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第1章 桃と竜乃
第6話(3)宿命のPK対決
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「あ~エラい目に遭った……」
放課後、部室から練習着に着替えて出てきた竜乃ちゃんがうんざりした様に言いました。
「大変だったね……」
「あれ? 桃ちゃん、練習出るの? 捻挫平気なの?」
竜乃ちゃんに続いて、部室から出てきた聖良ちゃんが私に尋ねます。
「いやまだ一応様子を見ないとダメだから……キャプテンとマネージャーに聞きたいことがあってね。それが済んだら、今日は先に上がらせてもらうよ」
「そうなんだ」
そんなことを三人で話しながら、グラウンドに向かうと、黒の上下のトレーニングウェアに身を包んだ女の子が、準備運動をしながら待っていました。
「……おいスコッパ、何してんだよ?」
健さんが振り返って答えます。
「ああ、全く待ちくたびれてしまいましたわ。今度はサッカーで勝負と参りましょう!」
「なんでそうなるんだよ! もう決着は着いただろうが!」
「先程は確かにそうでしたわね。ただ負けっ放しというのは伊達仁家の女には許されませんの。わたくしは勝つまで貴女に挑み続けますわ!」
「さっきあんな醜態を晒したのに……鋼のメンタルね……」
聖良ちゃんが半分感心したように呟きます。
「しつけーんだよ! 練習の邪魔だから、今日はもう帰れよ!」
「その点についてはご心配なく。既に主将さんには話をつけてあります。なに、大してお時間はとらせませんわ」
「ぐ……だ、大体サッカー出来んのかよ、お前!」
「その点についてもご心配なく」
そう言って健さんは、足元にあったボールを軽く蹴り上げると、首を少し傾げ、自分の肩と頬の部分で落ちてくるボールを挟みこみました。
「ぬっ!」
「例えばこんなことも……」
健さんが自分と竜乃ちゃんの間に、ボールを転がします。そして両の足でボールを前後に挟んで擦りあげるようにして、ボールを浮かせます。さらに踵を使って、ボールを自らの背中から頭上に蹴り上げます。放物線を描いたボールは竜乃ちゃんの頭上も通過します。健さんは竜乃ちゃんの脇を走り抜けて、ボールを膝でトラップします。
「ヒールリフト!」
「今のやられると大分屈辱よね……」
「ぐぬぬ……!」
「伊達仁家の教育方針として、幼少時に一通りの習い事やスポーツは学びます。ご覧のようにサッカーも大抵の技術は習得済みですわ」
「基本技術に関しては竜乃より圧倒的に上ね……」
「さて、どうしましょうかしらね……一昨日の試合を見る限り、単純なテクニックなら勝負になりませんわね……」
「何だと⁉ 見てやがったのかよ⁉」
「あの時のギャラリー……!」
「ああ、そういえばそこのお団子の貴女。試合を見たところ、貴女がこのチームの中心のようですわね。何か上手い対決方法は無いかしら?」
「え? そ、そうですね……う~ん、PK対決とか……?」
「! それは名案ですわ! では竜乃さん、PK戦で勝負と参りましょう!」
「よっしゃ! 受けて立つぜ!」
その場の思い付きで言ったら、大変なことになってしまいました。
ペナルティースポット(PKを蹴る場所)にボールをセットした健さんがゴールマウス(ゴール前面の辺り)に立つ竜乃ちゃんに話しかけます。
「流石にお分かりかとは思いますが、PK戦とは交互に5本ずつボールを蹴って、相手より多くゴールを決めた方が勝ち、というルールですわ。まあ、先に3本成功し、相手が3本失敗した場合は5本目までいかない場合もありますけども……」
「何でもいい! とにかく全部止めて、全部決めりゃ良いんだろ!」
