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第1章

第12話(3)怪物対お嬢様

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「むう……」

「大丈夫ですか⁉」

 ヴィオラが恋に尋ねる。恋が答える。

「大丈夫ではないわね……」

「もしや怪我が再発……?」

「いや、そこまで大げさなものじゃないけれど……ちょっと張り切り過ぎちゃったわね」

 恋が苦笑交じりに呟く。

「も、申し訳ない……」

 心配そうに寄ってきた泉が恋に向かって頭を下げる。

「ああ、全然気にしないで良いから……」

 恋が立ち上がって、右手を左右に振る。

「で、でも……」

「この程度の接触はよくあるものでしょ?」

「はあ……」

 泉がその場から離れる。恋がヴィオラの方に顔を向ける。

「……正直な話、ここで無理はしたくないから交代するわ」

 恋がヴィオラに告げる。

「ええ、それが良いと思います……」

 ヴィオラが頷く。

「真珠ちゃんと代わるわ」

「それでは、私がフィクソに……」

「いや、真珠ちゃんにお願いするわ」

「ええっ⁉」

 恋の言葉にヴィオラが驚く。

「そんなに驚くことかしら?」

「い、いや、不慣れなポジションでの起用は……」

「真珠ちゃんならなんとかするわ……その……野性的なアレで……」

「またもや希望的観測じゃないですか……」

 ヴィオラが呆れ気味に呟く。

「だけど、あの娘にフィジカル面で対抗出来そうなのは真珠ちゃんくらいでしょ?」

 恋が空のことを指し示す。ヴィオラも首を縦に振る。

「そ、それはそうかもしれませんが……」

「フォローはヴィオラちゃんがしてあげて。魅蘭ちゃんだけ前目にポジションを取って、後の3人は自陣にこもってディフェンスを優先……円ちゃんが疲れてきたら雛子ちゃんと代えるようにするから……お願いね」

 恋がゆっくりとした足取りでピッチを出る。

「……」

 恋が倒れたこともあり、横浜プレミアムは1分間のタイムアウトを取った。横浜プレミアムのメンバーはピッチサイドで給水している。泉が気まずそうにしている。

「港北、気にするな、故意じゃないのは誰が見ても分かる」

 コーチが声をかける。泉が頷く。

「は、はい……」

「と、言っているそばからなんなんだが、青葉と交代だ」

「はい……」

「……追いかける展開になった。ここで攻撃に重心をかけねばならない……青葉、出来る限り本牧にボールを集めるようにしろ」

「まあ、当然そうなりますわね……」

 瑠璃子が頷く。コーチが空に対して視線を向ける。

「本牧……これまでマッチアップする相手は百合ヶ丘だったが……次からの相手は誰であろうとスケールダウンするはずだ。そろそろ頼むぞ……!」

「う~ん、勝ち逃げされたような気がするな~」

「切り替えろ、個人の優劣よりもチームの勝利だ」

「ああ、分かっているよ……」

 紅の言葉に空が真剣な顔で頷く。

「三ツ沢もボールを本牧に集めろ」

「………」

 コーチの言葉にカンナが若干不満気な表情になる。

「おい、返事はどうした?」

「……はい、分かりました」

「惑星の周りを衛星的に動いてくださる? 相手を出来る限り引き付けるように」

 瑠璃子が空のことを指し示しながら、カンナに注文を付ける。

「ああ、分かったよ、お嬢様の仰せの通りに」

 カンナが頷く。

「コーチ、自分もポジションを上げてもよろしいでしょうか?」

 紅がコーチに尋ねる。

「カウンターが気になるところだが……鶴見、その辺のケアは任せてもいいな?」

「どーんと任せといてください!」

 奈々子が力強く頷く。コーチが紅に向き直って告げる。

「若干不安だが……まあいい、高めにポジションを取って、向こうを相手陣内に押し込め」

「分かりました!」

「よし、まずは同点だ! 追いつけば相手は必ず浮足立つ。お前らの底力を見せろ!」

 コーチが檄を飛ばし、横浜プレミアムのメンバーがピッチに戻る。試合が再開される。

「む、9番をフィクソに……?」

 ボールをキープした瑠璃子が、空のマークに真珠がついたことを確認する。

「真珠さん、無理はしないで!」

「そもそもが結構な無茶ぶりなんだよなあ……」

 ヴィオラの声掛けに対し、真珠が苦笑交じりの小声で応える。

「お嬢、よこせ!」

 カンナがピッチを右サイドから左サイドへ斜めに走りながら、ボールを要求する。川崎ステラのメンバーがそのダイナミックな動きに一瞬だが釣られてしまう。瑠璃子が微笑む。

「ふん、上出来です……わ!」

「はっ⁉」

 瑠璃子の鋭いスルーパスが、カンナの走った方向とは逆の方向に出される。

「よしっ!」

 空がそのパスに反応して走り出す。

「し、しまった!」

 真珠が慌てて追いかける。

「……!」

 パスは若干長く、前に飛び出した最愛が滑り込んで、ペナルティーエリアのラインぎりぎりのところで手で抑える。ぶつかりそうになった空は急ブレーキをかけるように止まり、倒れ込んだ最愛の体をポンポンと叩く。

