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第1笑

ツカミ

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 ツカミ

「待ってや! 何がアカンねん!」

 真っ金々の金髪を振り乱しながら女の子が叫ぶ。その叫びを受けて歩いていた男の子が立ち止まり、振り返って口を開く。

「……ねん」

「え? なんやって?」

「……んや」

「だからなんやねん! よう聞こえへんねん!」

「ほなな……」

 男の子がまた正面を向いて歩き出す。

「ちょ、ちょっと待てって!」

 女の子が走って追いかける。運動神経は悪くない方だ。しかし、どれほど走っても、歩いている男の子の背中に追いつかない。むしろ、遠ざかっているような感じだ。

「……」

「ウチら、うまくいってたやん! 何が気に入らんかったんや⁉ ウチが悪いんか⁉ それやったら教えてくれ! 直すから!」

「………」

 女の子が再び叫ぶ。男の子はその声が聞こえているはずなのに、振り向こうとしない。女の子は段々と腹が立ってきた。

「ああ、そうか! せやったらええわ! 好きにしたらエエがな!」

「…………」

 男の子はどんどんと歩いていく。女の子は慌てる。

「ちょ、ちょっと待て! ホンマに好きにするやつがおるか、アホ!」

「……はあ」

 男の子が振り返る。顔は霞がかかっていて、女の子からはその表情はよく見えない。

「な、なんや……」

「……もうお終いや。元気でな……」

「ま、待てって! ウチらええコンビやったやん!」

「……………………」

 男の子がまた離れていく。どんどんとその背中が見えなくなっていく。

「はっ!」

 女の子がバッと目を覚ます。

「……またこの夢か」

 女の子はボサボサの黒い髪を手で撫でながら、眼鏡をかけて、小声で自らに言い聞かす。

「アホかウチは……もう忘れろ……」

 女の子は起き上がると、テキパキと準備を終え、朝食を食べ、家を出る。

「行ってきます~」

 女の子は近くの港へと向かう、港には中型のフェリーが停泊していた。女の子はそのフェリーに乗る。やや時間が空いてから、フェリーが出航する。女の子は窓際の席に座る。

 女の子は窓から穏やかな瀬戸内海をぼうっと眺める。既に数度、フェリーに乗っての通学は経験しているので、新鮮味はもう薄れていた。ただ、この海の眺めは好きになれそうなのは幸いだなと思った。目覚めに見た悪い夢のことも頭の片隅へと追いやった。

 アナウンスとともに、フェリーがある島の港に停泊する。女の子は降りる。そこからしばらく歩いていき、小高い丘を登ると大きな学校が目の前に現れる。『私立瀬戸内海学院(しりつせとないかいがくいん)』と記された銘板が校門に設置されている。引っ越してくる前までもネットで地図を眺めながらこの辺ではかなり大きな島だということは認識していたが、まさかここまで大きな高校まであるとまでは知らなかった。通っている生徒もかなり多い。

「……まあ、目立たんかったら大丈夫やろ」

 女の子は小声で呟き、校門に向かう。校門まわりが何やら騒がしい。

「新入生はサッカー部へ!」

「柔道部でともに鍛え上げよう!」

「軽音楽部入ろうぜ!」

「吹奏楽部入りませんか~」

 昨日入学式を終えた新入生に対し、部活やサークルの勧誘合戦が早速始まっている。この女の子は自らのことは2年生だとアピールしつつ、その勧誘の輪を潜り抜けていく。

「……もっともこんな女には誰も声かけへんわな……」

 女の子は自嘲気味に笑う。女の子はさっきの夢とはうって変わって、黒い髪を三つ編みにし、眼鏡をかけている。オブラートに包んだ言い方をすれば、『地味』な恰好だ。ただ、それで良かった。卒業までの二年、何事もなく、平穏無事に過ごすことさえ出来れば……ただそれだけが望みであった。女の子は輪を通り抜けていく。背中に声が聞こえたが気にしない。

「ふう……」

 女の子は輪を抜けた、これでいい。面倒な部やサークルなどの活動はまっぴら御免だ。丘の上から綺麗な海が見える。女の子は思い切り両手を伸ばす。花のJKライフの始まりだ。

「あ、あの!」

「ん?」

 振り返ると、ビラを持った眼鏡の男子が息を切らし、追いかけてきた。嫌な予感が……。

「はあ……はあ……『ツインスマイル』の突込笑美さんですよね?」

「ツッコミちゃう凸込(とつこみ)や! 凸込笑美(とつこみえみ)や!」

 名前を呼ばれた笑美は校門付近にも響き渡るようなエエ声でツッコミを入れてしまった。笑美は頭を抱える。JKライフ、早々と終了のお知らせである。
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