上 下
38 / 51
第一章

第10話(1) あなたたちがわたしにくれたもの

しおりを挟む
                   10

「き、筋肉痛が……」

 令和は体を抑える。平成が笑う。

「なんだなんだ、若いのにだらしないな」

「そうは言われましてもね……予期せぬ運動を強いられたのですからそうなりますよ」

「トレーニングが足りないんじゃないか?」

 平成は力こぶを作ってみせる。

「……平成さんはなんともないのですか?」

「鍛え方が違うんだよ!」

 令和は冷ややかな視線で見つめながら呟く。

「……年数を重ねておられますし、数日後に筋肉痛が来るパターンじゃないですか?」

「おいおい、俺が老いているとでも言いたいのか?」

「はい」

「はいって! 即答かよ!」

「それにしても……」

「うん?」

「あの……IKUZOでしたっけ?」

「IKUSAな、なんで吉幾三を模したアスレチックステージを造らないといけないんだ」

「よくもあのような大がかりなアスレチックステージを造ることが出来ましたね?」

「ああ、大変だったぜ」

「予算はどこから出たのです?」

「プライベートで宝くじが当たったから、そこからだよ」

「も、もったいない使い方じゃないですか⁉」

「皆に源平合戦を身近に感じてもらいたかったからな……」

 平成は遠い目をする。

「ああいった意味で身近に感じなくて良いと思いますが……」

「学ぶ機会を設けるのは重要なことじゃないか?」

「それはそうですが……」

「だろう? だから後悔は全くしていない」

「……」

「……嘘。ちょっと後悔している」

「やっぱり……」

「牛や鳥半端ないって、あいつら半端ないって、餌めっちゃ食べるもん、そんなん出来ひんやん普通……」

「なんで関西弁……妙なところを再現しなくても良かったのに……」

 うなだれる平成に対して令和が憐れみの視線を向ける。

「……そういや令和ちゃん?」

 平成はバッと顔を上げる。

「はい?」

「平くんから何かもらっていたな?」

「ええ……」

「なんだ? ヘイケガニか?」

「食用でないものを頂いても、飼育環境がありませんよ……」

「じゃあ何をもらったんだ?」

「美術品をいくつか……例えばこういう壺など……」

 令和はデスクの上に白磁の壺を置く。平成は自らの席を立って令和の席の方へ回り込むと、したり顔で壺の頭を爪弾く。令和はやや面食らう。

「なっ……」

「いい音色だろ?」

「はあ……」

「北宋だな」

「いえ、これは南宋です」

「は?」

「……平氏政権が積極的に『日宋貿易(にっそうぼうえき)』を行っていたころ、北宋は大陸北部から金に追われ、大陸南部へと遷り、南宋として再興したのです……」

「と、とにかくこれはいいものだ! キシリア様に届けてくれよ!」

「どなたですかその方は……」

 令和は困惑した表情になる。平成は話題を変える。

「……そういえば平清盛は貿易に本格的に取り組んでいたんだっけ?」

「ええ……瀬戸内海の海上権を掌握すると、摂津国(現在の大阪府北中部の大半と兵庫県の南東部)の福原にある『大輪田泊(おおわだのとまり)』を拡張し、宋の船を直接そこまで来港させました」

「ほお……」

「清盛は『福原京』を造営し、1180年に半ば強引に遷都を強行します」

「へえ……」

「日宋貿易を軸とした海洋国家樹立を目指していたのではないかと言われています。もっとも各地で源氏の反抗が目立った為、この計画は頓挫しますが、海上の安全を祈願する為、『厳島神社』の社殿を造営するなど、力を注いでいたようですね……って、聞いています?」

