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本編

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「騒がしいと思えば、…何やら奇妙な光景だな」
 扉を開けてその場の空気を変えたのは、とても高官とは思えない身嗜みの父だった。
「お父様」
「どうしてお前がここにいる」
 まさか分からない訳でもないだろうと思っていたけれど、どうやら本当に心当たりがないらしい。
(…先にアレクの家に確認に行くべきだった?)
 気が急いてこちらに先に来てしまったがもしかすると何か間違いなのかもしれない。
「…お着替えを、お持ち致しました」
 とりあえず取ってつけた笑みで笑いかければ、それこそ怪訝そうな顔をされた。
「お前が?」
「えぇ。久しぶりにお父様にお会いしたくて実家を訪ねたのに、こちらにこもりきりだとお聞きしたものですから、心配で心配で」
 勿論心配などしていないし、なんならさっさとくたばれというレベルである。国のため、屋敷のため、民のため?それらのために家族を犠牲にした父など、死んで仕舞えば良い。
 一度たりとも、私のことを見ようとしなかった。
「…何か仕込んでいないだろうな」
 ぼそりと呟いて恐る恐るといった風に服を受け取った彼も、どうやら私に嫌われていることは十分に理解しているらしい。
 本当に虫でも、なんなら毒でも仕込んでおけば良かったかなんて考えるが、こんな男の殺人容疑で連行されるなど真っ平御免である。
「ともかく礼を言う。…お前は目立つ、あまり城には来るな」
 そういえば、かつて少女時代に一度だけこうして服を届けに来たことがある。その時も同じようなことを言われた記憶があるのだが。
「別に無駄に着飾っているつもりはありませんが」
 そんなに派手なドレスだったかと自分の身体を見下ろせば、呆れたような眼差しが背けられた。
「もう良い。早く行け。…たかが父親の服を持ってくるのに何故王子や夫、挙句にこんな人だかりが出来るんだ」
 そんなのは私が知りたいけれど、早々に部屋へ引っ込もうとした父の腕を慌てて掴む。
「まだ何かあるのか」
 面倒臭そうに言い放った彼に、自分が落ち着くためにも出来るだけ笑みを絶やさずに言う。
「おじ様とお会いしたいんです。どちらに?」
 尋ねた途端、父は一瞬──本当に一瞬だけ、顔を引きつらせた。それがどういう類のものかは分からないけれど、いつも厳格だった父が思わず崩した表情。
「私は知らん」
「…そうですか。でしたら自分で探すことに」
「カレン。悪いことは言わない、今からでも関わるのはやめろ」
「ご忠告は頭に置いておくと言ったはずです」
「…知らんからな」
 身を翻した父が荒々しく扉を閉める。大嫌いな顔を見なくてはならなかった訳だが、来て良かった、と思えるほどには収穫があった。
 その一挙一動作まで見逃さずに見ていたのだ。
(前と変わらない。お父様は、アレクのことを知らない)
 夜会で父が言った言葉を思い出す。おじ様の、アレクへの執着は異常だ。
 ずっと天才だと言われてきた兄に比べられた自分に与えられた唯一の非凡がアレクだったのだろう。
 それでも、アレクの人生はアレクのものだ。幼い時に言いなりになった私たちではない。
 そもそも天才だと言われていたなら早々におじ様の性格矯正をしておいて欲しかった、とカレンは周りに聞こえぬように小さくため息を吐いた。
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