上 下
40 / 109
『ケース1:Dランク異世界でのまったりとしたスローライフを希望するCランク勇者ショー=ロークの場合』

第10話(4)とりあえず温泉に入れ

しおりを挟む
「さて……まずは魔法に長けたエルフ相手だな、名前は……スティラと言ったか」

 海岸沿いでスティラとスビナエが向かい合う。

「あ、あの……わたくしは回復魔法専門で、攻撃魔法はまだまだ不得手なのです……」

「それもメラヌから聞いている……」

 スビナエがスティラと少し距離を取る。

「あ、あの……?」

「不得手でもある程度は習得しているのだろう? 遠慮はいらん、攻撃してくるといい」

「! よ、よろしいのですか?」

「ああ、いつでも構わん。本気で来い」

「『裁きの雷』!」

「!」

 雷が落ちたが、スビナエは難なく躱す。驚いたスティラだが、すぐに次の魔法を放つ。

「『地獄の業火』!」

「‼」

「! くっ、また躱された! どこに―――⁉」

 スティラの胸の手前にナイフが突き立てられる。ナイフを構えているのはスビナエだ。

「どんなに回復魔法に長けていても、心の臓を一突きされれば厳しいだろう……」

「ま、参りました……」

 スビナエはナイフをしまいながら告げる。

「攻撃の時に若干だが『力み』を感じるな」

「『力み』……ですか?」

「そうだ、それによりいつ攻撃がくるか、本能的に勘の鋭い奴には察知されてしまう」

「ど、どうすれば良いのでしょう?」

「回復魔法を使う時と同じようにリラックスした状態で攻撃魔法を使えば良い」

「リラックスですか?」

「そうだ、魔法センスは言うことない……まあ、後は堅苦しく考えず、『温泉に入れ』」

                  ♢

「次はお前か、オオカミ娘のアパネ……」

「よろしく! ……ん? なにやってんの?」

 スビナエが小石を拾い集めている。

「三個……これくらいあれば十分か」

「……まさかと思うけど、その小石でボクと戦うつもり?」

「そのまさかだ、いつでも良いぞ、かかって来い」

「⁉ 舐めるな!」

 アパネが猛然と飛びかかる。

「ふん……」

「ぐっ⁉ がっ⁉ ごはっ⁉」

 スビナエが右手の指で左の掌に並べた小石を順に弾き飛ばす。銃弾のように鋭く飛んだそれらがアパネに尽く命中する。アパネは崩れ落ちる。

「まさか全弾命中とはな……近距離戦を意識するのは間違っていない。しかし、距離を詰められなければ意味がない」

「ぐっ……ど、どうすれば……?」

 うつ伏せから仰向けになったアパネはスビナエに問う。

「ただ速く動くだけではなく緩急を意識してみろ、更に直線的な動きだけでなく曲線的な動きもイメージしろ。後は高く飛ぶことだけでは芸がない。これは別に馬鹿にしているわけではないが、獣らしく地を這うように低く飛んでみるのも良いのではないか」

