10 / 50
第1集
第3話(1)またも体を張った取材
しおりを挟む
3
「うおおっ! これですよ! これ! 創作意欲がビンビンと刺激されます!」
「そうですか、それは何よりです……」
茶色い三つ編みのヘアスタイルが特徴的な眼鏡をかけた若い女性が興奮気味に手に持ったスケッチブックにペンを走らせる。この若い女性はレイカ先生という。先生ということはつまり、我が社にとって大事なお仕事を依頼する方だ。先日、我が社と仕事をしたクレイ先生のお弟子さんで、新進気鋭のイラストレーターさんである。
「うん、とってもいい! 良すぎる!」
レイカ先生のペンが止まらない。
「良いですね! 本当に素晴らしい! なんかこう……良い! アイディアがドンドンとあふれ出てきて止まらない!」
そのわりには語彙力が足りてないですね、という余計なことを言い出しそうになったのを私はグッとこらえる。
「これは良いです! なぜなら良いものだからです!」
なんか構文みたいなのが飛び出した。
「もうなんというか、良さしかない!」
「……レイカ先生、参考までにお伺いしたいのですが……」
「はい⁉ なんですか、急に質問ですか⁉」
「あっ、お邪魔になるようでしたら良いのですが……」
「いえ、構いませんよ! どうぞ!」
「では……特にどの辺りを良いとお感じになられたのですか?」
ただ『良い!』を連呼されても困る。こちらとしてもある程度は把握しておかないと。
「なかなかの質問ですねえ!」
「そ、そうですか……」
「う~む、やはりこの筋肉の躍動でしょうか!」
「筋肉の躍動……」
「ええ、さらにその肉体同士の激しいぶつかり合いですかね!」
「肉体同士のぶつかり合い……」
「技の応酬なんかも見ごたえありますよね!」
「技の応酬……」
「やっぱりプロレスは最高のエンターテインメントですよ!」
「そうですか」
「この格闘技をこの世界にもたらしてくれたという異世界の方々にはまったく感謝してもしきれませんね!」
どうやら私と同じ転移者が広めたものらしい。知らなかった。そういえば、元いた世界で観戦した記憶がおぼろげにあるような……。いや、それよりもだ……。
「先生、もう一つよろしいでしょうか?」
「はい! なんでしょう?」
「何故に私はパンツ一丁なのでしょうか?」
そう、私は黒のパンツ一丁という姿でレイカ先生の傍らに立っている。
「取材の一環です!」
「こ、これが取材? 今ひとつ分かりません……」
「モリさんには実際にレスラーの方々から技をいくつか受けてもらおうかと思いまして!」
「ええっ⁉」
「やっぱり体験してみないと分からないじゃないですか」
「じゃ、じゃないですかと言われても……」
「本来なら私が受けようと思ったのですが、危険だということで急遽モリさんに代わっていただきました!」
「き、聞いていないのですが⁉」
「今言いました!」
「い、いや……」
「より良い作品作りのため……お願いします!」
レイカ先生が頭を下げてくる。ここで私が断って、せっかくの新鋭イラストレーターを逃すようなことになってしまったら、編集長に怒られる。それだけは避けねばならない。私は少し逡巡した後、答える。
「……分かりました」
「ありがとうございます!」
「どうすれば良いでしょう?」
「リングに上がって下さい!」
レイカ先生は部屋の中央にあるロープで囲まれた四角いスペースを指し示す。私は言われるがまま、ロープをくぐって、そこに上がる。
「上がりました」
「はい! ではお願いします!」
「うっす……」
見るからに屈強な男性が私の正面に立つ。
「じゃあ、ちょっと、ラリアットやエルボーなど、打撃技から見てみたいですね~!」
「うっす!」
「え?」
打撃技?