竜乃ちゃんはそう言って、キーパーグローブをはめた両手をバンバンと叩きます。ちなみにグローブは脇中さんから借りました。
「……ではマネージャーさん、開始の笛をお願い致しますわ」
「……先攻、1本目です!」
マネージャーが笛を吹きます。
「止められるものなら止めてごらんなさい……!」
そう呟いて、健さんが短めの助走から、右足を振り抜きます。鋭く速いシュートがゴール左上に突き刺さりました。
「上手い! インフロント(足の親指の付け根あたり)を使って蹴った!」
「普通PKでインフロントはあまり使わないけどね、上に吹かしちゃうかもしれないし。しかもあの際どいコースを狙うなんて……度胸も技術もあるわね」
聖良ちゃんも素直に感心しています。
「オ~ホッホッホ! 全部止めるのではなくて?」
「くっ、次だ、次!」
「確かに反応はしていたわね」
いつの間にか輝さんが私たちの隣に立っていました。キッカーとキーパーが入れ変わって、今度は健さんがゴールマウスに立ちます。健さんはキーパーグローブを自前で用意したようです。両手を広げて、やや前傾姿勢を取ります。構え方はなかなか様になっています。
「さあ、来なさい!」
笛が鳴って、竜乃ちゃんがボールを蹴りました。強烈なシュートがゴールネットに突き刺さります。健さんは一歩も動くことが出来ませんでした。
「よし! これで同点だ!」
「な、なんですの? 今のシュートは?」
健さんは驚きを隠せません。
「……正直、ほぼ正面でコースは甘かったけど、抑えはきいていたわね」
「昨日の練習後、付きっ切りで教えていましたものね」
キャプテンがこれまたいつの間にか、輝さんの隣に来ていました。
「人聞きの悪いこと言わないで……アイツが教えろってしつこいから教えただけよ」
「ふふ、まあそういうことにしておきましょうか」
2本目先攻、健さんの番です。今度は1本目とは逆の方向であるゴール右上にインステップで良いシュートを放ちましたが、竜乃ちゃんが横っ飛びでこれを弾き出しました。
「なっ……」
「止めたぜ!」
これには健さんだけでなく、見ている私たちも驚きました。
「へへっ、どうよスコッパ! PKってのはな、軸足の向きで大体蹴る方向が予測出来るんだよ!」
誇らしげに話す竜乃ちゃん。頭を抑える輝さん。笑うキャプテン。
「ネタばらししてどうすんのよ……」
「ふふっ、それにしても今のを止めたのは凄いですよ」
キャプテンの言った通りです。健さんのシュートは良いコースに飛んでいました。予測がついていたとはいえ、防いだのは凄いことです。2本目の後攻、竜乃ちゃんが蹴ります。
「おりゃ!」
「どうぉ!」
「なにっ?」
なんと今度は健さんが、竜乃ちゃんのシュートを弾きました。輝さんが再び頭を抑えます。
「なにっ……じゃないわよ……またほぼ正面じゃない。コースを狙えって言ったのに……」
「で、でも止めたのは凄いですよ」
「止めたっていうかほとんど当たったって感じだけどね、ただ竜乃のあの凶悪なシュートにビビらないで向かっていくのはあのお嬢様も大した根性ね……」
聖良ちゃんはまた健さんに感心したようです。これで1対1、次は3本目になります。健さんの放ったシュートは竜乃ちゃんの逆を突きました。
「ぬぉっ!」
「今、軸足の向きとは逆に蹴った!」
「言うほど簡単なことじゃないし、竜乃の反応速度も踏まえて即アジャスト(適応)してきたわね。ホント何なのよ、あのお嬢様……」
聖良ちゃんはまたまた感心したようです。後攻、竜乃ちゃんの蹴る番です。
「軸足の逆と見せかけて、そのままと見せかけ……」
何やらブツブツと呟いてから助走に入りました。嫌な予感しかしません。
「! どわぁっ⁉」
「はあっ?」
竜乃ちゃんが蹴る瞬間にバランスを崩し、当たり損ねのボールが転々とゴール中央に転がっていきました。横に飛んだ健さんにとっては意表を突かれた形となりました。