「う~ん、一気に色々言われても分からないよ~!」

 アパネは頭をくしゃくしゃとかきむしる。

「そうだな、貴様は感覚派だろうからな……まあ、後は難しく考えず、『温泉に入れ』」

                  ♢

「さて、お次は召喚士か、ルドンナと言ったか」

 広い平原でスビナエとルドンナが距離を取って対峙する。

「あの~降参したいんだけど?」

 ルドンナが手を挙げる。スビナエがガクッとなる。

「な、なんだ、どうした?」

「アタシの召喚魔法は詠唱に時間がかかるの。こういうサシの勝負には向いていないわ」

「ああ、そんなことか。三分待ってやる」

「はい?」

「三分で呼び出せる中で一番強い召喚獣を出してみろ」

 そう言って、スビナエが近くの大岩に腰を下ろす。

「―――! どうなっても知らないわよ!」

「……」

「行け、バハちゃん! 炎を吐け!」

「ガハ―――⁉」

 バハムートの口に大岩が挟まり、火炎放射が出来なくなる。ルドンナが驚く。

「小柄な体で大岩を軽々と投げた⁉」

「火事は流石に困るからな」

 スビナエがルドンナの背後に回り込む。

「⁉ しまっ―――た……」

 腹部に当て身を喰らい、ルドンナはしゃがみ込む。スビナエが淡々と告げる。

「時間を計っていたが、二分三十五秒だったぞ、なかなか速いじゃないか。欲を言えば後十五秒くらいは縮めたいところだがな」

「む、無茶を言うわね……」

「貴様は賢そうだからな、色々と対策を練っているのだろう。召喚魔法については私から言うことはなにもない……読み込んではいるようだが、もう一度読んでみたらどうだ?」

 スビナエは本をルドンナに差し出す。

「し、召喚の書⁉ いつの間に⁉」

「先人の知恵というのは馬鹿に出来んぞ……まあ、後は固く考えず、『温泉に入れ』」

                  ♢

「そして、ドワーフのモンド、だったか。貴様に教えることなど無さそうだが……」

「そう言わずにご教授をお願いするでござるよ」

「私も武器を……まあ、素手でいいだろう」

「ほう、素手で……お手並み拝見! ⁉」

 モンドが勢いよく剣で斬りかかるが、スビナエは刃を両手で挟んで防ぐ。

「力強いな……そらっ!」

「むう⁉」

 スビナエが両手を捻ると、モンドの体がくるっと反転し、逆さまになって転ぶ。

「長引くとこちらが不利だ、すぐに終わらせる」

「なんの! む、どこだ⁉」

 モンドが体勢をすぐさま立て直すが、スビナエの姿が見えない。

「上だ……」

「のわっ⁉」

 スビナエの手刀が首筋に入り、モンドは崩れ落ちる。

「気絶させるつもりだったが、タフだな……力強さと速さは言うことなし。強いて言うのならば、太刀筋が素直過ぎるな、もう少し狡猾さを覚えても良いかもしれん」

「狡猾さでござるか……それがしにはなかなか難しいでござるな~」

「戦いには狡猾さというのも必要だ……まあ、後はせせこましく考えず、『温泉に入れ』」

                  ♢

「続いては魔族のご登場か……名前はアリンだったか」

 山の中でスビナエとアリンが対面する。

「ふん……いつでもどうぞ、かかってらっしゃい」

「? ならばお言葉に甘えて―――!」

 スビナエが飛び掛かる。アリンがニヤっと笑う。

「引っかかったわね! ……って、石⁉ 重っ!」

 糸を仕掛けていたアリンだったが、引っかかったのは大きな石であった。

「魔族相手に無警戒で突っ込むバカはいない……それ!」

「おわっ⁉」

 スビナエが大石を思い切り上に蹴り飛ばす。近くの大木の枝にぐるぐると巻き付いて、アリンの体がそのまま持ち上がる。

「魔族というのは元々戦闘向きの種族だ、貴様も御多分に漏れずな。教えることは特ににない……まあ、あえて言うなら相手をみくびらないことだ、油断大敵というやつだな」

「ま、まだ終わっていないわよ!」

「本気で戦ったら、自然が壊れる……まあ、後はとげとげしく考えず、『温泉に入れ』」

                  ♢

「さて、最後はお前か、転生者の勇者、ショー=ローク……」

「よ、よろしくお願いします!」

「ば、馬鹿な……⁉」

「え?」

「構えに力みがない! 動きも一見だらしがない様に見せて隙が無い! な、何を考えているのかまるで読めない! こ、これが転生者の勇者か……」

「あ、あの……」

「参った! 私の負けだ!」

「え、ええっ⁉」

「その境地に達するまで、様々な窮地を突破してきたのであろう! 是非その武勇伝を聞かせてくれ! そうだ! 『温泉に入ろう!』 酒を酌み交わそう! こっちだ!」

