上 下
14 / 109
『ケース1:Dランク異世界でのまったりとしたスローライフを希望するCランク勇者ショー=ロークの場合』

第4話(2)ドワーフの里にて

しおりを挟む
 馬車が山道を進む。腕利きのドワーフたちの里ということで、馬どころか人が通るのも厳しく険しい場所を勝手に想像していたのだが、思っていたよりもずっとなだらかな所であった。間に大きな川を挟み、左右両側の斜面の勾配が異なる非対称な谷である。川からは二つの支流が流れ、それぞれ近隣の湖や海に流れている。この川沿いの平地や斜面の緩やかな部分にドワーフたちは住居を構えて暮らしており、谷底に近い川沿いの広い平地に市場や鍛冶場などを構えている。小柄な体格の者が多いドワーフの里で俺たちは大柄な部類に入るのだが、普段から他の種族がよく出入りしているのであろう、特に警戒されることもなく、一番栄えていそうな店が軒を連ねている市場に向かう。俺たちは市場の入り口付近で馬車を降りると、市場を散策し始める。

「さて……」

「流石に武具屋さんは沢山ありますね」

「護身用も兼ねてナイフでも一つ買うかな~アパネは鉤爪なんかどう?」

「爪は間に合っているよ。大体、鉤爪なんかあるの?」

「探せばあるんじゃない? じゃあさ、牙付きマスクは?」

「牙も間に合っているよ。ってか、なんでそんなマニアックなのばかり薦めるの!」

 ルドンナとアパネがああだこうだと騒いでいる横で俺は真剣な顔つきで剣を眺める。

「懐具合との相談にはなりますが、大事な剣です。気の済むまでゆっくりお探し下さい」

「ありがとうございます、スティラ、そうさせて貰います」

 俺は何店舗かまわってみたが、どうも心にピンとくるようなものが無かった。スティラが話し掛けてくる。

「如何ですか?」

「ああ、うん、なんといいますか、こう、今一つ決め手に欠けるというか……」

「川向かいにも武具屋さんは何軒かありますよ。行ってみますか? ……あら? もう店仕舞いを始めてしまっていますね……」

 見てみると、スティラの言う通り、各々の店が閉店の準備を始めている。気が付けばもう日暮れ時である。俺は三人に声を掛ける。

「宿を探すとしましょう。どうせ一泊はするつもりでしたし」

 俺たちは里で一番大きいと思われる宿屋にチェックインを済ませ、食事を取るために夜の町へと繰り出す。アパネとルドンナが楽しそうに話す。

「何を食べようかな~」

「ドワーフの里ならではの料理を食べたいところだね~」

「宿屋の方に聞きました。そこの角の酒場が安くておススメだそうです」

「お、ショー、流石、抜け目ないね~」

「……ショー様、あまり羽目を外し過ぎないで下さいね」

 スティラが釘を刺してくる。俺は苦笑交じりに答える。

「分かっています。ただ、気になることがありますので……」

「気になること?」

「それは店で話します」

 俺たちは店に入り、席について食事と酒を注文する。まずは酒で乾杯。アパネとルドンナが料理に舌鼓を打ちながら早くも盛り上がっているのを余所にスティラが尋ねてくる。

「それでショー様、気になることというのは?」

「……まず話の前提として、ただ美味しいお酒と料理を堪能したいだけでこの酒場に入ったというわけではありません」

「ほう……?」

「酒場というのは情報を集めるのに適した場所なのです。お酒が入れば、どんな種族でも胸襟を開きやすくなります。これはどんな世界でもほとんど共通している事象です」

「成程……情報を集める必要性というのが気になることに繋がるのですね?」

「そういうことです」

 俺はスティラの言葉に頷く。そしてしばらく他の客の話に耳を傾けてみる。聞こえてくるのはやれ北西の国ではコロシアムで大々的な武道大会が開催されているだとか、やれ北北東の大陸では吟遊詩人のグループが人気だとか、そういった他の地方の噂話ばかりで、俺が知りたい情報ではなかった。スティラが改めて口を開く。

「お望みの情報では無さそうですね……」

「ええ……もう少し時間が経ったら、常連客に一杯奢りがてら、話を聞いてみますか」

「それで何が気になったのですか?」

「気のせいと言われればそれまでですが……里全体に活気がないように感じられました」

「活気ですか……」

「やる気とも言いますかね。まあ、僅かな時間しか出歩いてはおりませんが」

「それはボクも同感~」

「……いまひとつバイタリティに欠ける気がするわよね」

 いつの間にか、アパネとルドンナも会話に加わってきた。既に二人とも酒臭い。スティラは構わずに話を続ける。

「店に並ぶ剣がショー様の琴線に触れなかったのもそれが関係しているのでしょうか?」

 俺はスティラの指摘に目を丸くする。成程、そういうこともあるのかもしれない。俺は酒を一口飲んで、頷きながら答える。

「ふむ……それはそうかもしれませんね。あまり大きな声では言えませんが、この地方有数の腕利きの鍛冶屋たちが作ったという割には、若干の物足りなさを感じました。こんなものではないはずでは……とね」