「み、見たか! 裏をかいてやったぜ!」
「う、嘘をおっしゃい! 絶対に蹴り損じでしょう!」
輝さんが遂に両手で頭を抱えてしまいました。キャプテンは更にニコニコ顔です。
「余計なこと考えるからそうなるのよ……」
「ゴルフで言う『ダフった』ってやつですね。本番でなくて良かったです。」
何はともあれ結果オーライで竜乃ちゃんが追い付き、スコアは2対2。4本目に入ります。健さんがまたもや軸足の向きとは逆方向にシュートを放ちました。しかし……
「せいっ!」
「! な、何ですって……」
竜乃ちゃんが超人的な反応を見せ、シュートをストップしました。
「と、止めた!」
「今、逆を突くだけでなくじゃなくて、アウトフロント(足の外側の指の付け根あたり)で蹴ったわよね。外側に逃げていくボール。それを止めるとか……」
聖良ちゃんが半ば呆れた様子で竜乃ちゃんを見つめます。
「これで龍波さんがやや有利になってきましたね」
「余計なことをしなければね」
後攻、竜乃ちゃんの蹴る番です。今度は無言で集中しています。笛が鳴ると同時に、走り出してシュートを放ちました。右方向に強烈なボール。健さんも手を伸ばしますが届きません。ですが、ボールはゴールポストを叩きました。
「うぉっ! マジかよ……」
竜乃ちゃんが肩を落とします。輝さんとキャプテンが冷静に分析します。
「余計なことは考えなかったけど、コースを狙い過ぎたわね」
「しかし、コースがもっと甘かったら、伊達仁さんの手が届いていましたよ」
これで2対2のまま、最後の5本目になりました。まずは先攻の健さんの蹴る番です。今までより少し長めに助走を取りました。笛が鳴ると、ゆっくりと走りはじめ、鋭く右足を振り抜きました。しかし、ボールはゆっくりとした弧を描いて、ゴール中央に吸い込まれていきました。強いシュートが来ると予測していた竜乃ちゃんは横に飛んでいました。竜乃ちゃんの3本目とちょうど逆の構図です。
「おい、スコッパ! 人の真似すんなよ!」
「ま、真似ではありませんわ、失礼な! 貴方のは単なるミスキック、わたくしの蹴ったのはチップキック、ちゃんと狙った蹴り方ですわ!」
「外したら負けが近づくというこの状況でチップキックとはやりますね……」
「お嬢様の癖にどういうメンタルしてんのよ……」
「ウチなら蹴らないし蹴れない……並みの馬鹿じゃないわね」
キャプテン、聖良ちゃん、輝さん、三者三様ですが、健さんを称賛します。さあ、これでスコアは3対2で、健さんが一歩リード。竜乃ちゃんが追い込まれました。無言でボールをセットし、助走を取る竜乃ちゃん。凄まじいまでに集中した様子を見せます。リードを奪い、少し余裕を見せていた健さんも表情を変えました。そして何やら首を振りながら呟いています。
「(い、一体何ですの、このプレッシャーは? わたくしが圧されている?)い、いいえ、しっかりなさい、伊達仁健! 今まで欲しいモノは何でも自分で手に入れてきたでしょう? 勝利を掴むのよ……!」
笛が鳴って、竜乃ちゃんが走り出し、凄まじいスピードのボールがゴール右方向に飛んで行きました。軸足の向きとは逆の方向です。(決まった!)と私は思いました。ですが、ボールは健さんが両手でガッシリと掴んでいました。ゴールラインを割っていません。竜乃ちゃんの失敗、即ち健さんの勝利です。
「……や、やった! とうとうやりましたわ! あの龍波竜乃に勝ちましたわ!」
健さんがしゃがみ込んだ状態のまま両手でガッツポーズを取りました。興奮した様子で叫び続けています。
「このわたくしに掴めないものなどありませんわ! ふふっ、これで分かったでしょう、龍波竜乃! 貴女を超える女がここに居るということを! ……ん?」
健さんが何やら叫んでいる中、私たちはガックリと肩を落としている竜乃ちゃんの元に向かいます。竜乃ちゃんは私の顔を見て苦笑を浮かべます。