「ちょ、ちょっと! 行ってしまった……これはあれか、互いの実力差があり過ぎて一周回って勝手に勘違いしてしまったのかな……。まあ、温泉に入るか……」

                  ♢

「しゃあ飲め、勇者よ! 酒はみゃだみゃだ一杯あるぞ!」

「あ、ああ、ひかしひょんとに美味しいお酒ですね、どんどん飲んでしまいましゅ!」

「大分盛り上がっているようね」

「おお、メラヌか! きしゃまも飲め!」

「じゃあ、一杯だけ……実はね、例のあいつが魔王軍に協力しているらしいのよ」

「にゃんだと⁉ しょれは捨て置けんな! 私が成敗してくれるわ!」

「良かった、来てくれるのね。言質は取ったから……勇者さん、お先に失礼するわね」

「あ、そうでひゅか、おやしゅみなひゃい!」

                  ♢

「それじゃあ……予定より一日早いけど、トウリツに戻るとしましょうか。それとスビナエちゃんも一緒に来てくれることになったわ、心強いわね」

「ど、どうしてこうなったのだ、勇者!」

「わ、私に言われても!」

「そして、なんで貴様を見ると気恥ずかしいのだ! なんかあったパターンか⁉」

「だから私に言われても!」

「はいはい、それじゃあ、転移するわよ~いざ決戦へ♪」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私は魔法最強の《精霊巫女》でした。〜壮絶な虐めを受けてギルドをクビにされたので復讐します。今更「許してくれ」と言ってももう遅い〜

水垣するめ
ファンタジー
アイリ・ホストンは男爵令嬢だった。 しかし両親が死んで、ギルドで働くことになったアイリはギルド長のフィリップから毎日虐めを受けるようになった。 日に日に虐めは加速し、ギルドの職員までもアイリを虐め始めた。 それでも生活費を稼がなければなかったため屈辱に耐えながら働いてきたが、ある日フィリップから理不尽な難癖をつけられ突然ギルドをクビにされてしまう。 途方に暮れたアイリは冒険者となって生計を立てようとするが、Aランクの魔物に襲われた時に自分が《精霊巫女》と呼ばれる存在である事を精霊から教えられる。 しかも実はその精霊は最強の《四大精霊》の一角で、アイリは一夜にしてSランク冒険者となった。 そして自分をクビにしたギルドへ復讐することを計画する。 「許してくれ!」って、全部あなた達が私にしたことですよね? いまさら謝ってももう遅いです。 改訂版です。

【完結】婚約者様の仰られる通りの素晴らしい女性になるため、日々、精進しております!

つくも茄子
ファンタジー
伯爵令嬢のバーバラは幼くして、名門侯爵家の若君と婚約をする。 両家の顔合わせで、バーバラは婚約者に罵倒されてしまう。 どうやら婚約者はバーバラのふくよかな体形(デブ)がお気に召さなかったようだ。 父親である侯爵による「愛の鞭」にも屈しないほどに。 文句をいう婚約者は大変な美少年だ。バーバラも相手の美貌をみて頷けるものがあった。 両親は、この婚約(クソガキ)に難色を示すも、婚約は続行されることに。 帰りの馬車のなかで婚約者を罵りまくる両親。 それでも婚約を辞めることは出来ない。 なにやら複雑な理由がある模様。 幼過ぎる娘に、婚約の何たるかを話すことはないものの、バーバラは察するところがあった。 回避できないのならば、とバーバラは一大決心する。 食べることが大好きな少女は過酷なダイエットで僅か一年でスリム体形を手に入れた。 婚約者は、更なる試練ともいえることを言い放つも、未来の旦那様のため、引いては伯爵家のためにと、バーバラの奮闘が始まった。 連載開始しました。

私は聖女ではないですか。じゃあ勝手にするので放っといてください。

アーエル
ファンタジー
旧題:私は『聖女ではない』ですか。そうですか。帰ることも出来ませんか。じゃあ『勝手にする』ので放っといて下さい。 【 聖女?そんなもん知るか。報復?復讐?しますよ。当たり前でしょう?当然の権利です! 】 地震を知らせるアラームがなると同時に知らない世界の床に座り込んでいた。 同じ状況の少女と共に。 そして現れた『オレ様』な青年が、この国の第二王子!? 怯える少女と睨みつける私。 オレ様王子は少女を『聖女』として選び、私の存在を拒否して城から追い出した。 だったら『勝手にする』から放っておいて! 同時公開 ☆カクヨム さん ✻アルファポリスさんにて書籍化されました🎉 タイトルは【 私は聖女ではないですか。じゃあ勝手にするので放っといてください 】です。 そして番外編もはじめました。 相変わらず不定期です。 皆さんのおかげです。 本当にありがとうございます🙇💕 これからもよろしくお願いします。

司書ですが、何か?