「お、言うね~ショー!」

「まるで歴戦の勇者様みたいね」

 アパネとルドンナが笑いながらからかってくる。二人とももう顔が真っ赤だ。こういう真面目な話をしている時に酔っ払いの相手をする必要は無い。無視するに限る。

「では、この里では剣の購入は見送りますか?」

「明日残りの店をまわってみてからですが、そういう選択肢もありでしょうね……」

「黙って聞いておれば随分と上からものを言ってくれるでござるな……」

「⁉」

 俺の真後ろの人物が立ち上がり、俺たちに振り返る。長身でスタイルが良く、その豊かな胸の膨らみに目を奪われる。なにやら不思議な衣服に身を包んでいる。他の世界で見た『キモノ』の派生のような服装である。この世界にもそれがあるのかどうかは分からないが。栗毛のポニーテールの髪型に整った美しい顔立ちをしている。ただ人間ではなくドワーフの女性のようだ。なぜそう思ったのかというと長い顎鬚が生えていたからである。ただし、オシャレに編み込んでいる。

「ド、ドワーフなのにデカい……」

「し、しかも女なのに……」

「アパネ! ルドンナさん!」

 スティラが慌てて二人を嗜める。俺は咄嗟に謝る。

「酔っ払いが失礼なことを……」

 ドワーフの女性は静かに首を振る。

「別にそれはいい、慣れている……ただ聞き捨てならぬのはそなたの物言いでござる」

「私ですか? ……生意気なことを申しました。お気に触ったのならすみません」

「いや、ある意味では鋭い見立てではあるのでござるが……」

「はあ……?」

 俺は首を傾げる。ドワーフの女性は顎鬚をさすりながら言う。

「腕の良い鍛冶屋ならば知っているでござるよ」

「そ、そうなのでござるか⁉」

「ショー、口調が移っちゃっているよ」

「紹介してやっても良いでござる」

「ほ、本当ですか⁉」

「まあ、条件次第でござるが……」

「条件?」

「明朝、川に掛かる一番大きな橋の上で待っているでござる」

 そう言って、ドワーフの女性は店を出ていった。俺たちは唖然とする。

「な、何だったんだ……?」

 気が付くと、店中の注目が集まっている。目立ちたくは無い。俺とスティラはゴネるアパネとルドンナを連れて会計を済ませようとする。店主がやや申し訳なさそうに言う。

「えっと、先程の者が隣のテーブルにツケといてとのことだったので……」

「んな⁉」

 俺たちは再び唖然とする。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ドラゴンズ・ヴァイス

シノヤン
ファンタジー
前科持ち、無職、低学歴…誰からも忌み嫌われた少年”霧島龍人”は、謎の女性に導かれ未知の世界へと招かれる。現世と黄泉の狭間にある魑魅魍魎が住まう土地…”仁豪町”。そこは妖怪、幽霊、そして未知の怪物「暗逢者」が蠢き、悪意を企てる混沌の街だった。己の生きる意味は何か、答えを見つけようと足掻く一匹の龍の伝説が始まる。 ※小説家になろう及びカクヨムでも連載中の作品です

チート幼女とSSSランク冒険者

紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】 三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が 過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。 神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。 目を開けると日本人の男女の顔があった。 転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・ 他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・ 転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。 そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語 ※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、第一王子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

転生したらチートすぎて逆に怖い

至宝里清
ファンタジー
前世は苦労性のお姉ちゃん 愛されることを望んでいた… 神様のミスで刺されて転生! 運命の番と出会って…? 貰った能力は努力次第でスーパーチート! 番と幸せになるために無双します! 溺愛する家族もだいすき! 恋愛です! 無事1章完結しました!

転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜

犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。 馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。 大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。 精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。 人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

元34才独身営業マンの転生日記 〜もらい物のチートスキルと鍛え抜いた処世術が大いに役立ちそうです〜

ちゃぶ台
ファンタジー
彼女いない歴=年齢=34年の近藤涼介は、プライベートでは超奥手だが、ビジネスの世界では無類の強さを発揮するスーパーセールスマンだった。 社内の人間からも取引先の人間からも一目置かれる彼だったが、不運な事故に巻き込まれあっけなく死亡してしまう。 せめて「男」になって死にたかった…… そんなあまりに不憫な近藤に神様らしき男が手を差し伸べ、近藤は異世界にて人生をやり直すことになった! もらい物のチートスキルと持ち前のビジネスセンスで仲間を増やし、今度こそ彼女を作って幸せな人生を送ることを目指した一人の男の挑戦の日々を綴ったお話です!

処理中です...