夫に離縁が切り出せません

えんどう

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「え?お前、何も聞いてないのか?」
 お互いに気持ちを落ち着かせて少し間を置いた後、私の夫が何処へ行ったか知っているかという問いにアレクはギョッとした顔をした。
「何もって…私、ついさっき目覚めたのよ」
「あぁそっか、そりゃそうだよな。体調はもう良いのか?」
「貴方は私より自分の心配をしてくれないかしら。もう少し自分の身体を大事にするべきだわ、それに…」
 放っておけば小言が始まると察したのか慌てて彼は口を開いて言葉を止めさせた。
「お前の旦那すげぇな。ほら、まともに関わったことなかったんだけど」
「…そうね」
 幼馴染が夫と初めてまともに顔を合わせたのは、あの日、私がアレクの部屋に入り浸っていると知られた時だ。その後からしつこく会わせろと言っていたが、あれが自分への愛情と彼への嫉妬だというのならそれはそれでむず痒くなる。ただ心地が悪くないのは感じたことのない胸の温かさが嫌ではないから。
「それで、旦那様がどこへ行かれたかご存知なの?」
「──俺が迷惑をかける前に出て行くと言ったら、もう迷惑はかかっているから気にするなと。俺も随分とここへ来るまでに目立った自覚はあるからな、恐らく親父殿が追ってくるだろうしと思ったんだが」
「それもそうね、おじ様がすぐにでも取り戻しに来そうだけれど」
 だが今のところそんな話は聞いていないし、屋敷で騒ぎがあった様子もない。ということはまだ耳に届いていないのか、それとも。
「だからお前の旦那が衝突する前にって実家に乗り込んでった」
「…はい?」
「俺の身柄を保護することと、完全に縁を切る旨を伝えてくると」
「旦那様が!?」
 どうしてそこまで、と目を丸くしたカレンは部屋の扉が開いたことに気付かなかった。
「あのおじ様相手にそんなこと…」
「目が覚めて何よりだ。ただいま、俺の奥さん」
「旦那様!?」
 突然肩をたたかれたものだから驚きで肩を跳ね上げてしまう。
「ブラックリード伯爵と話してきたよ。最も、ろくな話し合いにはならなかったが…」
「ご無事ですか!?」
 アレクを取り戻す為ならどんな手段も厭わなかった叔父のことだ。彼がここに居ると知ればシークを拘束して人質に取ることすら有り得ただろう。
「取り敢えず彼の身柄はこちらで預かると告げた。もし無理に連れ戻そうとするのなら誘拐罪で兵を動かすこともな。随分と憤慨していたがあちらにも外聞がある、暫くは手出ししてくることもないだろう。俺は無事だから案ずるな」
「そこまでの面倒をかけてしまい、本当に申し訳ない」
 頭を下げたアレクに夫はほんの少し小さなため息を吐いて私の肩を抱いた。
「正直、彼女に俺より大切なものがあることは気に食わん。それが他の男だということにも嫉妬する、が」
 仕方なさそうに笑ったシークに見惚れてしまうのも仕方ないのではないだろうか。
「俺は俺の最愛の人の全てを受け止めると決めた。カレンの記憶の中にある人間ごと愛するよ。それで君が帰る場所は俺の元だと思ってくれるなら、今の君を作った全てを愛そう」
 きっとそれは容易なことではないはずだ。それでもそうすると断言した夫に、こんな人に、惚れない人が居るのなら連れてきて欲しい。
 ドクドクとうるさい心臓は、いつか、アレクに抱いたものと酷似していた。
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