭の御老人が仰向けに倒れ込みます。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

※異世界経済王※ ~二重人格、彼と彼女の物語~

Egimon
ファンタジー
 とある小さな領主の息子、エコノレ。彼には好意を抱く豪族の女性がいた。  彼女が婚約を受ける条件として提示したのは、五億クーラ。地位のある貴族や豪族ならば出せる額。しかし彼にはそれができずにいた。  そして同時期の地球にて、経済学を学ぶ女子高生。現代ではそうそう活用できるものでもなく、成績の良かった彼女は自分の学問が社会に埋もれてしまうのを惜しんでいた。  そんな二人の思惑は、意外なところで交差する。  二重人格として生きることを迫られた二人の織りなす、異世界経済無双ファンタジー。 ~通貨~ 25クーラ=1銅貨 100銅貨=1大銅貨 100大銅貨=1銀貨 100銀貨=1大銀貨 100大銀貨=1金貨 100金貨=1大金貨 100大金貨=1白金貨 100白金貨=1大白金貨

【書籍化進行中】魔法のトランクと異世界暮らし

猫野美羽
ファンタジー
※書籍化進行中です。  曾祖母の遺産を相続した海堂凛々(かいどうりり)は原因不明の虚弱体質に苦しめられていることもあり、しばらくは遺産として譲り受けた別荘で療養することに。  おとぎ話に出てくる魔女の家のような可愛らしい洋館で、凛々は曾祖母からの秘密の遺産を受け取った。  それは異世界への扉の鍵と魔法のトランク。  異世界の住人だった曾祖母の血を濃く引いた彼女だけが、魔法の道具の相続人だった。  異世界、たまに日本暮らしの楽しい二拠点生活が始まる── ◆◆◆  ほのぼのスローライフなお話です。  のんびりと生活拠点を整えたり、美味しいご飯を食べたり、お金を稼いでみたり、異世界旅を楽しむ物語。 ※カクヨムでも掲載予定です。

距離を置きましょう? やったー喜んで! 物理的にですけど、良いですよね?

hazuki.mikado
恋愛
♡イイね15万突破、ありがとう御座います(⁠ノ⁠◕⁠ヮ⁠◕⁠)⁠ノ⁠*⁠.⁠✧ 婚約者が私と距離を置きたいらしい。 待ってましたッ! 喜んで! なんなら物理的な距離でも良いですよ? 乗り気じゃない婚約をヒロインに押し付けて逃げる気満々の公爵令嬢は悪役令嬢でしかも転生者。  あれ? どうしてこうなった?  頑張って自身で断罪劇から逃げるつもりが自分の周りが強すぎてあっさり婚約は解消に?!  やった! 自由だと満喫するつもりが、隣りの家のお兄さんにあっさりつまずいて? でろでろに溺愛されちゃう中身アラサー女子のお話し。 更新は原則朝8時で頑張りますが、不定期になりがちです。ご了承ください(*- -)(*_ _)ペコリ 注! サブタイトルに※マークはセンシティブな内容が含まれますご注意ください。 ⚠取扱説明事項〜⚠ 異世界を舞台にしたファンタジー要素の強い恋愛絡みのお話ですので、史実を元にした身分制度や身分による常識等をこの作品に期待されてもご期待には全く沿えませんので予めご了承ください。成分不足の場合は他の作者様の作品での補給を強くオススメします。 作者は誤字脱字変換ミスと投稿ミスを繰り返すという老眼鏡とハズキルーペが手放せない(老)人です(~ ̄³ ̄)~マジでミスをやらかしますが生暖かく見守って頂けると有り難いです(_ _)お気に入り登録や動く栞、以前は無かった♡機能。そして有り難いことに動画の視聴。ついでに誤字脱字報告という皆様の愛(老人介護)がモチベアップの燃料です(人*´∀`)。 *゜+ 途中モチベダウンを起こし、低迷しましたので感想は完結目途が付き次第返信させていただきます。ご了承ください。 皆様の愛を真摯に受け止めております(_ _)←多分。 9/18 HOT女性1位獲得シマシタ。応援ありがとうございますッヽ⁠(⁠*゚⁠ー゚⁠*⁠)⁠ノ 文字数が10万文字突破してしまいました(汗) 短編→長編に変更します(_ _)短編詐欺です申し訳ありませんッ(´;ω;`)ウッ…

