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第1章
第6話(2)怪しげな宗教の勧誘
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「……」
ぼんやりとした週末を過ごしてしまった次の月曜日のお昼休み、わたしは学食にいた。学食はお腹を空かせた学生たちでワイワイガヤガヤとしている。
「はあ……」
わたしのため息は誰にも聞こえない。隣に座っている人を除けば。
「どうしました?」
白髪をなびかせているイケメン、明石家天馬さんが微笑みかけてくる。
「いえ……」
わたしは首を静かに横に振る。
「なにか悩み事でもあるのならご相談に乗りますが?」
「いいえ……」
わたしは再度、首を横に振る。
「自らの中に溜め込んでしまうのはよくないですよ?」
「本当になんでもないんですよ」
「なんでもない人はため息をつかないと思いますよ」
「そういう時だってあるでしょう」
「それは『ひと息つきたい』、もしくは『ひと息入れたい』時だと思います」
天馬さんはコップに注いだ水を一口含む。
「む……」
「ため息をつくと幸せが逃げてしまうと言うではありませんか」
「幸せ……」
「自らの幸福を追求することをやめてはいけません」
「はあ……」
わたしは首を捻る。
「? そんなに難しいことを言いましたか?」
「いえ……なんだか……」
「なんだか?」
「あれみたいですね」
「あれ?」
天馬さんは首を傾げる。
「怪しげな宗教の勧誘みたいですよね」
「ふふっ、近くのファミレスにでも移動しますか?」
天馬さんはわたしの言葉を軽く受け流す。怪しげなという部分を強調してみたのだが。
「ちっ……」
「今度は舌打ち……よくないですよ」
聞こえていたのか。心の中で舌打ちする。
「ふう……」
「またため息……やはりなにか悩み事があるのではないですか?」
「いや、ないですよ……」
「よく考えてみてごらんなさい」
「ありますね」
「は、早いですね……」
わたしの食い気味の返答に天馬さんはやや面食らう。
「目下の悩み事というか、困っていることがあります」
「ほう、良ければお聞かせ願えませんか?」
「この状況です……!」
わたしは両手を広げ、自らの前の方に差し示す。それなりに混雑しているにも関わらず、わたしの前の席には誰も座っておらず、わたしと天馬さんが並んで座っている様子を、多くの女子生徒が遠巻きに見守っているのだ。天馬さんが自らの顎をさする。
「そう言われると確かに……妙ですね。空いている席にお座りになれば良いのに……」
「……天馬さんのせいだと思います」
「ええ? ぼくの?」
天馬さんは自らを指差して、不思議そうにする。
「……自覚が無いのですね」
「生憎、さっぱり……よろしければご教授願えますか?」
「いえ、別に大したことではありませんよ」
「はあ……そうですか……」
『あなたがイケメンでなおかつ、目立ってしょうがない格好をしているから注目の的になっているんですよ』、ということをいちいち教える必要はないと思った。イケメンをイケメンと素直に褒め称えるのもなんとなく鼻につく。そして、女子生徒の大半、いや、恐らくほぼ全員が、『誰、あの女?』、『なんでアンタなんかがイケメンと並んで食事してんのよ』、的なことを考えているだろうからだ。間違いない。まあ、少々被害妄想が過ぎるかもしれないが……。
「……そろそろ失礼します」
わたしが席を立とうとする。
「まだ昼休みの時間は残っていますよ?」
「最初の数分を妖退治に使ってしまったので、その分、教室でゆっくりしたいんです」
そう、今日も妖を祓ったのである。今日は一つ目小僧が現れた。巨大化して一つ目入道にならなかっただけ良かったが。
「いやいや、なかなかの手際の良さでしたよ……」
「そんなに褒められても嬉しくないです」
「着々と一流の妖ハンターへの階段を上ってらっしゃいますね……」
「上っていませんし、妖ハンターはダサいからやめてください」
「! む、むう……」
天馬さんはダサいと言われたことにショックを受けている。
「……とにかく、失礼しますよ」
わたしは再び席を立とうとする。
「あ、ああ、ちょっとお待ちください」
「……なにか?」
「連絡先の交換については……」
「お断りします」
「ええ、不必要ですね」
「ええ……ええっ⁉」
戸惑うわたしの顔を見て、天馬さんは微笑を浮かべる。
「静香さんは人一倍妖を引き付けやすい体質になられているわけですから……密に連絡を取らなくても、妖を追いかければその場で出会えますからね……ふふっ……」
「ええ……」
なんか嫌だな……そして、ナンパだと思って、食い気味に断った自分が恥ずかしくなってきた。さっさっとこの場を後にしよう。わたしは今度こそ席を立とうとする。
「ああ、ちょっとお待ちください。お友達の紹介を……」
「はあ? そういうのはちょっと……」
友達は案外多い方だ。同姓のわたしから見ても可愛い娘はいる。しかし、本人の了承を得ずに紹介するというのはどうも……。イケメンだから歓迎されるかもしれないが……。天馬さんはわたしの考えを察して話を続ける。
「……せっかくですが、女の子のお友達は別の機会に。ぼくが興味あるのは、あなたに声をかけてきた四人の男たちです」
「ええっ⁉」
「友達の輪は広げておきたいですからね……」
