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本編
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しおりを挟む帰りの道中、終始無言のシークにカレンは居心地が悪くて堪らなかった。
(怒ってる?遅くなったから?)
確かに遅くなったけれど、夕飯時を少し過ぎたくらいだ。そんなに怒る必要はあるのだろうか。
ソファーで眠ったせいで肩が凝ってしまった。
手で押さえながら息を吐いた私を、やはり彼は何も言わずにこちらを見ていた。
なんとなく、視線が合わせられなかった。
「君に幼馴染がいたとはね」
かちゃかちゃと料理にナイフを入れながら彼が言う。
その言葉に何故かメイドたちが変な顔をした。まるで驚いたというか、なんというか、何か言いたげな。
「…幼馴染というか」
従兄だと言えたら面倒でもないのだけれど、そういうわけにもいかない。彼が偽名を使ったのにそれを私が知らせる理由はない。
「そうですわね、昔から私の側にいてくれた人です」
「…ならば結婚式にも呼べば良かっただろう」
どこか咎めるような声に、いえ、と首を振る。
「彼、そういう場は苦手なんです」
式の前に会場に忍び込み祝いの言葉を述べに来てくれたことは言わなくても良いだろう。普段から私を良く褒めるアレクだけれど、綺麗だと言われたのはあの日が初めてだった。
「──仲睦まじいことだ」
まだ食べ終えていないのに席を立ったシークに首を傾げる。
「もうお休みですか?」
「あぁ、気分が悪い」
「お医者様をお呼びしましょうか?」
尋ねた私に、それはそれは嫌そうな顔をされる。
「君にはハッキリと言わないと伝わらないのか?」
「…はい?」
「……良い。今夜は一人で寝室を使ってくれ、俺はゼノの部屋で寝る。ベッドを運び込んで置いてくれ」
こちらに背を向けてメイドに声をかけた彼がさっさと部屋を後にした。
何が言いたいのか分からないけれど、少しばかり遅くなっただけであんな風に怒らなくてもいいのではないか。私は貴方がどれだけ遅くなろうが朝帰りしようが、責め立てたこともなければ、しっかり出迎えと見送りをしていたというのに。
そもそも迎えに来てくれなんて頼んでいない。
(…もしかしなくとも、今じゃないの?)
こちらを見向きもせずに出て行ったシークの姿を思い浮かべ、私は乾いた喉を茶で潤した。
一年間、ずっと愛の言葉を囁かれ続けたから離縁の話は切り出せなかった。けれどあの紙は取っておいているし、早く離縁出来たならそのままシークに付いて行くこともできる。
(ちょうど良いわ。明日の朝のうちに離縁届を記入して出してもらうようお願いしましょう)
他国に夢を馳せ眠りに就いた私は予想もしなかった。
翌日の朝、それはそれは申し訳なさそうな顔で謝罪と共にこんなことを言ってくるなんて。
「嫉妬していたんだ。君に名を呼ばれて、親しそうにしていたから。けれどただの幼馴染なんだろう?嫌な態度を取ってすまなかった」
「え?い、いえ。それは構わないのですが、」
「俺は思ったよりも君のことを愛して止まないらしい。…あの男と会うときは俺に言ってくれないか?君の大切な友人とは是非俺も仲良くなりたいものだ」
──私に優柔不断と罵る方に聞きましょう。キラキラ笑顔でこんなことを言う旦那に、離縁をどう切り出せと仰いますか?
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