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第一章
第4話(1) 迷子の弥生ちゃん
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4
「さてと、本日の挨拶回りはっと……」
「……」
平成の後を令和がムスっとした表情で続く。
「何を怒っているんだよ?」
「……何故に私が平成さんの分まで報告書を作成しなくてはならないのですか?」
「ギブアンドテイクってやつだよ」
「何も与えられていないのですが」
「業務時間中にワインを飲んだことを黙っていてやっただろう?」
「そ、それは! 平成さんも飲んでいたじゃないですか!」
「俺は眠りこけたりまではしていないぜ」
「ぐっ……」
令和が悔しそうに唇を噛む。
「まあまあそんなに気にするなよ。失敗は誰にでもあるさ」
「……今回だけですよ。それで本日ご挨拶する時代の方は?」
「う~ん、もうちょい先の方にいるかな?」
「また適当ですね……」
「文句は気ままな時代の先輩方に言ってくれよ」
「水辺や高台の方にいらっしゃるのではないのですか?」
「いや、低地の方に住んでいるはずだが……」
平成が先の方に目を凝らす。
「原っぱが広がっていますね……」
「こういう時はあれだな! 無性にL字型土器を投げたくなるな!」
平成がL字型土器を取り出す。令和が驚く。
「ええっ⁉ 持ち歩いていたのですか⁉」
「提出されても課長も困るだろう?」
「それはそうかもしれませんが……」
「先端の方を持って……こうやって投げる!」
平成が投げるとL字型土器は回転しながら飛んで行く。
「飛んだ!」
「弧を描いてこちらに戻ってくる! さながらブーメランだ!」
「もはや土器じゃないでしょう、それ!」
「ぎゃん⁉」
「「⁉」」
女性の叫び声のようなものが聞こえる。平成と令和が目を見合わせる。
「な、なんだ……?」
「行ってみましょう! ……あっ⁉」
令和たちが声のした方に駆け付けると、そこには粉々に砕けた土器と、その近くに倒れ込む小柄な女性の姿があった。平成が叫ぶ。
「え、L字型土器が⁉」
「そっちはどうでもいいでしょう! だ、大丈夫ですか⁉」
令和が女性を抱き起こそうとする。女性はぱっと目を見開き、勢いよく立ち上がる。
「いきなり何よ⁉ 痛いじゃないの!」
「ああ!」
平成が指を差すと、女性が後頭部をさすりながら声を上げる。
「誰かと思ったら、平成、アンタの仕業ね!」
「いや~ごめん、ごめん……」
「お知り合いですか?」
「こちらが挨拶に行こうと思った時代の方だ」
「挨拶ですって?」
女性が怪訝な表情を浮かべる。令和が頭を下げる。
「は、初めまして、令和と申します」
「ああ、貴女が噂の新しい時代……初めまして、時管局古代課の『弥生(やよい)』よ」
「弥生さん……」
令和は弥生の顔を見つめる。顔の輪郭は丸く、細眉で切れ長の一重まぶたで、耳たぶは小さく、鼻も細く、唇も薄い。長い髪を下ろしており、鉢巻を結んでいるのが印象的である。
「何? 顔をじっと見て、何か気になることでもあるの?」
「い、いえ、すみません。縄文さんとは違った顔つきをされているなと思いまして……」
「それはそうでしょうね、ルーツが違うみたいだし アタシもよく知らないけど」
弥生が不機嫌そうに首を傾げる。令和が戸惑う。
「ご、ご存知ないのですか……」
「弥生ちゃんは縄文さんと何かと対立しているからな」
「弥生ちゃん言うな……ってか、何かと対立構造を持ち込むのはアンタでしょ、平成」
「そうかな? じゃあ意識してないの?」
「意識なんかしてないわよ。妙に子供扱いしてくるのは気に食わないけど」
「この間の世紀末、どちらの土器が優れているかで揉めてなかった?」
「あれもアンタが煽ったからでしょう。なんだか妙な歌まで歌って……」