天馬さんは頭の上に両手で輪をつくる。
ぼんやりとした週末を過ごしてしまった次の月曜日のお昼休み、わたしは学食にいた。学食はお腹を空かせた学生たちでワイワイガヤガヤとしている。
「はあ……」
わたしのため息は誰にも聞こえない。隣に座っている人を除けば。
「どうしました?」
白髪をなびかせているイケメン、明石家天馬さんが微笑みかけてくる。
「いえ……」
わたしは首を静かに横に振る。
「なにか悩み事でもあるのならご相談に乗りますが?」
「いいえ……」
わたしは再度、首を横に振る。
「自らの中に溜め込んでしまうのはよくないですよ?」
「本当になんでもないんですよ」
「なんでもない人はため息をつかないと思いますよ」
「そういう時だってあるでしょう」
「それは『ひと息つきたい』、もしくは『ひと息入れたい』時だと思います」
天馬さんはコップに注いだ水を一口含む。
「む……」
「ため息をつくと幸せが逃げてしまうと言うではありませんか」
「幸せ……」
「自らの幸福を追求することをやめてはいけません」
「はあ……」
わたしは首を捻る。
「? そんなに難しいことを言いましたか?」
「いえ……なんだか……」
「なんだか?」
「あれみたいですね」
「あれ?」
天馬さんは首を傾げる。
「怪しげな宗教の勧誘みたいですよね」
「ふふっ、近くのファミレスにでも移動しますか?」
天馬さんはわたしの言葉を軽く受け流す。怪しげなという部分を強調してみたのだが。
「ちっ……」
「今度は舌打ち……よくないですよ」
聞こえていたのか。心の中で舌打ちする。
「ふう……」
「またため息……やはりなにか悩み事があるのではないですか?」
「いや、ないですよ……」
「よく考えてみてごらんなさい」
「ありますね」
「は、早いですね……」
わたしの食い気味の返答に天馬さんはやや面食らう。
「目下の悩み事というか、困っていることがあります」
「ほう、良ければお聞かせ願えませんか?」
「この状況です……!」
わたしは両手を広げ、自らの前の方に差し示す。それなりに混雑しているにも関わらず、わたしの前の席には誰も座っておらず、わたしと天馬さんが並んで座っている様子を、多くの女子生徒が遠巻きに見守っているのだ。天馬さんが自らの顎をさする。
「そう言われると確かに……妙ですね。空いている席にお座りになれば良いのに……」
「……天馬さんのせいだと思います」
「ええ? ぼくの?」
天馬さんは自らを指差して、不思議そうにする。
「……自覚が無いのですね」
「生憎、さっぱり……よろしければご教授願えますか?」
「いえ、別に大したことではありませんよ」
「はあ……そうですか……」
『あなたがイケメンでなおかつ、目立ってしょうがない格好をしているから注目の的になっているんですよ』、ということをいちいち教える必要はないと思った。イケメンをイケメンと素直に褒め称えるのもなんとなく鼻につく。そして、女子生徒の大半、いや、恐らくほぼ全員が、『誰、あの女?』、『なんでアンタなんかがイケメンと並んで食事してんのよ』、的なことを考えているだろうからだ。間違いない。まあ、少々被害妄想が過ぎるかもしれないが……。
「……そろそろ失礼します」
わたしが席を立とうとする。
「まだ昼休みの時間は残っていますよ?」
「最初の数分を妖退治に使ってしまったので、その分、教室でゆっくりしたいんです」
そう、今日も妖を祓ったのである。今日は一つ目小僧が現れた。巨大化して一つ目入道にならなかっただけ良かったが。
「いやいや、なかなかの手際の良さでしたよ……」
「そんなに褒められても嬉しくないです」
「着々と一流の妖ハンターへの階段を上ってらっしゃいますね……」
「上っていませんし、妖ハンターはダサいからやめてください」
「! む、むう……」
天馬さんはダサいと言われたことにショックを受けている。
「……とにかく、失礼しますよ」
わたしは再び席を立とうとする。
「あ、ああ、ちょっとお待ちください」
「……なにか?」
「連絡先の交換については……」
「お断りします」
「ええ、不必要ですね」
「ええ……ええっ⁉」
戸惑うわたしの顔を見て、天馬さんは微笑を浮かべる。
「静香さんは人一倍妖を引き付けやすい体質になられているわけですから……密に連絡を取らなくても、妖を追いかければその場で出会えますからね……ふふっ……」
「ええ……」
なんか嫌だな……そして、ナンパだと思って、食い気味に断った自分が恥ずかしくなってきた。さっさっとこの場を後にしよう。わたしは今度こそ席を立とうとする。
「ああ、ちょっとお待ちください。お友達の紹介を……」
「はあ? そういうのはちょっと……」
友達は案外多い方だ。同姓のわたしから見ても可愛い娘はいる。しかし、本人の了承を得ずに紹介するというのはどうも……。イケメンだから歓迎されるかもしれないが……。天馬さんはわたしの考えを察して話を続ける。
「……せっかくですが、女の子のお友達は別の機会に。ぼくが興味あるのは、あなたに声をかけてきた四人の男たちです」
「ええっ⁉」
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天馬さんは頭の上に両手で輪をつくる。
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