「そうなんだ、宋だけに」

「聞いてないですね……」

 令和は呆れながら視線を逸らす。

「冗談だよ! 聞いていたって! そ、そういえば、源くんからも何かもらっていたよね?」

「ああ……これですね」

 令和はデスクの上に大きな袋を置く。

「何これ?」

「……中身をご覧下さい」

「どれどれ……これは⁉」

「奥州(東北地方)平泉からもたらされた『砂金』です」

「袋一杯に金が……」

 平成は絶句する。

「当時、奥州では豊富に産出したと言います。『マルコ・ポーロ』の『東方見聞録』に登場する『黄金の国ジパング』のイメージの基となったとも言われています」

「な、なんでこれを源くんが?」

「奥州の地で四代百年の長きに渡って栄えた『奥州藤原氏』は『後三年の役』で源義家の援助を受けて、家中の体制を安定させることが出来ました。若き頃の源義経をその庇護下に置いたことも有名です」

「なるほど、そういう結びつきからね……」

 平成は納得する。

「当初は一頭の駿馬を下さるという話でしたが……」

「奥州産の駿馬……『セントライト』か⁉」

「それはサラブレッドでしょう。あの時期にはまだいませんよ……」

「そうか、受け取らなかったのか?」

「謹んで辞退をしました。頂いても正直困りますので……」

「なんだよ、リアル『ウマ娘』になれたのに……」

「あれは馬を美少女化したものでしょう。意味合いが違います」

「しかし、随分と気に入られたものだな。両者から贈り物をもらうなんて……」

「タダでもらったわけではありません」

「え?」

「紅白帽と交換させてもらいました」

「はあ⁉」

「何やらリバーシブルなところがお気に召したようで……」

「いや、用意したのは俺だろう⁉ なんで俺には何も無しなんだ⁉」

「……日頃の行いではないでしょうか?」

「そ、そんな……」

 平成がガックリと膝をつく。平成と令和の端末が鳴る。令和がそれを取る。

「はい。令和です……ええっ! 旧石器さんが会議室で暴れている⁉」

 令和は驚きに目を丸くする。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

忠義の方法

春想亭 桜木春緒
歴史・時代
冬木丈次郎は二十歳。うらなりと評判の頼りないひよっこ与力。ある日、旗本の屋敷で娘が死んだが、屋敷のほうで理由も言わないから調べてくれという訴えがあった。短編。完結済。

体育教師に目を付けられ、理不尽な体罰を受ける女の子

恩知らずなわんこ
現代文学
入学したばかりの女の子が体育の先生から理不尽な体罰をされてしまうお話です。

吉宗のさくら ~八代将軍へと至る道~

裏耕記
歴史・時代
破天荒な将軍 吉宗。民を導く将軍となれるのか ――― 将軍?捨て子? 貴公子として生まれ、捨て子として道に捨てられた。 その暮らしは長く続かない。兄の不審死。 呼び戻された吉宗は陰謀に巻き込まれ将軍位争いの旗頭に担ぎ上げられていく。 次第に明らかになる不審死の謎。 運命に導かれるようになりあがる吉宗。 将軍となった吉宗が隅田川にさくらを植えたのはなぜだろうか。 ※※ 暴れん坊将軍として有名な徳川吉宗。 低迷していた徳川幕府に再び力を持たせた。 民の味方とも呼ばれ人気を博した将軍でもある。 徳川家の序列でいくと、徳川宗家、尾張家、紀州家と三番目の家柄で四男坊。 本来ならば将軍どころか実家の家督も継げないはずの人生。 数奇な運命に付きまとわれ将軍になってしまった吉宗は何を思う。 本人の意思とはかけ離れた人生、権力の頂点に立つのは幸運か不運なのか…… 突拍子もない政策や独創的な人事制度。かの有名なお庭番衆も彼が作った役職だ。 そして御三家を模倣した御三卿を作る。 決して旧来の物を破壊するだけではなかった。その効用を充分理解して変化させるのだ。 彼は前例主義に凝り固まった重臣や役人たちを相手取り、旧来の慣習を打ち破った。 そして独自の政策や改革を断行した。 いきなり有能な人間にはなれない。彼は失敗も多く完全無欠ではなかったのは歴史が証明している。 破天荒でありながら有能な将軍である徳川吉宗が、どうしてそのような将軍になったのか。 おそらく将軍に至るまでの若き日々の経験が彼を育てたのだろう。 その辺りを深堀して、将軍になる前の半生にスポットを当てたのがこの作品です。 本作品は、第9回歴史・時代小説大賞の参加作です。 投票やお気に入り追加をして頂けますと幸いです。