「ナイスキーパー~」

「ど、どうも……」

「知っている?」

「え?」

「フォワードには、一試合で三回はゴールチャンスがあるんだってさ……」

「そ、それはサッカーの話では?」

「フットサルも似たようなもんでしょ」

「そ、そうでしょうか……」

 ボールを持ったまま、最愛がゆっくりと立ち上がる。バックステップをしながら空が呟く。

「つまり、三回中二回決めれば、逆転出来るってことだよ……」

「むっ……」

「まあ、前回みたいにハットトリックしちゃっても良いんだけどね~」

 空が笑いながら話す。

「……それは無理です」

「うん?」

「すべて、わたくしが止めてみせます! 今日は貴女に1点も許しません!」

 最愛が空をビシっと指差して宣言する。

「~♪ 言ってくれるね~」

 空が口笛を鳴らして応える。

「溝ノ口さん!」

 ヴィオラがボールを呼び込む。

「はい!」

 最愛がボールをスローして、ヴィオラに渡す。

「それっ!」

 ヴィオラがダイレクトで前方に走る魅蘭へとパスを出す。

「させん!」

「なっ⁉」

 高い位置にポジションを取っていた紅がボールをカットする。

「青葉!」

 紅がすかさずボールを瑠璃子に預ける。

「ふむ……!」

「ああっ⁉」

 瑠璃子が目線とは逆方向にパスを出す。今度は左サイドから右サイドに走り込んだカンナがボールを受ける。円がなんとか追いつく。

「円さん! 外に出してもいいです!」

「うん!」

 最愛の指示に円が頷き、ボールを外に蹴り出そうとする。

「そうはさせるかよ!」

 カンナがボールをキープしながらコーナーの方へ逃げる。

「良いぞ! ゴールから遠ざけろ!」

 真珠が声を上げる。

「ドリブルさせる前に挟み込みますわよ!」

「うん‼」

 魅蘭も急いで戻ってきて、円と二人でカンナを挟み込もうとする。

「ドリブルだけだと思うな……よ!」

「おあっ⁉」

 カンナが振り向き様に絶妙な浮き球をゴール前に送る。予想外のプレーに川崎ステラのメンバーの反応が遅れてしまう。

「ナイスボール!」

 これに反応していた空が地面に叩きつけるお手本のようなヘディングシュートを放つ。

「むん!」

「!」

 強力なシュートだったが、最愛がなんとかこれを抑え込む。

「ナ、ナイスだぜ!」

 真珠が最愛に声をかける。

「カウンターですわ!」

 魅蘭が左サイドを走り出す。

「はい‼」

 立ち上がった最愛がすぐさまボールを、魅蘭に向かって投げ込む。

「ナイスですわ!」

「こっち!」

 ピッチ中央でヴィオラがボールを要求する。

「それっ!」

「お願いします!」

 魅蘭からのパスをヴィオラがダイレクトで左サイドの前方に流す。

「これまたナイスですわ!」

 空いたスペースに魅蘭が猛然と走り込む。

「そうはさせねえよ!」

「のあっ!」

 ゴールマウスから飛び出した奈々子が魅蘭へのパスをカットする。

「おらおらっ!」

 ボールを持った奈々子が大胆にもドリブルで川崎ステラ陣内へと侵入する。

「カットだ、ヴィオラ!」

「取れば1点ものだよ!」

「言われなくても!」

 真珠や円の声掛けよりも早く、ヴィオラがボールを奪いに行く。

「な~んちゃってな!」

 奈々子がボールを後方に下げる。センターライン付近にいた瑠璃子にボールが渡る。

「……それっ!」

 瑠璃子がすぐさま左サイド前方に浮き球を送る。そこには紅が走り込んでいた。

「頼むっ!」

 紅がヘディングでボールをゴール前に折り返す。そこには真珠のマークを外した空が待ち構えていた。真珠が思わず舌打ちする。

「ちぃっ⁉ 釣られちまった!」

「よっし!」

 空が左足でダイレクトボレーを放つ。

「ふん!」

「‼」

 至近距離からの強烈なシュートだったが、最愛はこれもキャッチする。

「ナ、ナイスセーブ!」

 円が最愛に声をかける。奈々子が慌ててゴールに戻ろうとする。

「や、やべえ!」

「お願いします‼」

 立ち上がった最愛がヴィオラにボールを投げ込む。

「ナイスです! それっ!」

「させませんわ!」

 ヴィオラが遠目からゴールを狙うが、瑠璃子が体を張ってそれを防ぐ。

「ナイスだ、お嬢!」

 奈々子が上に上がったボールをヘディングで一旦外に出す。魅蘭が拾おうとするが強いボールだったために拾い切れず、ボールはサイドラインを割る。魅蘭に当たったため、横浜プレミアムのキックインになる。瑠璃子が素早く再開しようとするが、その前に川崎ステラが円と雛子の交代を行い、流れを一旦止める。瑠璃子が舌打ちする。

「ちいっ……!」

「お嬢どけ! そらっ!」

 瑠璃子を押し退けたカンナがキックインを行う。意表を突かれた川崎ステラのメンバーはまたもや反応が遅れてしまう。川崎ステラのゴール前で空が浮き球を胸でトラップする。

「真珠さん! 体を寄せて!」

「わ、分かってらあ!」

「全然関係ないね!」

 真珠が体を寄せるが、そんなことはお構いなしに空がオーバーヘッドシュートを放つ。

「ぬん!」

「⁉」

 右足での豪快なシュートだったが、これも最愛がキャッチする。

「ナ、ナイスキーパー!」

 ヴィオラが思わず感嘆の声を上げる。

「それっ‼」

 最愛がボールをキックする。鋭いボールが抜け出した魅蘭に通る。紅が慌てる。

「し、しまった‼」

「くっ! 止めてやらあ!」

 ゴールマウスに戻っていた奈々子が果敢に前へと飛び出して、シュートコースを狭める。

「な~んちゃってですわ……!」

「むうっ⁉」

「ナイスパース!」

 魅蘭が横にパスを出す。走り込んでいた雛子がこれを難なく押し込む。これでスコアは5対3。そこからしばらくして試合終了のホイッスルが鳴る。川崎ステラの勝利である。
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