「へへっ、ビィちゃん、アタシ負けちまったぜ……」
「で、でも凄かったよ、特に最後のキックは! あれは止めた相手を褒めるべきだよ」
聖良ちゃんたちも彼女たちなりに、竜乃ちゃんを讃えます。
「1本目の時点ではもっと大差がつくかと思ったけど、案外粘ったんじゃないの?」
「練習の成果は良く出ていたと思いますよ。ねえ、コーチ?」
「誰がコーチよ……ま、まあ、ほとんど枠には飛んでいたのは良かったと思うわよ」
「ははっ、アリガトな、皆。アタシもこれからもっともっと……」
「ち、ちょっとお待ちになって下さる!?」
健さんが割り込んできました。
「なんだよ、スコッパ。お前の勝ちだよ、何か文句あんのかよ?」
「な、なにか、これだとわたくしが負けた雰囲気になっていませんこと? ……よし、決めましたわ! わたくしもサッカー部に入部致します! そ、その美しい友情っていうのかしら? それもわたくしが掴んでみせます! 宜しいですわね、主将さん!」
「あ、はい。歓迎しますよ」
「「えええぇぇぇ!!!!!!?」」
余りの急展開に私たちは驚きの声を上げてしまいました。
「い、良いんですか、キャプテン?」
「アタシが言うのもなんだけどよ、メンド臭いぞ~こいつ!」
「まあまあ、皆さんもご覧になったでしょう? センスの良さに、キックの精度の高さ、加えてGKまでこなせそうですし……これは面白いことになると思いますよ。」
「……キャプテン、何か貰ったんじゃない? 普通なら練習時間を削ってまで、こんなPK戦なんて許可しないでしょ」
輝さんの冷静な指摘に、キャプテンは一瞬ですが、真顔になりました。しかし、またすぐいつものニコニコ顔に戻りました。
「まさか。ちょっと地元を代表する名士と一介の商店街の人間が、地域の発展について前向きな話し合いをしただけですよ。さあ、練習を始めましょうか」
キャプテンは手を叩いて、皆を促します。私は……とりあえず空気を読むことにしました。
放課後、部室から練習着に着替えて出てきた竜乃ちゃんがうんざりした様に言いました。
「大変だったね……」
「あれ? 桃ちゃん、練習出るの? 捻挫平気なの?」
竜乃ちゃんに続いて、部室から出てきた聖良ちゃんが私に尋ねます。
「いやまだ一応様子を見ないとダメだから……キャプテンとマネージャーに聞きたいことがあってね。それが済んだら、今日は先に上がらせてもらうよ」
「そうなんだ」
そんなことを三人で話しながら、グラウンドに向かうと、黒の上下のトレーニングウェアに身を包んだ女の子が、準備運動をしながら待っていました。
「……おいスコッパ、何してんだよ?」
健さんが振り返って答えます。
「ああ、全く待ちくたびれてしまいましたわ。今度はサッカーで勝負と参りましょう!」
「なんでそうなるんだよ! もう決着は着いただろうが!」
「先程は確かにそうでしたわね。ただ負けっ放しというのは伊達仁家の女には許されませんの。わたくしは勝つまで貴女に挑み続けますわ!」
「さっきあんな醜態を晒したのに……鋼のメンタルね……」
聖良ちゃんが半分感心したように呟きます。
「しつけーんだよ! 練習の邪魔だから、今日はもう帰れよ!」
「その点についてはご心配なく。既に主将さんには話をつけてあります。なに、大してお時間はとらせませんわ」
「ぐ……だ、大体サッカー出来んのかよ、お前!」
「その点についてもご心配なく」
そう言って健さんは、足元にあったボールを軽く蹴り上げると、首を少し傾げ、自分の肩と頬の部分で落ちてくるボールを挟みこみました。
「ぬっ!」
「例えばこんなことも……」