色は変わらず花は咲きけり〜平城太上天皇の変

Tempp
歴史・時代
奈良の都には梅が咲き誇っていた。 藤原薬子は小さい頃、兄に会いに遊びに来る安殿親王のことが好きだった。当時の安殿親王は皇族と言えども身分は低く、薬子にとっても兄の友人という身近な存在で。けれども安殿親王が太子となり、薬子の父が暗殺されてその後ろ盾を失った時、2人の間には身分の差が大きく隔たっていた。 血筋こそが物を言う貴族の世、権謀術数と怨念が渦巻き血で血を洗う都の内で薬子と安殿親王(後の平城天皇)が再び出会い、乱を起こすまでの話。 注:権謀術数と祟りと政治とちょっと禁断の恋的配分で、壬申の乱から平安京遷都が落ち着くまでの歴史群像劇です。 // 故里となりにし奈良の都にも色はかはらず花は咲きけり (小さな頃、故郷の平城の都で見た花は今も変わらず美しく咲いているのですね) 『古今和歌集』奈良のみかど

東洲斎写楽の懊悩

橋本洋一
歴史・時代
時は寛政五年。長崎奉行に呼ばれ出島までやってきた江戸の版元、蔦屋重三郎は囚われの身の異国人、シャーロック・カーライルと出会う。奉行からシャーロックを江戸で世話をするように脅されて、渋々従う重三郎。その道中、シャーロックは非凡な絵の才能を明らかにしていく。そして江戸の手前、箱根の関所で詮議を受けることになった彼ら。シャーロックの名を訊ねられ、咄嗟に出たのは『写楽』という名だった――江戸を熱狂した写楽の絵。描かれた理由とは? そして金髪碧眼の写楽が江戸にやってきた目的とは?

アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)

三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。 佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。 幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。 ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。 又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。 海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。 一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。 事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。 果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。 シロの鼻が真実を追い詰める! 別サイトで発表した作品のR15版です。

【架空戦記】蒲生の忠

糸冬
歴史・時代
天正十年六月二日、本能寺にて織田信長、死す――。 明智光秀は、腹心の明智秀満の進言を受けて決起当初の腹案を変更し、ごく少勢による奇襲により信長の命を狙う策を敢行する。 その結果、本能寺の信長、そして妙覚寺の織田信忠は、抵抗の暇もなく首級を挙げられる。 両名の首級を四条河原にさらした光秀は、織田政権の崩壊を満天下に明らかとし、畿内にて急速に地歩を固めていく。 一方、近江国日野の所領にいた蒲生賦秀(のちの氏郷)は、信長の悲報を知るや、亡き信長の家族を伊勢国松ヶ島城の織田信雄の元に送り届けるべく安土城に迎えに走る。 だが、瀬田の唐橋を無傷で確保した明智秀満の軍勢が安土城に急速に迫ったため、女子供を連れての逃避行は不可能となる。 かくなる上は、戦うより他に道はなし。 信長の遺した安土城を舞台に、若き闘将・蒲生賦秀の活躍が始まる。

【完結】風天の虎 ――車丹波、北の関ヶ原

糸冬
歴史・時代
車丹波守斯忠。「猛虎」の諱で知られる戦国武将である。 慶長五年(一六〇〇年)二月、徳川家康が上杉征伐に向けて策動する中、斯忠は反徳川派の急先鋒として、主君・佐竹義宣から追放の憂き目に遭う。 しかし一念発起した斯忠は、異母弟にして養子の車善七郎と共に数百の手勢を集めて会津に乗り込み、上杉家の筆頭家老・直江兼続が指揮する「組外衆」に加わり働くことになる。 目指すは徳川家康の首級ただ一つ。 しかし、その思いとは裏腹に、最初に与えられた役目は神指城の普請場での土運びであった……。 その名と生き様から、「国民的映画の主人公のモデル」とも噂される男が身を投じた、「もう一つの関ヶ原」の物語。

処理中です...