アタシをボランチしてくれ!~仙台和泉高校女子サッカー部奮戦記~

阿弥陀乃トンマージ

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第1章 桃と竜乃

第8話(3)「ゾーンに入る」

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「何よ、敵情視察⁉」

 聖良ちゃんの質問に天ノ川さんは慌てて両手を振って、否定します。

「いえいえ、そんなつもりはありません~。私はただ単純にこのお店のフェアに興味があって~。今日は練習休みだから、思い切って来てみたんです~」

「フェア?」

「ええ、『ドデカ盛杏仁豆腐10杯、30分で完食したらタダ!』というフェアです~」

「ジュルリッ……!」

「「「!」」」

「? どうしたのです、竜乃さん?」

「い、今、大きな舌なめずりの音が聞こえなかったか?」

「は?」

「面妖な……!」

「いや、真理先輩、印は結ばなくても大丈夫ですから」

「ピカ子さん⁉ 一体どういうことですの?」

「ま、まあ、すぐ分かると思うわ……」

 何やらぶつぶつ言っている四人をよそに、私は天ノ川さんから注文を取っている莉沙ちゃんに声を掛けます。

「莉沙ちゃん」

「ん? どうした、桃?」

 私は天ノ川さんの向かいの席にドカッと腰掛けます。

「彼女と同じものを私にも」

「⁉ わ、分かった」

「いつぞやのカツ丼屋さんの借り! 今日返させて頂きますよ!」

「ん~? 何だかよく分かりませんが、受けて立ちます~」

「受けて立つのね……良いの? キャプテン?」

「うーん、面白いから良いんじゃないですかね?」

 数分後、私たちのテーブルに、料理が運ばれてきました。

「お待たせしました。ドデカ盛り杏仁豆腐になります」

「デカッ!」

「まずあの器よ、顔がすっぽり隠れる位の大きさ……」

「果物などほとんど丸々入っている様ですわね……」

「「いっただきま~す♪」」

 私と天ノ川さんは同時に食べ始めます。莉沙ちゃんが説明を始めます。

「ルール説明だ。このドデカ盛り杏仁豆腐10杯を30分以内に食べてもらう。もしも制限時間内に食べきられなかった場合は、お代を……」

「「おかわり!」」

「ビィちゃんもヨッシーカも速ぇ!」

「ヨッ○ーみたいに言うな! そのスマ○ラ脳何とかしなさいよ!」

「1分も経っていませんわ。莉沙さん絶句していますわよ……」

「量だけでなく、速さも兼ね備えているとは……増々興味深い存在です、桃さん」

 周囲が何やらざわついているようですが、私は気にも留めず、食事に集中します。この杏仁豆腐、ぷるぷるとした舌触りが絶妙で、飲み物でも飲んでいるかのようにごくごくとお腹の中に染み込んでいきます。もちろん味も絶品です。至福の瞬間とはまさにこのことでしょう。

「どちらも完食は時間の問題ですね、後はどちらが速いか……」

「何を楽しんじゃってんのよ、美花まで……」

「これはお互い絶対に負けられない戦いです! まさに10番の誇りを懸けた一戦‼」

「どこで懸けてんのよ……」

「桃さんは文字通り吸い尽くすような食べっぷり……対して天ノ川さんは何と言いますか、拾い上げるような食べっぷりというか……対照的で実に興味関心をそそられますね」

「ああ、一瞬だが、人より長い舌を使ってフルーツを巧みに拾い上げてやがる……!」

「何と! 見えているのですか、竜乃さん⁉」

「ああ、アタシじゃなきゃ見逃しているね」

「驚異的な動体視力……!」

「あの……竜乃、真理先輩、言っておくけど貴方たち今凄い馬鹿な会話しているからね?」

「しかし、ピカ子さん……お二人とも凄い集中力ですわね」

「え、ええ、そうね、健。こちらの声なんてまるで届いてないみたいだわ」

「わたくし知っていますわ。集中力が極限まで高まって、思考や感情、周囲の音などが消えて、感覚が研ぎ澄まされ、行動に完全に没頭している特殊な意識状態、一流のアスリートなど限られた方のみ辿り着ける境地……そう、これはいわゆる『ゾーンに入った』状態ですわ!」

「どこでゾーンに入っちゃっているのよ、桃ちゃん!」

「「ごちそうさまでした!」」

「同時だ!」

「いえ、わずかに天ノ川さんの器の方に、寒天が残っています」

 キャプテンの冷静な指摘に、天ノ川さんも自らの器を確認します。

「あ~本当だ~。お残しはいけませんね~」

「つ、つまりこの戦いは……?」

「ええ、僅差ではありますが、丸井さんの勝利ですね」

「うおっしゃあぁぁぁ‼」

「も、桃ちゃん……?」

 私は無我夢中でガッツポーズと雄叫びを繰り返します。

「カツ丼屋さんのことは正直全然覚えてないんですけど~。これで1勝1敗ということになりますかね~。決着は試合で付けましょう~。楽しみにしていますよ~丸井さん~、……って聞いてないかな? まあいいや、それじゃあ失礼しま~す」

「……あ、あれ天ノ川さんは?」

 多少落ち着きを取り戻した私に対し、輝さんが呆れた顔で教えてくれます。

「もうとっくに帰ったわよ……アンタ全然気にしてなかったでしょう」

「ええ、完全燃焼しましたから……」

「どこで燃え尽きてんのよ……天ノ川がなんて言っていたか、……」

 私は輝さんのセリフを手で遮り、こう続けます。

「これで五分と五分。10番の誇りとプライドを懸けた戦いは次に持ち越し! 決着はフィールドの上で! お互い死力を尽くしましょう! ……そう言っていたんですよね?」

「いや付け足しと美化が酷いわね。絶対そんなテンションで言ってないし、大体まともに聞いてなかったでしょう?」

「聞いてなくても感じ合っていたんですよ……」

「はぁ?」

「わたくし知っていますわ。集中力が極限まで高まって、『ゾーンに入った』状態だったお二人には余計な言葉など不要。必要なのは目と目で通じ合う……そう、『アイコンタクト』ですわ! これによってお二人は互いの考えていることが手に取るように分かるという境地にまで達していたのです!」

「言葉不要って、天ノ川が思いっ切り声掛けていたじゃない…… まあいいわ、疲れた……」

「とにかく、今現在の桃さんの集中力は極限まで高められているということですね。やはり興味の尽きない存在です、丸井桃さん!」

「うおぉぉぉ! 何だかよく分かんねえけど、すげえぜ、ビィちゃん!」

「サッカー部員が大食い早食い対決で覚醒しないでよ、桃ちゃん!」

 周囲の喧騒をよそに、私の心は晴れやかでした。心の奥底に潜んでいた、“恐れ”“不安”“葛藤”そういった負の感情が綺麗に流されていった様な気がしました。私はキャプテンを静かに見つめました。(これが狙いだったんですね?)キャプテンは静かに頷きました。しかし、半笑いでした。その瞬間私も(あ、これ茶番だ)と察することが出来ました。 
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