「『胸がドキドキ』だね」
「土器違いよ」
「……」
令和が黙って弥生を見つめる。弥生が尋ねる。
「どうかしたのかしら?」
「あ、ああ、すみません、服装を見てしまって……」
「そんなに珍しい?」
弥生が白い裳(も)をスカートのようにひらりとさせる。上半身には薄い赤色の衣(きぬ)を纏っており、腰には帯を巻いている。
「それが一般的な服装でしょうか?」
「女性は一般的には貫頭衣(かんとうい)を身に着けている場合が多いわね。布の中央にあいた穴から頭を出す単純な構造をした服よ。作業もしやすいからね」
「作業ですか?」
「ええ……このボンクラ平成は何かと縄文とアタシをひとまとめにしたがるけど、向こうとこちらでは決定的な違いがあるわ」
「決定的な違い?」
「そう……それはこれよ!」
弥生がすたすたと歩き、片手を掲げて、その先をばっと指し示す。令和が声を上げる。
「す、水田!」
「そうよ! 縄文とアタシの決定的な違い……それは『稲作(いなさく)』よ!」
「はあ……」
「何よ! 反応鈍いわね⁉」
「弥生ちゃん、稲作は縄文さんの頃から始まっていたというのが最近の定説でな……」
「はあっ⁉ 平成、何で黙っていたのよ、そんな大事なこと⁉」
「なんというか言い出し難くてさ……『稲作始めちゃったアタシってば、かしこ可愛い!』って何かと言ったらはしゃいでいたし」
「そんなにバカみたいなこと言ってないわよ! 気分悪い! 帰るわ!」
弥生はぷんぷんとしながらその場から歩き去る。だが、しばらく歩くと不安そうに左右をキョロキョロとする。平成が後ろから声をかける。
「弥生ちゃん、もしかしなくても……また迷ったな?」
「また? 迷子⁉」
令和が驚きの声を上げる。弥生が否定する。
「ち、違うわよ! 決して迷子になっているわけではないわ!」
「じゃあ、なんでそんなにキョロキョロしているんだよ?」
「そ、それはあれよ、家がどこなのか……諸説あるだけよ!」
「諸説⁉」
予想外の言葉に令和が再び驚く。
「さてと、本日の挨拶回りはっと……」
「……」
平成の後を令和がムスっとした表情で続く。
「何を怒っているんだよ?」
「……何故に私が平成さんの分まで報告書を作成しなくてはならないのですか?」
「ギブアンドテイクってやつだよ」
「何も与えられていないのですが」
「業務時間中にワインを飲んだことを黙っていてやっただろう?」
「そ、それは! 平成さんも飲んでいたじゃないですか!」
「俺は眠りこけたりまではしていないぜ」
「ぐっ……」
令和が悔しそうに唇を噛む。
「まあまあそんなに気にするなよ。失敗は誰にでもあるさ」
「……今回だけですよ。それで本日ご挨拶する時代の方は?」
「う~ん、もうちょい先の方にいるかな?」
「また適当ですね……」
「文句は気ままな時代の先輩方に言ってくれよ」
「水辺や高台の方にいらっしゃるのではないのですか?」
「いや、低地の方に住んでいるはずだが……」
平成が先の方に目を凝らす。
「原っぱが広がっていますね……」
「こういう時はあれだな! 無性にL字型土器を投げたくなるな!」
平成がL字型土器を取り出す。令和が驚く。
「ええっ⁉ 持ち歩いていたのですか⁉」
「提出されても課長も困るだろう?」
「それはそうかもしれませんが……」
「先端の方を持って……こうやって投げる!」
平成が投げるとL字型土器は回転しながら飛んで行く。
「飛んだ!」
「弧を描いてこちらに戻ってくる! さながらブーメランだ!」
「もはや土器じゃないでしょう、それ!」
「ぎゃん⁉」
「「⁉」」
女性の叫び声のようなものが聞こえる。平成と令和が目を見合わせる。
「な、なんだ……?」
「行ってみましょう! ……あっ⁉」
令和たちが声のした方に駆け付けると、そこには粉々に砕けた土器と、その近くに倒れ込む小柄な女性の姿があった。平成が叫ぶ。
「え、L字型土器が⁉」
「そっちはどうでもいいでしょう! だ、大丈夫ですか⁉」
令和が女性を抱き起こそうとする。女性はぱっと目を見開き、勢いよく立ち上がる。
「いきなり何よ⁉ 痛いじゃないの!」
「ああ!」
平成が指を差すと、女性が後頭部をさすりながら声を上げる。
「誰かと思ったら、平成、アンタの仕業ね!」
「いや~ごめん、ごめん……」
「お知り合いですか?」
「こちらが挨拶に行こうと思った時代の方だ」
「挨拶ですって?」
女性が怪訝な表情を浮かべる。令和が頭を下げる。
「は、初めまして、令和と申します」
「ああ、貴女が噂の新しい時代……初めまして、時管局古代課の『弥生(やよい)』よ」
「弥生さん……」
令和は弥生の顔を見つめる。顔の輪郭は丸く、細眉で切れ長の一重まぶたで、耳たぶは小さく、鼻も細く、唇も薄い。長い髪を下ろしており、鉢巻を結んでいるのが印象的である。
「何? 顔をじっと見て、何か気になることでもあるの?」
「い、いえ、すみません。縄文さんとは違った顔つきをされているなと思いまして……」
「それはそうでしょうね、ルーツが違うみたいだし アタシもよく知らないけど」
弥生が不機嫌そうに首を傾げる。令和が戸惑う。
「ご、ご存知ないのですか……」
「弥生ちゃんは縄文さんと何かと対立しているからな」
「弥生ちゃん言うな……ってか、何かと対立構造を持ち込むのはアンタでしょ、平成」
「そうかな? じゃあ意識してないの?」
「意識なんかしてないわよ。妙に子供扱いしてくるのは気に食わないけど」
「この間の世紀末、どちらの土器が優れているかで揉めてなかった?」
「あれもアンタが煽ったからでしょう。なんだか妙な歌まで歌って……」
「『胸がドキドキ』だね」
「土器違いよ」
「……」
令和が黙って弥生を見つめる。弥生が尋ねる。
「どうかしたのかしら?」
「あ、ああ、すみません、服装を見てしまって……」
「そんなに珍しい?」
弥生が白い裳(も)をスカートのようにひらりとさせる。上半身には薄い赤色の衣(きぬ)を纏っており、腰には帯を巻いている。
「それが一般的な服装でしょうか?」
「女性は一般的には貫頭衣(かんとうい)を身に着けている場合が多いわね。布の中央にあいた穴から頭を出す単純な構造をした服よ。作業もしやすいからね」
「作業ですか?」
「ええ……このボンクラ平成は何かと縄文とアタシをひとまとめにしたがるけど、向こうとこちらでは決定的な違いがあるわ」
「決定的な違い?」
「そう……それはこれよ!」
弥生がすたすたと歩き、片手を掲げて、その先をばっと指し示す。令和が声を上げる。
「す、水田!」
「そうよ! 縄文とアタシの決定的な違い……それは『稲作(いなさく)』よ!」
「はあ……」
「何よ! 反応鈍いわね⁉」
「弥生ちゃん、稲作は縄文さんの頃から始まっていたというのが最近の定説でな……」
「はあっ⁉ 平成、何で黙っていたのよ、そんな大事なこと⁉」
「なんというか言い出し難くてさ……『稲作始めちゃったアタシってば、かしこ可愛い!』って何かと言ったらはしゃいでいたし」
「そんなにバカみたいなこと言ってないわよ! 気分悪い! 帰るわ!」
弥生はぷんぷんとしながらその場から歩き去る。だが、しばらく歩くと不安そうに左右をキョロキョロとする。平成が後ろから声をかける。
「弥生ちゃん、もしかしなくても……また迷ったな?」
「また? 迷子⁉」
令和が驚きの声を上げる。弥生が否定する。
「ち、違うわよ! 決して迷子になっているわけではないわ!」
「じゃあ、なんでそんなにキョロキョロしているんだよ?」
「そ、それはあれよ、家がどこなのか……諸説あるだけよ!」
「諸説⁉」
予想外の言葉に令和が再び驚く。
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