33 / 56
本編
33
しおりを挟む「門の外で騒いでいる男がいると聞いて、私が確認をしに行ったんです。勿論取次などしないつもりだったのですが、あまりにも怪我が酷かったのと、譫言でずっと奥様の名前をお呼びするもので…」
アレクを屋敷に入れたという使用人達の謝罪にカレンは首を横に振った。
「ありがとう。貴方達はもう下がって。後は私が診ますから」
頭を下げて部屋を出て行く彼女たちを見送ってカレンはベッドに横たわるアレクの額に触れる。熱くて堪らなかった。包帯に滲み出る血が、あまりにも生々しかった。
何があったの、と今すぐにでも叩き起こして聞きたいことは沢山ある。けれどそんなことを躊躇うほどの大怪我にもう何も言うことなど出来なかった。
「旦那様。お医者様を呼んで頂き、ありがとうございました」
部屋の扉の枠にもたれかかっていた彼に振り返って礼を言うと、彼はやや時間を空けてから「あぁ」と言われた。
「…先ほど、私にこの男は私にとっての何なんだとお聞きになりましたね」
「あぁ、聞いたな。俺はまだ君からその答えを聞いていないように思うが」
「もうお察しとは思いますが」
先に断りを入れたのは、話す前に謝らねばならぬことがあるからだ。
「ゼノのことに託けておじ様──ブラックリード伯爵邸に行くように言ったのは、あわよくば彼が伯爵邸にいるのかどうかを確認して欲しかったからです」
「……正直、俺はもうどうすればいいのか分からない。君に怒りをぶつけるべきなのか、この男のことを問いただすべきなのか、もう分からないんだよ」
「私は旦那様が思うよりもきっと、ずっと、最低な人間です」
目的の為ならどんな手段を使ったって厭わなかった。シークと別れるために子作りに励むことだって、その子供を産んだって。
子供を十月十日この腹のなかに宿していた間だって、私はこの屋敷を出た後どこを旅しよう、なんて呑気に考えていたくらいには清々しい屑だった。
この子供の母親になることを考えもしなかった。次の夫の再婚相手が勝手にやってくれるものだと信じて疑わなかった。
夫に愛人がいるだろう、と、それは私が理想を織り交ぜて作ったものだ。だってもしそうならば、私は罪悪感を感じずに済む。
夫が無口なままだったら良かった。未だに挨拶ひとつをすることもなく、今日あったことを話すでもなく、ただ顔を見ても何も交わさない日々が続けば、こんな風に苦しくはならなかったのだろうか。
「そんな私をまだ愛して、知りたいと、仰って頂けますか」
自分がどれほど愚かなことをしていたのか、気付いたのはゼノが初めて私のことを認識して呼んだ日だった。
「言ったはずだ。君を愛している、君のためならどんなことだってすると。それが他の男の為を思うことなら腹も立つし嫉妬もするが、知らぬうちに使われるよりは良い。どんなことを聞いたって君を愛している気持ちに嘘はない、変わることもない。だから話してくれないか」
そう言って困ったように微笑んだ彼は、あまりにも、私のようなつまらない者にはあまりに眩しすぎた。
47
お気に入りに追加
6,309
あなたにおすすめの小説
7年ぶりに帰国した美貌の年下婚約者は年上婚約者を溺愛したい。
なーさ
恋愛
7年前に隣国との交換留学に行った6歳下の婚約者ラドルフ。その婚約者で王城で侍女をしながら領地の運営もする貧乏令嬢ジューン。
7年ぶりにラドルフが帰国するがジューンは現れない。それもそのはず2年前にラドルフとジューンは婚約破棄しているからだ。そのことを知らないラドルフはジューンの家を訪ねる。しかしジューンはいない。後日王城で会った二人だったがラドルフは再会を喜ぶもジューンは喜べない。なぜなら王妃にラドルフと話すなと言われているからだ。わざと突き放すような言い方をしてその場を去ったジューン。そしてラドルフは7年ぶりに帰った実家で婚約破棄したことを知る。
溺愛したい美貌の年下騎士と弟としか見ていない年上令嬢。二人のじれじれラブストーリー!
契約結婚~彼には愛する人がいる~
よしたけ たけこ
恋愛
父親に決められた結婚相手には、他に愛する人がいた。
そして悲劇のヒロインは私ではなく、彼の愛するその人。
彼と彼女が結ばれるまでの、一時的な代役でしかない私の物語。
公爵令嬢の立場を捨てたお姫様
羽衣 狐火
恋愛
公爵令嬢は暇なんてないわ
舞踏会
お茶会
正妃になるための勉強
…何もかもうんざりですわ!もう公爵令嬢の立場なんか捨ててやる!
王子なんか知りませんわ!
田舎でのんびり暮らします!
愛する人と結婚して幸せになると思っていた
よしたけ たけこ
恋愛
ある日イヴはダニエルと婚約した。
イヴはダニエルをすきになり、ダニエルと結婚して幸せになれるものだと思っていた。
しかしある日、イヴは真実を知った。
*初めてかいた小説です。完全に自己満足で、自分好みの話をかいてみました。
*とりあえず主人公視点の物語を掲載します。11話で完結です。
*のちのち、別視点の物語が書ければ掲載しようかなと思っています。
☆NEW☆
ダニエル視点の物語を11/6より掲載します。
それに伴い、タグ追加しています。
全15話です。
途中、第四話の冒頭に注意書きが入ります。お気を付けください。
あなたの婚約者は、わたしではなかったのですか?
りこりー
恋愛
公爵令嬢であるオリヴィア・ブリ―ゲルには幼い頃からずっと慕っていた婚約者がいた。
彼の名はジークヴァルト・ハイノ・ヴィルフェルト。
この国の第一王子であり、王太子。
二人は幼い頃から仲が良かった。
しかしオリヴィアは体調を崩してしまう。
過保護な両親に説得され、オリヴィアは暫くの間領地で休養を取ることになった。
ジークと会えなくなり寂しい思いをしてしまうが我慢した。
二か月後、オリヴィアは王都にあるタウンハウスに戻って来る。
学園に復帰すると、大好きだったジークの傍には男爵令嬢の姿があって……。
***** *****
短編の練習作品です。
上手く纏められるか不安ですが、読んで下さりありがとうございます!
エールありがとうございます。励みになります!
hot入り、ありがとうございます!
***** *****
【完結】これからはあなたに何も望みません
春風由実
恋愛
理由も分からず母親から厭われてきたリーチェ。
でももうそれはリーチェにとって過去のことだった。
結婚して三年が過ぎ。
このまま母親のことを忘れ生きていくのだと思っていた矢先に、生家から手紙が届く。
リーチェは過去と向き合い、お別れをすることにした。
※完結まで作成済み。11/22完結。
※完結後におまけが数話あります。
※沢山のご感想ありがとうございます。完結しましたのでゆっくりですがお返事しますね。
貴方もヒロインのところに行くのね? [完]
風龍佳乃
恋愛
元気で活発だったマデリーンは
アカデミーに入学すると生活が一変し
てしまった
友人となったサブリナはマデリーンと
仲良くなった男性を次々と奪っていき
そしてマデリーンに愛を告白した
バーレンまでもがサブリナと一緒に居た
マデリーンは過去に決別して
隣国へと旅立ち新しい生活を送る。
そして帰国したマデリーンは
目を引く美しい蝶になっていた
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる