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本編
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しおりを挟む少し驚いたように目を瞬いた彼女は、すぐに私の後ろにいたアレクに視線を向けた。
「…知り合いか?」
その視線が不躾に感じたのか、アレクは声を潜めて尋ねてきた。
なんと答えたものかと迷っていると、彼女は何を思ったのかにこりと笑みを向けてきた。
「偶然ですね。そちらは奥様の恋人ですか?」
あまりに失礼な物言いに腹が立ったのも仕方ない。私は夫と違って他所に恋人を作ったこともなければ不貞を働いたこともない。夫たちと一緒にするなと言いたくなるのを何とか理性で抑えた。
「いいえ。ただの友人ですわ、本当に偶然ですね」
「えぇ本当に。奥様のような方がお供も無しにこんな下町を出歩くなんて…あぁ、家の人には言っていないのですか?」
まるで優位に立ったかのような眼差しが気に食わない。険悪な空気を感じ取ったのか、アレクが私の腕を引いた。
「失礼、急ぎますので。カレン、行くぞ」
「…えぇ」
恐らく私が何かを言ってしまうよりも先にその場を離れようとしてくれたのだろう。
何か言いたげな彼女をその場に残してずんずんと歩き、やがて人混みが途絶えたあたりでアレクがこちらを見た。
「酷い顔してるぞ。なんだ、あの女は」
「……夫の幼馴染で、行きつけの娼館の女よ」
「…そうか」
それ以上は何も言わずにぐしゃぐしゃと頭を撫でてきた彼が、馬車を待たせた通りまで手を引いてくれる。
アレクは人を言葉で慰めることをしない。繋がれた手の温かさに、私は心がほんの少しだけ穏やかになるのを感じた。
件のディオラート公爵邸での夜会には父のザンガス・アッドレイも来ていた。
「お久しぶりでございます、お父様」
思えば結婚式以来会うのは初めてだ。頭を下げた私に、父はさして興味なさげに視線を逸らした。
「あぁ。…彼は?」
彼とは恐らく夫のことを指しているのだろうと理解してフロアの中央に視線を向ける。
「あちらで挨拶を。仕事の話があったようですので、私はこちらでお父様と歓談していろと」
「…そうか」
恐らくは私の足が痛んでいることに気付いてそう言ってくれたのだろうが、今更父と話すことなど何もない。私たちの間に親子の情なんてものはほとんど存在しないからだ。
断らなかったのは、無言の沈黙が続いたとしても足の痛みを優先出来ない程度には痛かったからなのだが。
「そういえば、アレクと会っているらしいな。彼から聞いた」
唐突に振られたその話題に、私は思わず飲みかけのグラスを床に落としてしまった。
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