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「あら、随分と懐かれているのね」
 暫くラストハート公爵家に滞在することになったアレクに息子ゼノは早々に懐いた。あの絵葉書を度々寄越してくれたのが彼だと知って随分と興奮した様子だ。
「では砂漠というものを見たこともあるのですか!?」
 楽しそうに嬉々として尋ねるゼノを鬱陶しがることもなく、アレクは何だって答えた。元々が博識な人間であるし、思えばなんとなく息子は昔のアレクとかぶるところがある。
(…他の歳の子よりも成長が早いように思うけれど、血かしら)
 カレン自身は聡明と言われた程度だったが、父やアレク、そして叔父も父に比べては劣ったもののそれなりに優秀だったと聞く。夫の家系もそのようだし、遺伝もあるのかもしれない。
「ゼノ、あんまり質問ばかりしていては駄目よ。怪我人なのだから療養しなければならないのに」
「あ、ごめんなさい…」
 しょぼんと顔を伏せた少年の頭を愛おしそうに撫でる。
「構わない。嬉しいものだな、自分の知識を誰かに分け与えることが出来るというのは」
 本当に嬉しそうにアレクが目を細めるものだからなんだか不思議な気持ちになってしまう。
「貴方、私にも色んなことを教えてくれたじゃない」
 今の自分の知識の八割は彼や彼の家庭教師であった先生から教えてもらったと言っても過言ではない。それほどに自分にとって彼は生活を占めていたのだ。
「お前は成長するにつれて一を言えば十を理解したからな。教え甲斐がなかった」
「まぁ、良い生徒だったとも言えるわ。けれど貴方の説明って分かりやすいから、ずっと教師に向いているって思ってたわ。学園でもあまり勉強の出来ない子に試験前付きっきりで教えていたでしょう?貴方の個別授業、人気だったじゃない」
 随分と自由奔放で素行も褒められたものでもないのに成績だけは良かった彼を妬む者は少なくなかった。けれど困っている人が居れば無条件で当たり前のように手を差し伸べる彼を慕っていた者も少なくなかったはずだ。家を出た際に全て縁を切ってしまったようだけれど。
「──教師か。そういえば、夢は見たことがなかったな。当たり前に決まっていたから」
 貴族の長男が自分のなりたい職業を夢見ることはない。生まれた時から期待を背負い生きてきたのに、それを裏切ることなど出来やしないからだ。
「ゼノは夢はあるのか」
 不意に尋ねたアレクに息子は笑顔で答える。
「僕はお父様のように立派な人になりたいです!あと、お母様みたいに綺麗なお嫁さんが欲しいです!」
「それは良い。きっと彼なら、どんなことでもお前の希望を尊重して話を聞いてくれる。…良かったよ、本当に、カレンが結婚したのがあの男で」
 呟くアレクの瞳が濡れていて、いつか貴方も、というのを言いかけてやめた。


 そんな風に三人で笑い合っていた私たちを、使用人の二人が見て話したことを私は知らなかった。
「奥様とあの男、どうやら恋仲らしいわよ。ゼノ様も、見て。あの男にそっくりだわ」
「えぇっ、じゃあ奥様は愛人を家に連れ込んでいるの!?」
 そんな話をしていたことを、そしてその話がきっかけで、ある事実を知ることになるなど、思いもしなかった。
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