三男のVRMMO記

七草
ファンタジー
自由な世界が謳い文句のVRMMOがあった。 その名も、【Seek Freedom Online】 これは、武道家の三男でありながら武道および戦闘のセンスが欠けらも無い主人公が、テイムモンスターやプレイヤー、果てにはNPCにまで守られながら、なんとなく自由にゲームを楽しむ物語である。 ※主人公は俺TUEEEEではありませんが、生産面で見ると比較的チートです。 ※腐向けにはしませんが、主人公は基本愛されです。なお、作者がなんでもいける人間なので、それっぽい表現は混ざるかもしれません。 ※基本はほのぼの系でのんびり系ですが、時々シリアス混じります。 ※VRMMOの知識はほかの作品様やネットよりの物です。いつかやってみたい。 ※お察しの通りご都合主義で進みます。 ※世界チャット→SFO掲示板に名前を変えました。 この前コメントを下された方、返信内容と違うことしてすみません<(_ _)> 変えた理由は「スレ」のほかの言い方が見つからなかったからです。 内容に変更はないので、そのまま読んで頂いて大丈夫です。

野草から始まる異世界スローライフ

深月カナメ
ファンタジー
花、植物に癒されたキャンプ場からの帰り、事故にあい異世界に転生。気付けば子供の姿で、名前はエルバという。 私ーーエルバはスクスク育ち。 ある日、ふれた薬草の名前、効能が頭の中に聞こえた。 (このスキル使える)   エルバはみたこともない植物をもとめ、魔法のある世界で優しい両親も恵まれ、私の第二の人生はいま異世界ではじまった。 エブリスタ様にて掲載中です。 表紙は表紙メーカー様をお借りいたしました。 プロローグ〜78話までを第一章として、誤字脱字を直したものに変えました。 物語は変わっておりません。 一応、誤字脱字、文章などを直したはずですが、まだまだあると思います。見直しながら第二章を進めたいと思っております。 よろしくお願いします。

華ノ道標-華罪捜査官-

山茶花
ファンタジー
この世界では人間の体の一部に【華墨】<かぼく>という花の形の印が生まれつき入っている。 一人につき華墨は2種まで入ることがあり、華墨の位置は人により異なる。 その花が示すものとは、その人間の属性、性格、特徴であるが、それが全てでは無い。 一般的には、血縁関係による遺伝・環境・大きな病気や怪我 によって花の種類が決まり、歳をとる過程で種類が変化することもある。 ただし変化しても体に元々あった最初の華墨が消える訳ではなく、そのまま薄く残り新しい華墨が同じ場所に表れる。 日本では華墨として体に表れる花は約100種類あり、その組み合わせも多種多様である。 例として、親の華墨が梅と桜であれば子も生まれつきは同じ色の梅か桜、又は両方になる。 このような生まれつきの華墨を【源華】<げんか>と呼ぶ。 故に、同じ源華が入っている者のルーツを辿ればどこかで交わっている可能性がある。 特殊遺伝では親子で花の色が異なったり、全く関連のしない花が入ることもある。 特殊遺伝の原因については明らかになっていない。 19XX年3月3日の日本。 生まれた梅乃の首には梅の華墨があった。 その4歳の誕生日に両親が姿を消した。 同じ年、世界中で特定の華墨が入った人間が消える事件が相次いだ。 そのような事件を【華罪】<かざい>という。 それから10年、14歳になる梅乃は両親の捜すため、新たな華罪を防ぐため、華罪専門の警察官である【華罪捜査官】になり、悪と闘う。

外れスキルと馬鹿にされた【経験値固定】は実はチートスキルだった件

霜月雹花
ファンタジー
 15歳を迎えた者は神よりスキルを授かる。  どんなスキルを得られたのか神殿で確認した少年、アルフレッドは【経験値固定】という訳の分からないスキルだけを授かり、無能として扱われた。  そして一年後、一つ下の妹が才能がある者だと分かるとアルフレッドは家から追放処分となった。  しかし、一年という歳月があったおかげで覚悟が決まっていたアルフレッドは動揺する事なく、今後の生活基盤として冒険者になろうと考えていた。 「スキルが一つですか? それも攻撃系でも魔法系のスキルでもないスキル……すみませんが、それでは冒険者として務まらないと思うので登録は出来ません」  だがそこで待っていたのは、無能なアルフレッドは冒険者にすらなれないという現実だった。  受付との会話を聞いていた冒険者達から逃げるようにギルドを出ていき、これからどうしようと悩んでいると目の前で苦しんでいる老人が目に入った。  アルフレッドとその老人、この出会いにより無能な少年として終わるはずだったアルフレッドの人生は大きく変わる事となった。 2024/10/05 HOT男性向けランキング一位。

こと切れるまでの物語

寺谷まさとみ
ファンタジー
――自分が死ぬ夢を見るのは、これで何度目だろう。 自分が死ぬ夢を何度も見る隻眼の少年ウォーブラは、竜族のリヴィ、元魔狩のイオと共に旅をしている。水国までの道で出会ったのは、フードを目深に被った採集家の青年アサヒ。 甘やかな美形のアサヒは、実は女で――!? *** 白に怯える世界で紡がれる、ある少年の物語。

処理中です...