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序章

第12話(1)魔王の懐刀

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                  拾弐

「……おい、早くしろ!」

「分かってる! 怒鳴るな!」

 長身の男に怒鳴られた小柄な男が怒鳴る。

「お前ら、騒ぐな! 気付かれるだろう!」

 怒鳴り合う男たちを太った男が怒鳴る。

「そういうお前が一番声出してんだよ!」

 太った男を痩身の男が怒鳴る。

「お前らなあ……!」

 また違う男が静かに怒りを示す。4人の男が黙る。

「……」

「なんのために夜に忍び込んだと思ってんだよ……」

「「「「すんません! サブリーダー!」」」」

「だから声がデケえよ……!」

「まあまあ、そう怒るな……」

 サブリーダーと呼ばれた男の肩を違う男がポンポンと叩く。

「しかしですね、リーダー……」

「ここはだだっ広い地下街の端っこだ、警備の目も届かねえよ……」

 リーダーと呼ばれた男が人通りのない地下街を指し示す。ここは『東海道』の道都名古屋、通称『地京(ちきょう)』と呼ばれる場所である。日本が内乱状態に陥ってから、東海道政府は名古屋の防備を固めるため、元々広かった地下街をさらに拡張し、都市機能をほとんどそこに移した。つまりかつての名古屋市のほぼ全域を地下に移したのである。広大な、いや、あまりにも広大過ぎる地下都市は中枢や重要施設などの守備は堅いものの、その末端部分までには、警備が完璧には行き届いてはいなかった。

「それはそうですが……」

「まあ、のんびりと作業しようや……」

「のんびりしている場合か? コソ泥ども……」

「! 誰だ⁉」

 男たちが視線を向けると、黒く綺麗な総髪で、顔立ちも美しく、女性かと思うほど整っているが、体つきは筋骨隆々という、アンバランスな男が立っていた。

「コソ泥に名乗るつもりはない……」

 総髪の男は綺麗な柄の着物を翻しながら、コソ泥たちに近づいていく。

「コ、コソ泥だと……言ってくれるじゃねえか」

「他に言いようがないだろう? コソコソと店から盗んでいるのだから」

「う、うるせえ!」

「早くも言葉が尽きたか、ボキャブラリーまで貧困とは救いようがないな……」

「ひ、貧困だと……!」

「事実を指摘したまでだが?」

「う、上での暮らしがどれだけ過酷かも知らねえくせに!」

「だからと言って、下から盗んで良い理由にはならない」

「む……」

「言葉に詰まったか、愚かというのは悲しいな……」

「くっ、この野郎!」

 リーダーが刀を抜く。

「リ、リーダー!」

「お前ら、こいつをやっちまえ!」

「へい!」

 痩身の男が斬りかかる。

「ふん!」

「がはっ!」

 痩身の男の首を総髪の男が返す刀で斬る。

「動きは悪くなかったが、相手が悪かったな……」

「お、俺がやる! 俺の首には届かねえだろう!」

 長身の男が襲いかかる。

「むん!」

「ぐはっ!」

 長身の男の頭を総髪の男がいつの間にか持ち替えていた槍で突く。

「得物を替えて正解だったな……」

「こ、今度は俺だ! 俺の脂肪は槍では貫けねえぞ!」

 太った男が飛びかかる。

「せい!」

「もはっ!」

 太った男を総髪の男がこれまたいつの間にか持ち替えていた斧で叩き切る。

「力を込めればどうということはない……」

「お、俺の出番だ! 俺の素早さについてこれるかな⁉」

 小柄な男が飛び跳ねる。

「えい!」

「むはっ!」

 小柄な男を総髪の男がまたまたいつの間にか取り出した弓矢で射抜く。

「ウサギを狩るようなものだ……」

「お、お前ら!」

「リ、リーダー! ここは逃げて下さい!」

「す、すまん、サブリーダー!」

「逃がすと思うか……?」

「矢なら俺が叩き落とす!」

 サブリーダーが刀を取り出す。

「そい!」

「どはっ!」

「なっ……⁉」

 逃げるリーダーの背中を総髪の男がまたもいつの間にか持ち替えた銃で撃ち抜く。

「逃げる判断自体は悪くないが、決断が遅い……」

「リーダー! くっ……」

 サブリーダーが唇を噛む。総髪の男が告げる。

「余罪も多そうだな……お前だけは生かしておいてやる。大人しくお縄につけ……」

「な、なめるなよ! 誰がお前なんかの言うことを……!」

「はあ、仕方がないな……」

 総髪の男がため息をつき、銃をしまって、サブリーダーに近づく。サブリーダーが笑う。

「はっ! 馬鹿が! 得物を複数持っているのはてめえだけじゃねえんだよ!」

 サブリーダーが刀を納め、拳銃を取り出し、総髪の男に銃口を向ける。

「ほい!」

「だはっ⁉」

 拳銃が暴発する。サブリーダーが手を抑えながら、信じられないという表情を浮かべる。

「……種明かしをしてやる。こいつを飛ばして、銃口を塞いだ」

 総髪の男が指で石をつまんでみせる。

「い、石だと⁉ ふざけやがって!」

「ふざけてない。投石は古来より有効な戦い方だ……それっ!」

「んはっ!」

 総髪の男が大きく振りかぶって、さきほどより大きな石を投げつける。スピードに乗った石はサブリーダーの額に直撃し、サブリーダーは悶絶する。

「俺だ……S‐6エリアにコソ泥一人と死体五体だ。回収を頼む……」

 総髪の男は懐から端末を取り出し、連絡を取る。サブリーダーが呻くように尋ねる。

「ろ、六種の武器を使い分ける……お前はまさか……?」

「そのまさかだ。小森亜嵐(こもりあらん)、ブタ箱で話のネタにしろ……」

「『魔王の懐刀』! そんな奴に出くわすとは運がねえ……」

「その懐が……まったく、どこに行ったんだか……」

 亜嵐が周囲を見回しながら頭をかきむしる。
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