40 / 56
本編
40
しおりを挟むアレク以外に話す人などいない。アレク以外に親しい人もいない。アレクがいなければ、私は何をすることもなく、毎日時間を潰して生きるだけの日々。
私の全ては、彼で回っていたのだ。
抜け殻のようにただぼうっと時間を潰していた私にある日差し出されたのは、無地の封筒だった。
「お嬢様。差出人が記載されておらず旦那様から捨てるように言付かっていたのですが、…どうなさいますか?」
「…貸して」
珍しいこともあるものだ。私には今まで手紙の類が届いたことなどほとんどないし、と良く聞くような脅迫文でも入っているのだろうかと恐る恐る開けて、私は息を飲んだ。
綺麗な、息を呑むほど綺麗な絵葉書。沢山の色が細かく散らばったどこかの風景。
[お前も幸せになれ]
見慣れた文字で書かれたその一文に涙が出た。あぁ、彼は幸せになれたのだ。狭い世界を飛び立って、未知への世界に自ら足を踏み入れて。
私には彼のようには出来ない。けれど、それでも。
「お父様、お話があります」
例え彼と同じように出来なくても、私の人生は私のものだ。こういうものだと割り切って、自分の意思など持たないようにしていた。けれど、こんなに狭い世界から飛び立って、後ろを振り向かないで良くなった人が、それでも私のためを思ってこれを送ってくれたのだから。
私は家を捨てることも名を捨てることもできない。それでも自分の行く末を自分で決めることくらいは、私にだって出来るはずだ。
大切なことに気づかないふりをして目を背けて、大切な人を傷付けて縛ったのは私が無力だったから。
無力だと思い込んで、何かをしようとしなかったから。同じ年の彼はあんなにも長い間戦って、そうして今、夢見ていた世界をその瞳に映しているのだろう。
「…カレンか。なんだ?」
「お父様、ステューとの縁談は無いことにして下さい」
それが私の初めての父への反抗だった。今まで何を言われても「承知しました」と頭を下げた私の、初めて父に対する反抗。
父は怒るでもなく、ただちらりとこちらを見て、また卓上に視線を戻した。
「理由は?」
「──アレクに捨てられた上に今度はその弟と結婚なんて、何が好きで、そんなことをする必要が?一度目はお父様の言う通りにしました。二度目の結婚相手は、自分で決めます」
捨てられたなど思ってもいない。彼は最後まで私のことを気にかけてくれた。
長い沈黙の後に彼は小さく「わかった」と言った。
「だが半端な家の者は許さん。それからお前に来た縁談をはねのける事も無い」
「…承知しました。ありがとうございます」
案外あっさり通った要求に驚いたのは、私の言葉を聞き入れてくれるなど思わなかったから。
(もしもっと早くに、私がこうしてこの人に言葉をかけていたら)
興味がないんだろうと背を向けるのではなく、自ら向き合ったなら。
そんな、考えても仕方のないことを考えてしまうのはどうしてだろうか。
73
お気に入りに追加
6,343
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

口は禍の元・・・後悔する王様は王妃様を口説く
ひとみん
恋愛
王命で王太子アルヴィンとの結婚が決まってしまった美しいフィオナ。
逃走すら許さない周囲の鉄壁の護りに諦めた彼女は、偶然王太子の会話を聞いてしまう。
「跡継ぎができれば離縁してもかまわないだろう」「互いの不貞でも理由にすればいい」
誰がこんな奴とやってけるかっ!と怒り炸裂のフィオナ。子供が出来たら即離婚を胸に王太子に言い放った。
「必要最低限の夫婦生活で済ませたいと思います」
だが一目見てフィオナに惚れてしまったアルヴィン。
妻が初恋で絶対に別れたくない夫と、こんなクズ夫とすぐに別れたい妻とのすれ違いラブストーリー。
ご都合主義満載です!
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
私は貴方を許さない
白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。
前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。

貴方誰ですか?〜婚約者が10年ぶりに帰ってきました〜
なーさ
恋愛
侯爵令嬢のアーニャ。だが彼女ももう23歳。結婚適齢期も過ぎた彼女だが婚約者がいた。その名も伯爵令息のナトリ。彼が16歳、アーニャが13歳のあの日。戦争に行ってから10年。戦争に行ったまま帰ってこない。毎月送ると言っていた手紙も旅立ってから送られてくることはないし相手の家からも、もう忘れていいと言われている。もう潮時だろうと婚約破棄し、各家族円満の婚約解消。そして王宮で働き出したアーニャ。一年後ナトリは英雄となり帰ってくる。しかしアーニャはナトリのことを忘れてしまっている…!

あなたが選んだのは私ではありませんでした 裏切られた私、ひっそり姿を消します
矢野りと
恋愛
旧題:贖罪〜あなたが選んだのは私ではありませんでした〜
言葉にして結婚を約束していたわけではないけれど、そうなると思っていた。
お互いに気持ちは同じだと信じていたから。
それなのに恋人は別れの言葉を私に告げてくる。
『すまない、別れて欲しい。これからは俺がサーシャを守っていこうと思っているんだ…』
サーシャとは、彼の亡くなった同僚騎士の婚約者だった人。
愛している人から捨てられる形となった私は、誰にも告げずに彼らの前から姿を消すことを選んだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる