夫に離縁が切り出せません

えんどう

文字の大きさ
22 / 56
本編

22

しおりを挟む


 夜会の日から、また私たちの間には気まずい空気が流れていた。前と違うのは、シークが申し訳なさのかけらも見せないことだ。一貫して自分は悪くないと態度で示してくる。
 どうせ何をしても平行線だ。それに何も知らないこの人に怒っている時間が無駄だと、カレンは早々に結論付けた。
「今回の件はお互い水に流しましょう。ただし、これから先は私や彼のことを他の方に聞くのはおやめください」
 夕食の席でそう言った私にシークは手を止めてこちらを見た。
「水に流す?」
「えぇ。この空気は周りの者に気を遣わせるだけです」
 ゼノの部屋にもピリリとした空気は行き渡っていた。使用人達はまるで腫れ物のように接してくるし、こうしている今だって、緊張した面持ちで見守っている。
 いくらか考えるような素振りを見せた後、彼は何かを思い付いたように口を開く。
「──友人がな、夫婦間である取り決めをしているそうだ」
 突然なんの話だろうと眉を寄せれば、彼は手に持っていたナイフとフォークを置いて、ワインを一気に飲み干した。
「旦那様、そんなに一気に煽られては」
 また酔ってしまうのではと心配したが、そんな心配は無用のようだった。そもそも今までだって飲んでいるのを見たことは何度かあるけれど、あの日のようにべろべろになったことはない。
 どれほど飲めばあんな風になるのか分からないけれど、少なくとも彼は酒に弱いわけではないようなので、尋常じゃない量を飲んだのだろう。
「あらかじめ二人でルールを決めるらしい。そう、面白いのが幾つかあったな。お茶会の時に他の人に夫婦間の悪口を言わないだとか、夜会への出席は双方同意のもと決めるだとか」
「あら、それはとても良いことですわね」
 お互いが勝手に了承して夜会のダブルブッキングなんて良く聞く話だ。双方が意見を尊重し合うそれはとても良いものなのではないだろうか。
「他にも色々言ってたな。そうそう、友人の方が随分と嫉妬深くてな、庭師とはいえ男と二人きりで話すのは禁止だとか」
「その奥方様は随分と愛されていらっしゃるのですね」
「あとはそうだな、当たり前だが、お互い恋人を作らないこと」
 その言葉にピクリと一瞬だけ手を止めてしまった私を、恐らく彼は悪いように取ったのだろう。
「…俺もな、随分と嫉妬深いようなんだ」
「旦那様」
「俺が君に求めるのはたった二つだ、わざわざルールにして明記する必要もない」
「…なんですか?」
「嘘をつかないことと、俺以外の男に触れないこと。…これだけだ」
 真っ直ぐにこちらを見据えた瞳に、私はほんの少し息を吐く。
 愛されているのだろうとは思う。実際に言葉にもしてくれた。けれど、私はそれを信じることは出来ない。
 他人を信用せずに生きてきた私が、今更夫だからという理由で気を許す理由にはならない。
 それでも彼なりに真摯に向き合おうとしているのに、そこから逃げるのはただの卑怯者のすることだ。けれどその前に確かめなければならないことがある。
「旦那様は、お父様に私とアレクのことを尋ねたそうですね」
「…あぁ」
「お父様はなんとお答えになられましたか?」
「……君の、元婚約者だと」
 あぁやっぱり、そういう風に答えたのか。
(あの糞爺)
 心の中で口汚く罵ってしまうのは、もう癖になってしまった。
 悪気はないのだ。あの人は無意識のうちに物事を拗れさせる、いわば天然トラブルメーカー。悪気がないからタチが悪い。
 懸念通りの答えに、私はがっくりと項垂れてしまった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】16わたしも愛人を作ります。

華蓮
恋愛
公爵令嬢のマリカは、皇太子であるアイランに冷たくされていた。側妃を持ち、子供も側妃と持つと、、 惨めで生きているのが疲れたマリカ。 第二王子のカイランがお見舞いに来てくれた、、、、

旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます

おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。 if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります) ※こちらの作品カクヨムにも掲載します

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

〈完結〉八年間、音沙汰のなかった貴方はどちら様ですか?

詩海猫(8/29書籍発売)
恋愛
私の家は子爵家だった。 高位貴族ではなかったけれど、ちゃんと裕福な貴族としての暮らしは約束されていた。 泣き虫だった私に「リーアを守りたいんだ」と婚約してくれた侯爵家の彼は、私に黙って戦争に言ってしまい、いなくなった。 私も泣き虫の子爵令嬢をやめた。 八年後帰国した彼は、もういない私を探してるらしい。 *文字数的に「短編か?」という量になりましたが10万文字以下なので短編です。この後各自のアフターストーリーとか書けたら書きます。そしたら10万文字超えちゃうかもしれないけど短編です。こんなにかかると思わず、「転生王子〜」が大幅に滞ってしまいましたが、次はあちらに集中予定(あくまで予定)です、あちらもよろしくお願いします*

【完結】好きでもない私とは婚約解消してください

里音
恋愛
騎士団にいる彼はとても一途で誠実な人物だ。初恋で恋人だった幼なじみが家のために他家へ嫁いで行ってもまだ彼女を思い新たな恋人を作ることをしないと有名だ。私も憧れていた1人だった。 そんな彼との婚約が成立した。それは彼の行動で私が傷を負ったからだ。傷は残らないのに責任感からの婚約ではあるが、彼はプロポーズをしてくれた。その瞬間憧れが好きになっていた。 婚約して6ヶ月、接点のほとんどない2人だが少しずつ距離も縮まり幸せな日々を送っていた。と思っていたのに、彼の元恋人が離婚をして帰ってくる話を聞いて彼が私との婚約を「最悪だ」と後悔しているのを聞いてしまった。

わたしのことがお嫌いなら、離縁してください~冷遇された妻は、過小評価されている~

絹乃
恋愛
伯爵夫人のフロレンシアは、夫からもメイドからも使用人以下の扱いを受けていた。どんなに離婚してほしいと夫に訴えても、認めてもらえない。夫は自分の愛人を屋敷に迎え、生まれてくる子供の世話すらもフロレンシアに押しつけようと画策する。地味で目立たないフロレンシアに、どんな価値があるか夫もメイドも知らずに。彼女を正しく理解しているのは騎士団の副団長エミリオと、王女のモニカだけだった。※番外編が別にあります。

初恋にケリをつけたい

志熊みゅう
恋愛
「初恋にケリをつけたかっただけなんだ」  そう言って、夫・クライブは、初恋だという未亡人と不倫した。そして彼女はクライブの子を身ごもったという。私グレースとクライブの結婚は確かに政略結婚だった。そこに燃えるような恋や愛はなくとも、20年の信頼と情はあると信じていた。だがそれは一瞬で崩れ去った。 「分かりました。私たち離婚しましょう、クライブ」  初恋とケリをつけたい男女の話。 ☆小説家になろうの日間異世界(恋愛)ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/18) ☆小説家になろうの日間総合ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/18) ☆小説家になろうの週間総合ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/22)

処理中です...