「そらっ!」
「ごはっ⁉」
私は強烈な手刀を胸に喰らう。もちろん手加減はしているのだろうが、それでもかなりの衝撃だ。続けていくつかの技を立て続けに喰らい、私はたまらず倒れ込む。
「ちょうど倒れ込まれたので……」
何がちょうどだ、ちょうどって。男性がレイカ先生の方を向く。
「はい」
「関節技の方をいくつかお願いします」
「分かりました……」
関節技? それってもしかして……。
「はっ⁉」
「まず腕ひしぎ十字固めを……」
「!」
男性は私の右手手首を掴み、さらに右腕を脚に挟んで、伸ばしてくる。痛い。
「お~極まっていますね~良い感じです!」
レイカ先生がスケッチブックにペンを走らせる。全然良い感じではないのだが。
「それでは4の字固めを……」
「‼」
男性は私の両脚に脚を絡めてきて、私の両脚を4の字に交差させる。痛い。
「お~シンプルですけどそれでいて美しいですね!」
レイカ先生が声を上げる。全然美しくないのだが。
「それでは逆エビ固めを……」
「⁉」
男性はうつ伏せになった私の体を跨いで、私の両脚をわきの下に挟んで持ち上げ、私の背中を反らせる。これも当然痛い。
「お~出た! ポピュラーな技! 奥深さを感じます!」
レイカ先生が叫ぶ。痛さしか感じないのだが。
「はあ……はあ……」
「お疲れ様でした! ありがとうございます! お陰で良いイラストが描けそうです!」
「そ、それは何よりです……」
しばらくして、レイカ先生が描いたイラスト集が発売された。美少年同士がくんずほぐれつするイラストが中心であった。これがまたよく売れた。気を良くした編集長は第2弾を企画しろと言っているが、身の危険を感じた私は適当にはぐらかしておいた。どこまで誤魔化せるだろうか……。その前に小説でヒットを飛ばさなくてはならない。今日も打ち合わせだ。
「こ、こんにちは~」
全身水色の液状のような体をした柔らかそうな方が入ってきた。
「そ、その体が欲しい!」
「えっ⁉」
私は思わず叫んでしまった。相手は戸惑う。
「うおおっ! これですよ! これ! 創作意欲がビンビンと刺激されます!」
「そうですか、それは何よりです……」
茶色い三つ編みのヘアスタイルが特徴的な眼鏡をかけた若い女性が興奮気味に手に持ったスケッチブックにペンを走らせる。この若い女性はレイカ先生という。先生ということはつまり、我が社にとって大事なお仕事を依頼する方だ。先日、我が社と仕事をしたクレイ先生のお弟子さんで、新進気鋭のイラストレーターさんである。
「うん、とってもいい! 良すぎる!」
レイカ先生のペンが止まらない。
「良いですね! 本当に素晴らしい! なんかこう……良い! アイディアがドンドンとあふれ出てきて止まらない!」
そのわりには語彙力が足りてないですね、という余計なことを言い出しそうになったのを私はグッとこらえる。
「これは良いです! なぜなら良いものだからです!」
なんか構文みたいなのが飛び出した。
「もうなんというか、良さしかない!」
「……レイカ先生、参考までにお伺いしたいのですが……」
「はい⁉ なんですか、急に質問ですか⁉」
「あっ、お邪魔になるようでしたら良いのですが……」
「いえ、構いませんよ! どうぞ!」
「では……特にどの辺りを良いとお感じになられたのですか?」
ただ『良い!』を連呼されても困る。こちらとしてもある程度は把握しておかないと。
「なかなかの質問ですねえ!」
「そ、そうですか……」
「う~む、やはりこの筋肉の躍動でしょうか!」
「筋肉の躍動……」
「ええ、さらにその肉体同士の激しいぶつかり合いですかね!」
「肉体同士のぶつかり合い……」
「技の応酬なんかも見ごたえありますよね!」
「技の応酬……」
「やっぱりプロレスは最高のエンターテインメントですよ!」
「そうですか」
「この格闘技をこの世界にもたらしてくれたという異世界の方々にはまったく感謝してもしきれませんね!」
どうやら私と同じ転移者が広めたものらしい。知らなかった。そういえば、元いた世界で観戦した記憶がおぼろげにあるような……。いや、それよりもだ……。
「先生、もう一つよろしいでしょうか?」
「はい! なんでしょう?」
「何故に私はパンツ一丁なのでしょうか?」
そう、私は黒のパンツ一丁という姿でレイカ先生の傍らに立っている。
「取材の一環です!」
「こ、これが取材? 今ひとつ分かりません……」
「モリさんには実際にレスラーの方々から技をいくつか受けてもらおうかと思いまして!」
「ええっ⁉」
「やっぱり体験してみないと分からないじゃないですか」
「じゃ、じゃないですかと言われても……」
「本来なら私が受けようと思ったのですが、危険だということで急遽モリさんに代わっていただきました!」
「き、聞いていないのですが⁉」
「今言いました!」
「い、いや……」
「より良い作品作りのため……お願いします!」
レイカ先生が頭を下げてくる。ここで私が断って、せっかくの新鋭イラストレーターを逃すようなことになってしまったら、編集長に怒られる。それだけは避けねばならない。私は少し逡巡した後、答える。
「……分かりました」
「ありがとうございます!」
「どうすれば良いでしょう?」
「リングに上がって下さい!」
レイカ先生は部屋の中央にあるロープで囲まれた四角いスペースを指し示す。私は言われるがまま、ロープをくぐって、そこに上がる。
「上がりました」
「はい! ではお願いします!」
「うっす……」
見るからに屈強な男性が私の正面に立つ。
「じゃあ、ちょっと、ラリアットやエルボーなど、打撃技から見てみたいですね~!」
「うっす!」
「え?」
打撃技?