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 16歳の小さな司書ヴィルマが、王侯貴族が通う王立魔導学院付属図書館で仲間と一緒に仕事を頑張るお話です。  ほのぼの日常系と思わせつつ、ちょこちょこドラマティックなことも起こります。ロマンスはふんわり。

悪役令嬢?何それ美味しいの? 溺愛公爵令嬢は我が道を行く

ひよこ1号
ファンタジー
過労で倒れて公爵令嬢に転生したものの… 乙女ゲーの悪役令嬢が活躍する原作小説に転生していた。 乙女ゲーの知識?小説の中にある位しか無い! 原作小説?1巻しか読んでない! 暮らしてみたら全然違うし、前世の知識はあてにならない。 だったら我が道を行くしかないじゃない? 両親と5人のイケメン兄達に溺愛される幼女のほのぼの~殺伐ストーリーです。 本人無自覚人誑しですが、至って平凡に真面目に生きていく…予定。 ※アルファポリス様で書籍化進行中(第16回ファンタジー小説大賞で、癒し系ほっこり賞受賞しました) ※残虐シーンは控えめの描写です ※カクヨム、小説家になろうでも公開中です

またね。次ね。今度ね。聞き飽きました。お断りです。

朝山みどり
ファンタジー
ミシガン伯爵家のリリーは、いつも後回しにされていた。転んで怪我をしても、熱を出しても誰もなにもしてくれない。わたしは家族じゃないんだとリリーは思っていた。 婚約者こそいるけど、相手も自分と同じ境遇の侯爵家の二男。だから、リリーは彼と家族を作りたいと願っていた。 だけど、彼は妹のアナベルとの結婚を望み、婚約は解消された。 リリーは失望に負けずに自身の才能を武器に道を切り開いて行った。 「なろう」「カクヨム」に投稿しています。

人質から始まった凡庸で優しい王子の英雄譚

咲良喜玖
ファンタジー
アーリア戦記から抜粋。 帝国歴515年。サナリア歴3年。 新国家サナリア王国は、超大国ガルナズン帝国の使者からの宣告により、国家存亡の危機に陥る。 アーリア大陸を二分している超大国との戦いは、全滅覚悟の死の戦争である。 だからこそ、サナリア王アハトは、帝国に従属することを決めるのだが。 当然それだけで交渉が終わるわけがなく、従属した証を示せとの命令が下された。 命令の中身。 それは、二人の王子の内のどちらかを選べとの事だった。 出来たばかりの国を守るために、サナリア王が判断した人物。 それが第一王子である【フュン・メイダルフィア】だった。 フュンは弟に比べて能力が低く、武芸や勉学が出来ない。 彼の良さをあげるとしたら、ただ人に優しいだけ。 そんな人物では、国を背負うことが出来ないだろうと、彼は帝国の人質となってしまったのだ。 しかし、この人質がきっかけとなり、長らく続いているアーリア大陸の戦乱の歴史が変わっていく。 西のイーナミア王国。東のガルナズン帝国。 アーリア大陸の歴史を支える二つの巨大国家を揺るがす英雄が誕生することになるのだ。 偉大なる人質。フュンの物語が今始まる。 他サイトにも書いています。 こちらでは、出来るだけシンプルにしていますので、章分けも簡易にして、解説をしているあとがきもありません。 小説だけを読める形にしています。

聖女なのに婚約破棄した上に辺境へ追放? ショックで前世を思い出し、魔法で電化製品を再現出来るようになって快適なので、もう戻りません。

向原 行人
ファンタジー
土の聖女と呼ばれる土魔法を極めた私、セシリアは婚約者である第二王子から婚約破棄を言い渡された上に、王宮を追放されて辺境の地へ飛ばされてしまった。 とりあえず、辺境の地でも何とか生きていくしかないと思った物の、着いた先は家どころか人すら居ない場所だった。 こんな所でどうすれば良いのと、ショックで頭が真っ白になった瞬間、突然前世の――日本の某家電量販店の販売員として働いていた記憶が蘇る。 土魔法で家や畑を作り、具現化魔法で家電製品を再現し……あれ? 王宮暮らしより遥かに快適なんですけど! 一方、王宮での私がしていた仕事を出来る者が居ないらしく、戻って来いと言われるけど、モフモフな動物さんたちと一緒に快適で幸せに暮らして居るので、お断りします。 ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

処理中です...