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本編
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しおりを挟む「お前はアレクと結婚し、一族の繁栄を支えるのだ」
それが幼い頃からの父の口癖だった。縁者でまた縁を組み、血をより強固なものに。それは二代前の当主が異国の女に入れ込んでいたことからの危機感とも言うが、私たちは幼い頃からとにかく一緒にいた。
けれど彼は伯爵家の子息とは思えないような言動を繰り返した。俗世間の話題に夢中になり、早々に女遊びを覚えたほどだ。
「いい加減にした方が良いのではなくて?おじ様がとてもお怒りだと聞いたわ」
アレクが色んなことを仕出かしても怒られなかった理由は沢山あるが、一番大きな要因は彼がとにかく優秀であったことだろう。
学園に通えば右に出る者はなく、神童と言われた王族の方々を押し退ける勢いだった。頭は良く回り口も立つ、そんな彼に別の可能性を見出した彼の父であるおじ様は、私との縁談話を無かったことにした。
もっと高位の良い縁談が舞い込んできたのだろうことはすぐに分かった。お父様はお怒りだったけれど、私はそのすぐ下のアレクの弟であるステューとまた縁談を組むことで勝手に話が付いていたのだ。なのに。
「俺、カレンと結婚しないでいいならこの家出るわ」
久しぶりに私に会いにきた彼はふとそんなことを言った。私は「は?」と自分の耳を疑い、つい令嬢としてあるまじき発言をした。
「俺がこの家に縛られてたのってお前のことがあるからだし。それがないなら、もういいだろ」
次の日、彼はおじ様と勝手に絶縁して家を出た。要はおじ様の承認がないのに、勝手に籍を抜けたのだ。
おじ様は怒り狂って彼を探したが、一足遅く彼は国外へと逃亡していた。
私は驚きや何やで良く覚えていないけれど、ただ後悔していた。
ずっと旅に出たいと言っていた言葉は冗談ではなくて、そんな自由を思い描いていた彼を私が引き留めてしまっていた。
私のせいで彼はずっと自由になれなかった、そんなことにも気付けなかった私。
そして彼が居なくなって初めて、私は気付いた。彼以外に心開ける者も居なければ、私を気にかけてくれる者もいない。私の全てはアレクで回っていて、もう、そんな彼はここにはいない。
彼が何も言わずに去ったのは、どうしてだろう。勿論別れを告げる時間など無かったのだろうけれど、何故か、心が痛んだ。心苦しくて堪らなかった。
ただ何もせずに放心ばかりをしていた私に、ある日無地の封筒が届いた。差出人の名前は無かったために危険なものではないかとお父様に見せられる予定だったが、私の名前が書いていたからとメイドが内緒で持ってきてくれたものだった。
中には一枚、目を奪われるほど綺麗な絵葉書に一言。
[お前も自由になれ]
それがアレクからであるというのは、嫌という程一緒にいたせいで見慣れた筆跡で分かった。
彼はしがらみから抜け出したのだ。全てを捨てて、それでも自分の一番大切なものを守り抜いた。私は全てを家のためだと、自分の意思など持ったこともなかったのに。
「お父様、ステューとの縁談は無いことにして下さい」
それが私の初めての父への反抗だった。
父は怒るでもなく、ただちらりとこちらを見て、また卓上に視線を戻した。
「理由は?」
「──アレクに捨てられた上に今度はその弟と結婚なんて、何が好きで、そんなことをする必要が?一度目はお父様の言う通りにしました。二度目の結婚相手は、自分で決めます」
叩かれることも予想した。けれど、家の言いなりになれと迫られていたアレクが逃亡したことを父も頭の隅に置いていたのだろう、長い沈黙の後に彼は小さく「わかった」と言った。
「だが半端な家の者は許さん。それからお前に来た縁談をはねのける事も無い」
「…承知しました。ありがとうございます」
それが、私の人生の大半。
思えばあの頃、私は自分の生活に彼がいることが当たり前だった。
私はもしかすると、そういう意味で、彼のことを好き──いや、それ以上に愛していたのかもしれない。
まぁ、今となってはもうどうでもいい話だけれど。
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