「そらっ!」
「ごはっ⁉」
私は強烈な手刀を胸に喰らう。もちろん手加減はしているのだろうが、それでもかなりの衝撃だ。続けていくつかの技を立て続けに喰らい、私はたまらず倒れ込む。
「ちょうど倒れ込まれたので……」
何がちょうどだ、ちょうどって。男性がレイカ先生の方を向く。
「はい」
「関節技の方をいくつかお願いします」
「分かりました……」
関節技? それってもしかして……。
「はっ⁉」
「まず腕ひしぎ十字固めを……」
「!」
男性は私の右手手首を掴み、さらに右腕を脚に挟んで、伸ばしてくる。痛い。
「お~極まっていますね~良い感じです!」
レイカ先生がスケッチブックにペンを走らせる。全然良い感じではないのだが。
「それでは4の字固めを……」
「‼」
男性は私の両脚に脚を絡めてきて、私の両脚を4の字に交差させる。痛い。
「お~シンプルですけどそれでいて美しいですね!」
レイカ先生が声を上げる。全然美しくないのだが。
「それでは逆エビ固めを……」
「⁉」
男性はうつ伏せになった私の体を跨いで、私の両脚をわきの下に挟んで持ち上げ、私の背中を反らせる。これも当然痛い。
「お~出た! ポピュラーな技! 奥深さを感じます!」
レイカ先生が叫ぶ。痛さしか感じないのだが。
「はあ……はあ……」
「お疲れ様でした! ありがとうございます! お陰で良いイラストが描けそうです!」
「そ、それは何よりです……」
しばらくして、レイカ先生が描いたイラスト集が発売された。美少年同士がくんずほぐれつするイラストが中心であった。これがまたよく売れた。気を良くした編集長は第2弾を企画しろと言っているが、身の危険を感じた私は適当にはぐらかしておいた。どこまで誤魔化せるだろうか……。その前に小説でヒットを飛ばさなくてはならない。今日も打ち合わせだ。
「こ、こんにちは~」
全身水色の液状のような体をした柔らかそうな方が入ってきた。
「そ、その体が欲しい!」
「えっ⁉」
私は思わず叫んでしまった。相手は戸惑う。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜
八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。
第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。
大和型三隻は沈没した……、と思われた。
だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。
大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。
祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。
※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています!
面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※
※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

友人Aの俺は女主人公を助けたらハーレムを築いていた
山田空
ファンタジー
友人Aに転生した俺は筋肉で全てを凌駕し鬱ゲー世界をぶち壊す
絶対に報われない鬱ゲーというキャッチコピーで売り出されていたゲームを買った俺はそのゲームの主人公に惚れてしまう。
ゲームの女主人公が報われてほしいそう思う。
だがもちろん報われることはなく友人は死ぬし助けてくれて恋人になったやつに裏切られていじめを受ける。
そしてようやく努力が報われたかと思ったら最後は主人公が車にひかれて死ぬ。
……1ミリも報われてねえどころかゲームをする前の方が報われてたんじゃ。
そう考えてしまうほど報われない鬱ゲーの友人キャラに俺は転生してしまった。
俺が転生した山田啓介は第1章のラストで殺される不幸の始まりとされるキャラクターだ。
最初はまだ楽しそうな雰囲気があったが山田啓介が死んだことで雰囲気が変わり鬱ゲーらしくなる。
そんな友人Aに転生した俺は半年を筋トレに費やす。
俺は女主人公を影で助ける。
そしたらいつのまにか俺の周りにはハーレムが築かれていて
誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!
ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく
高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。
高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。
しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。
召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。
※カクヨムでも連載しています
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる
十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる