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しおりを挟む今年は気候に恵まれたこともあり、例年よりも小麦の収穫量が多かった。数年前は酷い天候に加えて伝染病が流行ったりと飢えた身体に受けた病に耐えられず亡くなった者も多かったが、今年はその心配はなさそうだ。
活気付いた街を窓から眺めているとやがて路地に入り馬車が止まる。
「着いたようだな」
向かいに座っていたセルヴィンが御者に何かを話して先に降りる。扉の外から差し出された手に、シャルロットは迷うことなく掴んだ。
「旦那様は毎年いらしているのですか?」
「いや、今年が久しぶりだな。君は……王子と来ていたんだったか」
何でもないように言うくせに声は微かに震えていて、聞きたくなさそうなのに、この人はいつも自分から聞いてくるのだ。
「…えぇ、そうですね」
この人はエリックを嫌っている。エリックを血筋だけで嫌う人を私も嫌っていたのに、それでも自分に見せるふとした瞬間の優しい視線がいつのまにか心地の良いものになっていた。
もしもこの人がエリックのことを悪く言わなければ、エリックの味方になってくれるのであれば、きっと私は素直にこの胸の内を話せたのだろう。
「…今年は良かったのか?」
変なことを聞く人だなと思った。私のことを誘ったのはあなたの方なのに。
「えぇ、旦那様と約束しましたもの。それにあの人は別に人混みが得意なわけでもありませんし、毎年私とサーシスが無理に連れ出していただけです」
「サーシス?誰だ?」
怪訝そうに眉を寄せる旦那にそういえばこちらはあまり話したことがなかったなと瞬きをする。
「エリック…殿下の護衛騎士の、サーシス・マグリードです」
「──あぁ、マグリード伯爵家の次男か!どうりでどこかで見た顔だと思っていた」
頷いたセルヴィンはそれから少し経ってから再びこちらを見た。
「なら二人で行っていたわけではないのか?」
「えぇ、どこかへ行く時はいつも三人で一緒ですわよ。私たち幼馴染ですもの」
エリックが悪戯にサーシスを撒いて困らせることはあったけれど基本的にはいつだって三人で行動を共にしていた。
「けれど随分と前からサーシスが自分はただの従者だからと言い出して、すっかり昔のように三人でお茶をすることも少なくなってしまいましたけれど。二人とも私にとっては大切な人ですわ」
「…俺には幼馴染がいないから分からないが、そういうものなのか」
セルヴィンとは足の長さが違うからか、以前はスタスタと歩いていく彼に着いていくのが大変だった。今は自分の隣を、歩調を合わせてくれている。
(…これを当たり前のように思っていたのはあの二人の優しさに慣れすぎたせいね)
夫は変わった。夫になってから、変わった。
──それなら私は?
「…私はきっと、依存しているだけなのでしょうね。あの二人にかわらないでいて欲しいと思ってしまう」
ずっと三人でいたかった。その輪から外れたのは、きっと私なのに。
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