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本編
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しおりを挟む物凄い勢いで腕を引かれたと思えば、私の背中は誰かの胸の中に収まっていた。
「──どうして君がここにいる?」
その声に顔を上げ、普通に驚いてしまう。
「旦那様」
勿論夫であるシークがここに勤めているのは分かっているが、それにしたってこの広い城内で会うことなんてほぼゼロに等しいと思っていたのだ。
「どうしてこちらに」
父とは管轄が違うはずだし、こんなにタイミングよく現れるなんていうことはあるのだろうか。
「質問に質問で返さないでくれるか」
「あ…申し訳ありません。父にこれを渡すよう頼まれまして」
包みを軽く持ち上げた私に訝しげな視線を緩めることなく、シークはこちらを睨んだ。
「…それはなんだ?」
「着替えや諸々です。父に会えるかと一度実家に帰ったのですが、こちらで缶詰になっていると聞いたので」
「…義父上にわざわざ会いに帰った?何故?」
不可解に思うのは最もだろう。結婚した直後に実家と折り合いが悪いことは伝えていたし、今までも自分から実家に顔を出すことなどまずなかった。
ゼノの誕生日の日にシークが呼んでいたのは知っているが、会いたく無さすぎて体調が悪いと部屋に引っ込んだくらいだ。
そのくらい嫌っているのに何故、と言う疑問は最もなのだが。
「…用事がありまして」
ちらりと王子殿下の方を見ればらシークはそれ以上言わない。彼としても別にこんな公衆の面前で言い合いをしたいわけではないらしい。
「そうか。君が来ていると聞いたから慌てて来たんだ。けれど妬けてしまうな、俺には会いに来てくれないのに王子殿下とは談笑するなんて」
「談笑というか、ご挨拶をしていただけですわ」
私が来ていると聞いてわざわざ会いに来たのか。それならば納得、だが…。
(…私ってそんなに有名だったかしら?)
別に社交関係が広いわけでもない。何なら他の奥方に比べれば異常なほど少なく狭いはずだ。アレクと結婚するつもりだった私はあまり必要以上に殿方と関わる必要も無かったし、アレクの顔の造りが良すぎたせいで、女友達が出来ても彼と引き合わせることはなかった。──いや、何度かあったのだが、皆がアレクに恋をしたと言い出して厄介なことになったのだ。
とどのつまり、新たに婚約者を探していた一定の期間しか私は夜会に出なかったし、シークと関係が落ち着いてからは当たり前ながら不必要に外を出歩くことはなかった。
結婚してからもよく目立つシークの隣には立っていたが、私自身そこまで目立つ行動をしていない。
それなのに、着飾っていないのに、こんな地味な私を一目見てシークの妻だと分かるなんて。夜会の前に準備に何時間をかけていたことが馬鹿らしくなる。
そんなことを考えて私はふと周りの視線に気付いた。
(…何故こんなに人が集まっているのかしら)
まるで見世物のように出来る人集りがこちらを見ている。そんな様子を訝しむ私に、王子殿下は笑った。
「はは、どうやら噂に違わず溺愛されているのですね。安心して下さい、触れたのはその美しい指先だけですよ」
「──王子。どこであろうと私の妻に触れるのはやめていただけませんかね?君も、無闇に触らせるな」
そんな言葉に騎士の服を着た女性の方達がキャアキャアと声を上げている。
…どうして父に着替えを届けに来て、あと扉を開けば用は済むというのにこんなにおおごとになっているのか。
人垣を見て、私はただ「申し訳ございません」と謝ることしか出来なかった。
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