夫に離縁が切り出せません

えんどう

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「なんで起こしてくれなかったのよ!」
 とっぷりと陽が暮れた頃になるまで私は起きなかった。
「俺も寝ちゃったんだから仕方ないだろ」
 さして大したことでもなさそうに目をこするアレクをひと睨みしてから慌てて身嗜みを整え帰る準備を急ぐ。
「何も言わずに出てきたのに…!」
「はぁ?なんで?」
「…叔父様に貴方の居場所がバレてもいいの?」
「それは駄目だ」
 急に真面目な顔をする彼は勘当されはしたものの、恐らく居場所が見つかれば強制的に連れ帰られるに違いない。
 幼少期より神童と謳われ伯爵に留まることはないだろうと当時学園へ視察に訪れていた国王陛下にまで言わせた男だ。
 彼はそんな重圧が嫌で逃げたようだけれど、恐らく私が居場所を知っていると知れば叔父様は私に詰め寄ってくるに違いない。人はどこでどう繋がっているのか分からないし、残念ながら私は今の自宅である公爵邸の者に親しい者は居ないので信用出来ない。
「帰るわ。ずっと馬車を待たせてしまっていたようね、可哀想なことをしたわ」
「送る」
「結構よ」
「お前のことだから少し離れたところで待たせているんだろう。女一人で夜も更けているのにここいらをうろつくには危ない」
 コートを羽織った彼は当時の婚約者に「木偶の坊」と詰られたとは思えないくらいに気が利く。恐らく私だけにだろうけれど。

 この時に断っておけば良かったとカレンが後悔するのは、十分も経たないうちだった。

「随分と遅かったな」
 馬車の中でにこりと笑った男が座ったままこちらに視線を向ける。この馬車は確かに私が乗ってきたものだ。なのにどうして、あなたシークがいるの?
「…旦那様…?」
 これは夢だろうか。何故、ここにいる?
 馬車の前で微動だにしなくなった私に、ここまで送ってくれたアレクが訝しげな視線を向けてくる。
「カレン?どうした?」
「…こんな時間まで妻が世話になったようで」
 馬車を降りたシークがアレクに向かって怖いほど深い笑みを浮かべて話しかけた。
「だ、旦那様…!どうしてこちらに!?」
 状況が全く理解出来ない。けれど少なくとも今の状況が良いもので無いことは空気から読み取れる。
「君の帰りがあまりに遅いと聞いてね、探させたんだ。そうしたら馬車をこんなところに停めたままどこかへ行ったと言うじゃないか」
 いつから待っていたのかは知らないけれど、少なくともここまで来るだけの時間はあったということだ。
「すみませんね、コイツ寝たまま起きなくて」
「ちょっと。貴方も寝てたじゃないの!」
 慌てて突っ込みを入れるとそれはもう「ひっ」と喉が引き攣る程度にはシークの顔色が変わった。
「──そうですか。初めまして、彼女の夫のシーク・ラストハートです」
「ご丁寧にどうも。カレンの…幼馴染の、ジャックです」
 ジャックって誰よ、と睨みを効かせるが彼には効かない。従兄と言わないのは先程カレンが言った通り、身バレを防ぎたいのだろう。どうやら家を出てからは天涯孤独の孤児ということで通しているらしい。
「幼馴染ですか」
「えぇそうなんですよ。けど既婚者なのに遅くなって申し訳なかった」
「…そうですね。あまりこういったことをされると困ります」
「ですよね。遅くなるのはカレンが独身に戻ってからの方が良いに決まってますから。以後気を付けます」
 あら?今アレクとてもさらっととんでもないことを言わなかったかしら。
「…はは、面白い冗談を言われる方だ。では俺たちはこれで失礼します」
「カレン、またな」
「え、えぇ」
 腰に添えられたシークの手の力が少し強すぎる気がするのは、気のせいかしら?
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