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本編

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「用が済んだのなら早く帰れ」
 迷惑だと言わんばかりのシークの言葉に、私は仕方がないと肩を竦めた。
「はい、旦那様」
 むやみやたらに王城内を歩き回るわけにもいかない。それに父がこの状態であったならおじ様もそれなりに忙しいはずだ。
(…そんな忙しい時にアレクを連れ戻したの?)
 確かにアレクに執着しているとはいえ、多忙期の高官の様子は父を見ての通りだ。普段の威厳はどこへやら、ただのどこにでもいる小汚いおっさんである。
「俺ももう仕事が終わるところだ。待っていてくれるのなら共に帰ることも出来るが」
「…私のせいで急かしてしまうのも何ですので、先に帰らせて頂きます。王子殿下、お声掛け頂きありがとうございました」
 シークと二人で帰るなんて冗談じゃない。またアレクのことに首を突っ込まれ──え?
「どうした?」
 向かいの廊下を呆然と見ていた私をシークが訝しげな表情で尋ねてくる。
 だって、見えたのだ。アレクの姿が、このいるはずのない王城で。
「…どうしてあの男が」
 ポツリとシークが呟く。どうやら私の視線を辿ったらしい。あぁやはり、彼で間違いない。何人もの者を付き従ぇ大きな扉の中に吸い込まれていくその姿に、私はすぐに向かおうと足を踏み出した。
 けれど行くことが出来なかったのは、強い力でシークが腕を引いたからだった。
「行くな」
 何を悠長なことを言っている。もしおじ様の家へ帰ってしまえばそれこそ会うことすら困難になる。特におじ様は私を嫌っているしアレクを唆す悪女とまで思っているのだ。
「離してください!」
 抵抗した私の耳元でシークが囁く。
「あそこは国王との謁見の間だ。それともなんだ、あの男が出てくるまで待つか?自分の立場を理解していないのか!君は俺の妻なんだぞ…!」
 確かに、勘当された今や平民となったアレクと関わることが良しとされていないのは分かっている。だからこそカレンは誰に言うこともなく忍んで会っていたのだ。
 けれど国王との謁見の間なんて、彼が望んだことでないのは分かる。出仕なんてしたくも無いと言った彼の笑う顔を思い出して、私はぐっと眉間に力を入れた。
「…何やら詳しいことが分かりませんが、私が中で様子を見てきましょうか?」
 不意にそんなことを言ったのは王子だった。え、と声を漏らせば、柔和な笑みで少年は謁見の間を指差す。
「確か今日の謁見の間はブラックリード伯爵からの頼みだったと父上が零していたから乗り気ではなさそうだったし、私が入っていっても特に問題はないでしょうから」
「王子、何を勝手に…」
「ですから夫人はどうぞこのまま公爵と共にお戻りを。貴女は思ったよりも溺愛されていますし、公爵は嫉妬狂いで心が狭いことで有名ですよ」
 王子の言葉に顔を上げれば、シークは否定の言葉は言わず「少しお黙りになった方がよろしいのでは」と王子を睨んだ。
「まぁ、こんなにも美しい奥方なのだからこんなに心が狭くなるのも頷けます。なにか、あの男に伝言があれば」
 頼んで良いのだろうか。けれど私があの場所でずっと待っていても、アレクと話せるとは限らない。少なくとも周りにいた男たちは護衛と言うよりは監視のようだった。
「…受け取った、とだけ、お伝え願えれば幸いです」
 お願い致します、と頭を下げたカレンに、王子は「承知した、お任せを」と頷いた。
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