夫に離縁が切り出せません

えんどう

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 アレク以外に話す人などいない。アレク以外に親しい人もいない。アレクがいなければ、私は何をすることもなく、毎日時間を潰して生きるだけの日々。
 私の全ては、彼で回っていたのだ。

 抜け殻のようにただぼうっと時間を潰していた私にある日差し出されたのは、無地の封筒だった。
「お嬢様。差出人が記載されておらず旦那様から捨てるように言付かっていたのですが、…どうなさいますか?」
「…貸して」
 珍しいこともあるものだ。私には今まで手紙の類が届いたことなどほとんどないし、と良く聞くような脅迫文でも入っているのだろうかと恐る恐る開けて、私は息を飲んだ。
 綺麗な、息を呑むほど綺麗な絵葉書。沢山の色が細かく散らばったどこかの風景。
[お前も幸せになれ]
 見慣れた文字で書かれたその一文に涙が出た。あぁ、彼は幸せになれたのだ。狭い世界を飛び立って、未知への世界に自ら足を踏み入れて。
 私には彼のようには出来ない。けれど、それでも。

「お父様、お話があります」
 例え彼と同じように出来なくても、私の人生は私のものだ。こういうものだと割り切って、自分の意思など持たないようにしていた。けれど、こんなに狭い世界から飛び立って、後ろを振り向かないで良くなった人が、それでも私のためを思ってこれを送ってくれたのだから。
 私は家を捨てることも名を捨てることもできない。それでも自分の行く末を自分で決めることくらいは、私にだって出来るはずだ。
 大切なことに気づかないふりをして目を背けて、大切な人を傷付けて縛ったのは私が無力だったから。
 無力だと思い込んで、何かをしようとしなかったから。同じ年の彼はあんなにも長い間戦って、そうして今、夢見ていた世界をその瞳に映しているのだろう。
「…カレンか。なんだ?」
「お父様、ステューとの縁談は無いことにして下さい」
 それが私の初めての父への反抗だった。今まで何を言われても「承知しました」と頭を下げた私の、初めて父に対する反抗。
 父は怒るでもなく、ただちらりとこちらを見て、また卓上に視線を戻した。
「理由は?」
「──アレクに捨てられた上に今度はその弟と結婚なんて、何が好きで、そんなことをする必要が?一度目はお父様の言う通りにしました。二度目の結婚相手は、自分で決めます」
 捨てられたなど思ってもいない。彼は最後まで私のことを気にかけてくれた。
  長い沈黙の後に彼は小さく「わかった」と言った。
「だが半端な家の者は許さん。それからお前に来た縁談をはねのける事も無い」
「…承知しました。ありがとうございます」
 案外あっさり通った要求に驚いたのは、私の言葉を聞き入れてくれるなど思わなかったから。
(もしもっと早くに、私がこうしてこの人に言葉をかけていたら)
 興味がないんだろうと背を向けるのではなく、自ら向き合ったなら。
 そんな、考えても仕方のないことを考えてしまうのはどうしてだろうか。
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