【第1章完】お嬢様はゴールキーパー!

阿弥陀乃トンマージ

文字の大きさ
上 下
23 / 50
第1章

第6話(2)お嬢様、漕ぐ

しおりを挟む
「まったく、急に神奈川県遠征だなんて、恋はいつも急なのよね……」

 雛子がぼやく。

「……」

「大型連休の予定がほぼ全部埋まっちゃったじゃないの……」

 雛子が腕を組む。

「………」

「まあ、川崎では連戦連勝だし、相手してくれそうなところがもうほとんど無いといえば無いのだけどね……」

 雛子が首をすくめる。

「…………」

「なによ、さっきから黙り込んじゃって」

 雛子が最愛に話しかける。

「いえ、思えば遠くへきたものだなと思いまして……」

 最愛が周囲を見回す。

「それはそうね……と言っても、ぎりぎり神奈川県内だけどね」

「わたくし、川崎以外では都心くらいしか行ったことがないもので……」

「は?」

 雛子が目を丸くする。

「初めての遠出かもしれません……」

「しゅ、修学旅行とかは?」

「そういえば、京都の方には行きましたね」

 最愛が思い出したように呟く。

「そ、そうでしょう……」

「でも、それくらいですね……」

 最愛が顎に手を当てて考え込む。

「こ、こういうことを聞いたらあれかもしれないけど……」

「はい?」

「か、家族旅行とかは?」

 雛子が恐る恐る尋ねる。

「ああ、それでしたら……」

「なんだ、やっぱりあるんじゃないの」

 雛子がほっとする。

「海外の方に……」

「はっ⁉」

「百回はくだらないかと……」

「はあっ⁉」

「よく行きますね」

「ハ、ハワイとか?」

「ハワイ?」

 最愛が首を傾げる。雛子が驚く。

「そこで首を傾げる⁉」

「もっぱら地中海ですね」

「もっぱら地中海⁉」

「ええ」

 最愛が頷く。

「一切の嫌みなく言ってくれるわね……」

「何か気に障りましたか?」

「いいや、超のつくお嬢様だということをあらためて認識したわ」

「様だなんて……尊敬されるべきは親やご先祖様です」

「謙虚!」

 雛子が思わずのけぞる。

「どうかされましたか?」

「い、いや……でもなんでまたこんな湖に?」

 雛子は目の前に広がる湖を指差す。

「この相模湖は戦後日本で最初に出来た人造湖だそうです」

「え⁉ 人造湖⁉」

「はい」

「そうなんだ……」

「そうなのです」

「で? ここで何を?」

「あれを……」

 最愛が指差した先にアヒルのボートがある。

「ア、アヒル?」

「スワンボートです」

「いや、それは分かるけど……あれがどうしたの?」

「あれに雛子さんと一緒に乗ってきたらどうかと百合ヶ丘さんが……」

「は、はあっ⁉」

「そのようにご提案を受けたので……」

「な、なんでアタシなの?」

「……さあ?」

 最愛が目線を一瞬、雛子の頭に向けてから首を傾げる。

「い、今一瞬、アタシの髪型が鳥っぽいからだろうなって思ったでしょ⁉」

 雛子が頭を抑える。最愛が首を左右に振る。

「……いいえ」

「いいや、絶対そう思った!」

「とにかく一緒に乗ってボートを漕ぎませんか?」

「嫌よ!」

「どうして?」

「あ、ああいうのって、いわゆる、カ、カップルで楽しむものでしょ⁉ なんでアンタとアタシで乗らなきゃいけないのよ!」

「駄目ですか?」

「駄目よ!」

「……どうしてもですか?」

 最愛が小首を傾げるようにして再度尋ねる。

「~~! し、仕方ないわね! 乗るわよ!」

「良かった……!」

 最愛が笑顔を浮かべ、自らの胸の前で両手を合わせる。

「か、勘違いしないでよね! あくまでもお互いの親交を深めるためなんだから!」

「ええ、それはもちろん分かっています」

「あ、そ、そう……」

「それでは乗りましょう」

「え、ええ……」

 この後、最愛と雛子は滅茶苦茶足漕ぎボートを漕いだ。その数時間後……。

「……!」

 最愛が相手のシュートを止める。

「最愛、こっち!」

 雛子が前方に走りながらボールを要求する。

「雛子さん!」

 最愛がボールを素早く投げ込む。

「ナイス!」

 ボールを受けた雛子が相手をかわし、シュートを放つ。ボールはゴールネットを揺らす。

「やった! ナイスゴールです! 雛子さん!」

「なんだか足取りが軽い……ひょっとしてさっきの足漕ぎボートが良いウォーミングアップになったってこと⁉」

 雛子が恋の方を見る。

「……え?」

「違うわよね! ただ面白がっただけでしょ!」

 半笑いで首を傾げる恋に雛子は声を上げる。川崎ステラは遠征初戦を勝利した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【完結】カワイイ子猫のつくり方

龍野ゆうき
青春
子猫を助けようとして樹から落下。それだけでも災難なのに、あれ?気が付いたら私…猫になってる!?そんな自分(猫)に手を差し伸べてくれたのは天敵のアイツだった。 無愛想毒舌眼鏡男と獣化主人公の間に生まれる恋?ちょっぴりファンタジーなラブコメ。

M性に目覚めた若かりしころの思い出

kazu106
青春
わたし自身が生涯の性癖として持ち合わせるM性について、それをはじめて自覚した中学時代の体験になります。歳を重ねた者の、人生の回顧録のひとつとして、読んでいただけましたら幸いです。 一部、フィクションも交えながら、述べさせていただいてます。フィクション/ノンフィクションの境界は、読んでくださった方の想像におまかせいたします。

水曜日の子供たちへ

蓮子
青春
ベンヤミンは肌や髪や目の色が他の人と違った。 ベンヤミンの住む国は聖力を持つ者が尊ばれた。 聖力と信仰の高いベンヤミンは誰からも蔑まれないために、神祇官になりたいと嘱望した。早く位を上げるためには神祇官を育成する学校で上位にならなければならない。 そのための試験は、ベンヤミンは問題を抱えるパオル、ヨナス、ルカと同室になり彼らに寄り添い問題を解決するというものだ。 彼らと関わり、問題を解決することでベンヤミン自身の問題も解決され成長していく。 ファンタジー世界の神学校で悲喜交々する少年たちの成長物語 ※ゲーム用に作ったシナリオを小説に落とし込んだので、お見苦しい点があると思います。予めご了承ください。 使用する予定だったイラストが差し込まれています。ご注意ください。 イラスト協力:pizza様 https://www.pixiv.net/users/3014926 全36話を予定しております

処理中です...