健さんが自分と竜乃ちゃんの間に、ボールを転がします。そして両の足でボールを前後に挟んで擦りあげるようにして、ボールを浮かせます。さらに踵を使って、ボールを自らの背中から頭上に蹴り上げます。放物線を描いたボールは竜乃ちゃんの頭上も通過します。健さんは竜乃ちゃんの脇を走り抜けて、ボールを膝でトラップします。
「ヒールリフト!」
「今のやられると大分屈辱よね……」
「ぐぬぬ……!」
「伊達仁家の教育方針として、幼少時に一通りの習い事やスポーツは学びます。ご覧のようにサッカーも大抵の技術は習得済みですわ」
「基本技術に関しては竜乃より圧倒的に上ね……」
「さて、どうしましょうかしらね……一昨日の試合を見る限り、単純なテクニックなら勝負になりませんわね……」
「何だと⁉ 見てやがったのかよ⁉」
「あの時のギャラリー……!」
「ああ、そういえばそこのお団子の貴女。試合を見たところ、貴女がこのチームの中心のようですわね。何か上手い対決方法は無いかしら?」
「え? そ、そうですね……う~ん、PK対決とか……?」
「! それは名案ですわ! では竜乃さん、PK戦で勝負と参りましょう!」
「よっしゃ! 受けて立つぜ!」
その場の思い付きで言ったら、大変なことになってしまいました。
ペナルティースポット(PKを蹴る場所)にボールをセットした健さんがゴールマウス(ゴール前面の辺り)に立つ竜乃ちゃんに話しかけます。
「流石にお分かりかとは思いますが、PK戦とは交互に5本ずつボールを蹴って、相手より多くゴールを決めた方が勝ち、というルールですわ。まあ、先に3本成功し、相手が3本失敗した場合は5本目までいかない場合もありますけども……」
「何でもいい! とにかく全部止めて、全部決めりゃ良いんだろ!」
竜乃ちゃんはそう言って、キーパーグローブをはめた両手をバンバンと叩きます。ちなみにグローブは脇中さんから借りました。
「……ではマネージャーさん、開始の笛をお願い致しますわ」
「……先攻、1本目です!」
マネージャーが笛を吹きます。
「止められるものなら止めてごらんなさい……!」
そう呟いて、健さんが短めの助走から、右足を振り抜きます。鋭く速いシュートがゴール左上に突き刺さりました。
「上手い! インフロント(足の親指の付け根あたり)を使って蹴った!」
「普通PKでインフロントはあまり使わないけどね、上に吹かしちゃうかもしれないし。しかもあの際どいコースを狙うなんて……度胸も技術もあるわね」
聖良ちゃんも素直に感心しています。
「オ~ホッホッホ! 全部止めるのではなくて?」
「くっ、次だ、次!」
「確かに反応はしていたわね」
いつの間にか輝さんが私たちの隣に立っていました。キッカーとキーパーが入れ変わって、今度は健さんがゴールマウスに立ちます。健さんはキーパーグローブを自前で用意したようです。両手を広げて、やや前傾姿勢を取ります。構え方はなかなか様になっています。
「さあ、来なさい!」
笛が鳴って、竜乃ちゃんがボールを蹴りました。強烈なシュートがゴールネットに突き刺さります。健さんは一歩も動くことが出来ませんでした。
「よし! これで同点だ!」
「な、なんですの? 今のシュートは?」
健さんは驚きを隠せません。
「……正直、ほぼ正面でコースは甘かったけど、抑えはきいていたわね」
「昨日の練習後、付きっ切りで教えていましたものね」
キャプテンがこれまたいつの間にか、輝さんの隣に来ていました。
「人聞きの悪いこと言わないで……アイツが教えろってしつこいから教えただけよ」
「ふふ、まあそういうことにしておきましょうか」
2本目先攻、健さんの番です。今度は1本目とは逆の方向であるゴール右上にインステップで良いシュートを放ちましたが、竜乃ちゃんが横っ飛びでこれを弾き出しました。
「なっ……」
「止めたぜ!」
これには健さんだけでなく、見ている私たちも驚きました。
「へへっ、どうよスコッパ! PKってのはな、軸足の向きで大体蹴る方向が予測出来るんだよ!」
