夫に離縁が切り出せません

えんどう

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 夜会の日から、また私たちの間には気まずい空気が流れていた。前と違うのは、シークが申し訳なさのかけらも見せないことだ。一貫して自分は悪くないと態度で示してくる。
 どうせ何をしても平行線だ。それに何も知らないこの人に怒っている時間が無駄だと、カレンは早々に結論付けた。
「今回の件はお互い水に流しましょう。ただし、これから先は私や彼のことを他の方に聞くのはおやめください」
 夕食の席でそう言った私にシークは手を止めてこちらを見た。
「水に流す?」
「えぇ。この空気は周りの者に気を遣わせるだけです」
 ゼノの部屋にもピリリとした空気は行き渡っていた。使用人達はまるで腫れ物のように接してくるし、こうしている今だって、緊張した面持ちで見守っている。
 いくらか考えるような素振りを見せた後、彼は何かを思い付いたように口を開く。
「──友人がな、夫婦間である取り決めをしているそうだ」
 突然なんの話だろうと眉を寄せれば、彼は手に持っていたナイフとフォークを置いて、ワインを一気に飲み干した。
「旦那様、そんなに一気に煽られては」
 また酔ってしまうのではと心配したが、そんな心配は無用のようだった。そもそも今までだって飲んでいるのを見たことは何度かあるけれど、あの日のようにべろべろになったことはない。
 どれほど飲めばあんな風になるのか分からないけれど、少なくとも彼は酒に弱いわけではないようなので、尋常じゃない量を飲んだのだろう。
「あらかじめ二人でルールを決めるらしい。そう、面白いのが幾つかあったな。お茶会の時に他の人に夫婦間の悪口を言わないだとか、夜会への出席は双方同意のもと決めるだとか」
「あら、それはとても良いことですわね」
 お互いが勝手に了承して夜会のダブルブッキングなんて良く聞く話だ。双方が意見を尊重し合うそれはとても良いものなのではないだろうか。
「他にも色々言ってたな。そうそう、友人の方が随分と嫉妬深くてな、庭師とはいえ男と二人きりで話すのは禁止だとか」
「その奥方様は随分と愛されていらっしゃるのですね」
「あとはそうだな、当たり前だが、お互い恋人を作らないこと」
 その言葉にピクリと一瞬だけ手を止めてしまった私を、恐らく彼は悪いように取ったのだろう。
「…俺もな、随分と嫉妬深いようなんだ」
「旦那様」
「俺が君に求めるのはたった二つだ、わざわざルールにして明記する必要もない」
「…なんですか?」
「嘘をつかないことと、俺以外の男に触れないこと。…これだけだ」
 真っ直ぐにこちらを見据えた瞳に、私はほんの少し息を吐く。
 愛されているのだろうとは思う。実際に言葉にもしてくれた。けれど、私はそれを信じることは出来ない。
 他人を信用せずに生きてきた私が、今更夫だからという理由で気を許す理由にはならない。
 それでも彼なりに真摯に向き合おうとしているのに、そこから逃げるのはただの卑怯者のすることだ。けれどその前に確かめなければならないことがある。
「旦那様は、お父様に私とアレクのことを尋ねたそうですね」
「…あぁ」
「お父様はなんとお答えになられましたか?」
「……君の、元婚約者だと」
 あぁやっぱり、そういう風に答えたのか。
(あの糞爺)
 心の中で口汚く罵ってしまうのは、もう癖になってしまった。
 悪気はないのだ。あの人は無意識のうちに物事を拗れさせる、いわば天然トラブルメーカー。悪気がないからタチが悪い。
 懸念通りの答えに、私はがっくりと項垂れてしまった。
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