アタシをボランチしてくれ!~仙台和泉高校女子サッカー部奮戦記~

阿弥陀乃トンマージ

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第2章 もう一人

第14話(2)紅白戦、開始

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「⁉」

「よしっ!」

 控え組にあたる白いゼッケンを付けた姫藤が細かいステップを駆使して、レギュラー組にあたる赤いゼッケンを付けた栗東をかわした。20分ハーフの紅白戦前半も10分近くが経過して、何度目かのトライにしてようやく姫藤が良い形で前を向くことが出来た。スピードに乗ったままゴール前へと迫る聖良に本場が立ちはだかる。

「ヘイ! こっち!」

 石野成実が手を挙げて、逆のサイドから猛然とダッシュしてきた。本場がほんの一瞬ではあるが、そちらに気を取られたことを感じ取った姫藤は本場を抜き去りにかかった。

「よし……⁉」

 完全に相手の逆を突いて、かわすことが出来たと思った姫藤だったが、本場の長い脚が伸びてきてボールを掠め取られた。姫藤はバランスを崩して転がりこむ。

「くっ……!」

「カウンター!」

 本場が前にボールを繋ぐ。受けた選手がすぐさまボールを前線に蹴り込む。そこには小宮山愛奈(こみやまあいな)がいた。先日の常磐野と仙台和泉の試合では右ウィングのポジションに入っていたが、今日は天ノ川が休みの為、センターフォワードを務めている。ただ、元々はこのポジションが彼女の得意とするポジションであった。神不知火が小宮山と競り合おうとするが小宮山は先に良い位置を取ってジャンプした。

「前の試合のようにはいかん!」

 小宮山は先日の試合、神不知火にほとんどと言って良いほど、何もさせてもらえなかった。エリート街道を進んできた彼女にとってそれは大変な屈辱だった。それだけに、例え紅白戦といえども、この神不知火を出し抜いて得点に絡むことは至上命題であった。飛んできたボールに対して、神不知火の反応が遅れていると感じた小宮山は内心ほくそ笑む。

(空中戦は苦手か? 弱点見つけたり!)

「もらっ! ……⁉」

「オラ!」

 頭で味方へとパスをしようと思った小宮山の更に上に飛んだ谷尾ヴァネッサ恵美がヘディングでボールを強烈に弾き出した。

「な⁉」

「打点が高い!」

 谷尾のジャンプ力に小宮山も周囲も驚いた。ただこぼれたボールを押切が拾おうとする。

(よし、ダイレクトで放りこむ……⁉)

 押切の目の前で先程まで相手ゴール前に顔を出していたはずの石野がボールを掠め取って、すかさず味方にボールを繋いだ。押切が感心したように呟く。

「大した運動量だ……」

「どーも」

 石野はお礼を言いつつ、ボールの行く先を追った。ボールは左サイドの菊沢輝に渡った。菊沢はチラッと相手ゴール前を確認すると、間髪入れずにクロスボールを蹴り込んだ。正確無比かつ鋭い弾道を描いたボールは、飛び込んだ味方フォワードの頭にピタリと合った。放たれたヘディングシュートは僅かにゴールを外れた。

「精度の高いキックだ、こちらの嫌な所に飛んでくる……」

 本場が静かに呟く。

「凄い……! 輝ちゃんも成実ちゃんもヴァネちゃんも常磐野のレギュラー陣に見劣りしていない! クオリティの高いプレーを見せている……!」

 ピッチサイドで紅白戦を眺めていた小嶋が興奮気味に呟く。

「確かに流石は織姫FCジュニアユース出身なだけはあるな……」

「うわ⁉」

 いつの間にか小嶋の隣に高丘監督が立っていた。

「今からでもうちに入って欲しい位だ、練習相手としては申し分ない……」

「は、ははは……お褒めに預かり光栄です。って私が言うことじゃないですね……」

「ただ……」

「ただ……⁉」

 高丘監督が急に声を張り上げる。

「どうしたお前ら! 同じ相手に二度も負ける気か⁉」

「‼」

 監督の檄に、常磐野レギュラー陣の目の色が変わった。

「び、びっくりした……」

 驚いた小嶋は胸を抑える。高丘監督は踵を返し、元の場所へと戻った。しばらくして、ドリブル突破を試みた姫藤が倒されてフリーキックを獲得した。ゴールの目の前、約25m、絶好の位置である。菊沢が当然のようにボールをセットし、自らが蹴ると示す。再開の笛が鳴った後、一呼吸置き、やや短い助走から左足を勢い良く振り抜いた。

(入った!)

 菊沢は確信した。ボールを蹴った感触が完璧だったからである。鋭い弧を描いたボールはゴールネットへと吸い込まれていくかと思われた。

「⁉」

 ボールは横っ飛びした相手のゴールキーパー、久家居(くけい)まもりによって、難なく弾き出された。こぼれ球を栗東がすかさず外に蹴り出す。サイドラインを割ろうとしたボールに石野が持ち前の運動量を生かして、いち早く追いついた。

(まだゴール前がバタついている! 早めにボールを放り込めば……⁉)

 石野に対してすぐさま結城美菜穂(ゆうきみなほ)が体を寄せて、ボールを難なく奪った。

「美陽!」

 結城は低くよく通る声で呼びかけ、縦にパスを出した。そこには『北海のライジングサン』の異名を取る、朝日奈美陽(あさひなみはる)がいた。

「よく見ていたわね、美菜穂! 褒めてあげる!」

 小柄な朝日奈が大声を上げながら、前を向く。谷尾が体を寄せていた。谷尾は朝日奈の身体の重心に注意した。朝日奈は身体を大きく左側、谷尾から向かって右側に沈み込ませる。

(これは右と見せかけて左から抜きに来る! バレバレなんだヨ!)

 谷尾が脚を伸ばしてボールを奪い取ろうとするが、そこにはボールが無かった。

「なっ⁉」

「甘い!」

 朝日奈は体勢をこれでもかと低くして、谷尾の右側を抜き去った。谷尾は完全に置いて行かれた格好となった。

「くそ!」

「一点もらい……⁉」

 ゴール前に斬り込もうとした朝日奈が転がった。神不知火があっさりとボールを奪い取ったからである。朝日奈が驚愕する。

(な、何ですって⁉ 私が簡単にボールを獲られた⁉)

 神不知火がボールを前方に蹴り出して微笑みながら呟く。

「……流石は強豪校、想定外のプレーが続きますね、もっともっと楽しめそうです」
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