誇らしげに話す竜乃ちゃん。頭を抑える輝さん。笑うキャプテン。
「ネタばらししてどうすんのよ……」
「ふふっ、それにしても今のを止めたのは凄いですよ」
キャプテンの言った通りです。健さんのシュートは良いコースに飛んでいました。予測がついていたとはいえ、防いだのは凄いことです。2本目の後攻、竜乃ちゃんが蹴ります。
「おりゃ!」
「どうぉ!」
「なにっ?」
なんと今度は健さんが、竜乃ちゃんのシュートを弾きました。輝さんが再び頭を抑えます。
「なにっ……じゃないわよ……またほぼ正面じゃない。コースを狙えって言ったのに……」
「で、でも止めたのは凄いですよ」
「止めたっていうかほとんど当たったって感じだけどね、ただ竜乃のあの凶悪なシュートにビビらないで向かっていくのはあのお嬢様も大した根性ね……」
聖良ちゃんはまた健さんに感心したようです。これで1対1、次は3本目になります。健さんの放ったシュートは竜乃ちゃんの逆を突きました。
「ぬぉっ!」
「今、軸足の向きとは逆に蹴った!」
「言うほど簡単なことじゃないし、竜乃の反応速度も踏まえて即アジャスト(適応)してきたわね。ホント何なのよ、あのお嬢様……」
聖良ちゃんはまたまた感心したようです。後攻、竜乃ちゃんの蹴る番です。
「軸足の逆と見せかけて、そのままと見せかけ……」
何やらブツブツと呟いてから助走に入りました。嫌な予感しかしません。
「! どわぁっ⁉」
「はあっ?」
竜乃ちゃんが蹴る瞬間にバランスを崩し、当たり損ねのボールが転々とゴール中央に転がっていきました。横に飛んだ健さんにとっては意表を突かれた形となりました。
「み、見たか! 裏をかいてやったぜ!」
「う、嘘をおっしゃい! 絶対に蹴り損じでしょう!」
輝さんが遂に両手で頭を抱えてしまいました。キャプテンは更にニコニコ顔です。
「余計なこと考えるからそうなるのよ……」
「ゴルフで言う『ダフった』ってやつですね。本番でなくて良かったです。」
何はともあれ結果オーライで竜乃ちゃんが追い付き、スコアは2対2。4本目に入ります。健さんがまたもや軸足の向きとは逆方向にシュートを放ちました。しかし……
「せいっ!」
「! な、何ですって……」
竜乃ちゃんが超人的な反応を見せ、シュートをストップしました。
「と、止めた!」
「今、逆を突くだけでなくじゃなくて、アウトフロント(足の外側の指の付け根あたり)で蹴ったわよね。外側に逃げていくボール。それを止めるとか……」
聖良ちゃんが半ば呆れた様子で竜乃ちゃんを見つめます。
「これで龍波さんがやや有利になってきましたね」
「余計なことをしなければね」
後攻、竜乃ちゃんの蹴る番です。今度は無言で集中しています。笛が鳴ると同時に、走り出してシュートを放ちました。右方向に強烈なボール。健さんも手を伸ばしますが届きません。ですが、ボールはゴールポストを叩きました。
「うぉっ! マジかよ……」
竜乃ちゃんが肩を落とします。輝さんとキャプテンが冷静に分析します。
「余計なことは考えなかったけど、コースを狙い過ぎたわね」
「しかし、コースがもっと甘かったら、伊達仁さんの手が届いていましたよ」
これで2対2のまま、最後の5本目になりました。まずは先攻の健さんの蹴る番です。今までより少し長めに助走を取りました。笛が鳴ると、ゆっくりと走りはじめ、鋭く右足を振り抜きました。しかし、ボールはゆっくりとした弧を描いて、ゴール中央に吸い込まれていきました。強いシュートが来ると予測していた竜乃ちゃんは横に飛んでいました。竜乃ちゃんの3本目とちょうど逆の構図です。
「おい、スコッパ! 人の真似すんなよ!」
「ま、真似ではありませんわ、失礼な! 貴方のは単なるミスキック、わたくしの蹴ったのはチップキック、ちゃんと狙った蹴り方ですわ!」
「外したら負けが近づくというこの状況でチップキックとはやりますね……」
「お嬢様の癖にどういうメンタルしてんのよ……」
「ウチなら蹴らないし蹴れない……並みの馬鹿じゃないわね」
キャプテン、聖良ちゃん、輝さん、三者三様ですが、健さんを称賛します。さあ、これでスコアは3対2で、健さんが一歩リード。竜乃ちゃんが追い込まれました。無言でボールをセットし、助走を取る竜乃ちゃん。凄まじいまでに集中した様子を見せます。リードを奪い、少し余裕を見せていた健さんも表情を変えました。そして何やら首を振りながら呟いています。
「(い、一体何ですの、このプレッシャーは? わたくしが圧されている?)い、いいえ、しっかりなさい、伊達仁健! 今まで欲しいモノは何でも自分で手に入れてきたでしょう? 勝利を掴むのよ……!」
笛が鳴って、竜乃ちゃんが走り出し、凄まじいスピードのボールがゴール右方向に飛んで行きました。軸足の向きとは逆の方向です。(決まった!)と私は思いました。ですが、ボールは健さんが両手でガッシリと掴んでいました。ゴールラインを割っていません。竜乃ちゃんの失敗、即ち健さんの勝利です。
「……や、やった! とうとうやりましたわ! あの龍波竜乃に勝ちましたわ!」
健さんがしゃがみ込んだ状態のまま両手でガッツポーズを取りました。興奮した様子で叫び続けています。
「このわたくしに掴めないものなどありませんわ! ふふっ、これで分かったでしょう、龍波竜乃! 貴女を超える女がここに居るということを! ……ん?」
健さんが何やら叫んでいる中、私たちはガックリと肩を落としている竜乃ちゃんの元に向かいます。竜乃ちゃんは私の顔を見て苦笑を浮かべます。
「へへっ、ビィちゃん、アタシ負けちまったぜ……」
「で、でも凄かったよ、特に最後のキックは! あれは止めた相手を褒めるべきだよ」
聖良ちゃんたちも彼女たちなりに、竜乃ちゃんを讃えます。
「1本目の時点ではもっと大差がつくかと思ったけど、案外粘ったんじゃないの?」
「練習の成果は良く出ていたと思いますよ。ねえ、コーチ?」
「誰がコーチよ……ま、まあ、ほとんど枠には飛んでいたのは良かったと思うわよ」
「ははっ、アリガトな、皆。アタシもこれからもっともっと……」
「ち、ちょっとお待ちになって下さる!?」
健さんが割り込んできました。
「なんだよ、スコッパ。お前の勝ちだよ、何か文句あんのかよ?」
「な、なにか、これだとわたくしが負けた雰囲気になっていませんこと? ……よし、決めましたわ! わたくしもサッカー部に入部致します! そ、その美しい友情っていうのかしら? それもわたくしが掴んでみせます! 宜しいですわね、主将さん!」
「あ、はい。歓迎しますよ」
「「えええぇぇぇ!!!!!!?」」
余りの急展開に私たちは驚きの声を上げてしまいました。
「い、良いんですか、キャプテン?」
「アタシが言うのもなんだけどよ、メンド臭いぞ~こいつ!」
「まあまあ、皆さんもご覧になったでしょう? センスの良さに、キックの精度の高さ、加えてGKまでこなせそうですし……これは面白いことになると思いますよ。」
「……キャプテン、何か貰ったんじゃない? 普通なら練習時間を削ってまで、こんなPK戦なんて許可しないでしょ」
輝さんの冷静な指摘に、キャプテンは一瞬ですが、真顔になりました。しかし、またすぐいつものニコニコ顔に戻りました。
「まさか。ちょっと地元を代表する名士と一介の商店街の人間が、地域の発展について前向きな話し合いをしただけですよ。さあ、練習を始めましょうか」
キャプテンは手を叩いて、皆を促します。私は……とりあえず空気を読むことにしました。
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