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本編

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 子供は家の為、ひいて当主である自分の道具であるという考えはもう随分と前から奥深くに根付いていた。
 父たちからすればそれに歯向い逆らう私やアレクの方が異端に見えるのだろう。
 それでも、私たちは耐えられなかった。都合よく家の駒になることも、便利な道具に成長した途端に態度を変えたおじ様のことも。


 久しぶりに訪れた実家は最後に見た時と何ら変わりなく、けれど使用人の顔触れは随分と変わっていた。
「おかえりなさいませ、お嬢様──いえ、カレン様」
 言い直したのは私が小さい頃から父の執事として仕えていたボルグだ。何でもないような態度で出迎えてくれたけれど、それでも顔には出ている。
「ごめんなさいね、急に来てしまって」
「いいえ。カレン様のご実家ですから、むしろ久しぶりにお会いできて嬉しく思います。ご結婚なされた時、もう会えないつもりでおりましたから」
「随分と使用人が入れ替わったようだけれど、貴方だけは残っていて安心したわ」
 ボルグは昔からトラブルメーカーのお父様の言葉に補語を入れ当たり障りのない言葉にしてくれる、よく出来た執事だった。彼がいなければ父はとうの昔に四面楚歌だったろう。かろうじて居場所があるのは彼のおかげだと、恐らくは父も理解しているはずだ。
「お嬢様が家を出られた日に、ほとんどの者は辞めましたから」
「…そう」
「一番の理由は古株が多く老後を地方で暮らすということでしたので、ご心配は要りません」
「それならいいのだけれど、久しぶりに会えると思っていたから驚いたわ。やはり寂しいものね」
「それを知ればあの者たちもすぐにでもこちらに戻って来るでしょう。よもや、お嬢様が実家に帰って来られるなど思いも……あ、いえ」
「いいのよ。その通りよ、帰りたいと思ったこともないのだけれど」
 むしろ結婚は家を出るための最大の理由となった。私は私が生まれ育った、アレクと過ごしてきたこの家が大嫌いだったから。
「どうしても用事があったのよ。お父様はいらっしゃるかしら?」
「旦那様は政務が滞っておられるとか、ここ数日ずっと城からお帰りになっておられません」
「…城?」
「はい。帰るのはまだ先になると、今朝連絡が。今日のうちにメイドが着替えをお渡しに伺う予定ですが、なにかお伝えすることがあれば」
 別に高官ともなれば年に数回は城に缶詰になるのは珍しくもない。そんな時に押しかけるのも迷惑だろう、が。
「──いいわ。着替えを持ってきて、私がお父様に直接届けるわ」
 そう言った途端のボルグの顔といえば、それはもう奇妙なものを見る表情だった。
「お嬢様、──ではなく、カレン様。もしやどこかお悪いので…?」
「失礼ね。気が向いただけよ」
「…そうですか。ではお願い致してもよろしいでしょうか?くれぐれも昔のように服に悪戯は」
「しないわよ!」
 いつまでも子供扱いしないでと睨めば、昔よりも随分とシワの増えた彼が笑って言う。
「貴女様はおいくつになられても、私どもから見れば目に入れても痛くないほど可愛いお嬢様ですから」
 きっと私の性格が少々ねじ曲がるだけで済んだのは、彼ら使用人のおかげだったのだろうと思う。決して家族にはなれない、あくまで雇う側と雇われる側の関係だったけれど、それでも私を大切にしてくれた。
 アレクの家にはそんなものは、いなかった。
 受け取った着替えの中に虫の幼虫でも忍ばせようかと考えたけれど、さすがに子供扱いするなと自分で言った手前、やめておいた。
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