15 / 17
15
しおりを挟む「今日はもう遅いことですし、また改めてはどうですか?」
陽が沈み始めて墓地に入ることを躊躇ったのだろう、そもそもあまり乗り気ではないアンシアがそう提案してくる。
「大体お嬢様がわざわざ来る必要なんて……」
「私がそうしたいのよ」
ルイスにも手伝わせているのに私だけ何もしないわけにはいかない。男爵邸へ赴いたのもなにか些細なことでも手掛かりがあればと思ってのことだ。収穫はさしてなかったが、気にかかることは一つできた。
うるさいアンシアを馬車に置いて一人で墓地へと足を踏み入れる。
「あら……?」
どうやら先客がいたようだ。もしやなにか繋がりがあった人間では──と目を凝らし驚く。
「ジャン?」
「……リシア?どうしてここに」
驚いた眼差しでこちらを見つめたのは幼い頃から付き合いのあるハドソン伯爵家の次男だった。
「驚いた……あなたもまさか」
彼女に金を巻き上げられた一人だと言うんじゃないだろうなと顔が引き攣りそうになったけれど、それを口に出すよりも先に彼が答えてくれた。
「マリアンヌとは顔見知りだった。そんなに親しかったわけじゃないんだけど、亡くなったと聞いた時は驚いて……葬儀には参加できなかったから、せめて花くらいは供えたくて」
「そうだったの」
「まさか君とこんなところで会えるなんて思わなかった。その……君も色々と大変だったね。俺はあの夜は体調を崩した母のそばにいたから騒ぎを聞いたのは後からだったけど」
「私は大丈夫よ、気を使わないで。……マリアンヌとはどういうきっかけで?」
疑うわけではないけれど、同年代の人間との関わりは調べてもなかなか出てこなかったから怪しんでしまう。
「夜会で……とても綺麗な子だと思ってつい声をかけてしまったんだ」
「あなたが?」
引っ込み思案なジャンがそんなことをする姿は想像できない。驚いた私に彼もさほど気は悪くしなかったようだ。
「一時は親しくもなったんだけど、俺が彼女に失礼なことをしてしまって疎遠になって……いつかちゃんと謝れたらと思っていたけれど、まさかこんなことになるなんて」
「そうだったの。──変なことを聞くけれど、その、彼女と金銭のやり取りは?」
「マリアンヌと?まさか。一度もなかったよ」
ますます不思議になる。自分への好意をあからさまにして近づいてきたジャンから金を取らなかった理由はなんだろう。そもそも彼女の整った容姿があれば、結婚の約束などせずとも貴族を相手にうまく取り入ってねだった方がより大金を手にしたのではないか。
「そう。彼女と繋がりがあった異性はあなただけ?」
「そりゃ、まぁ、そうだろうね」
何か理由があるような言い含みをするジャンに続きを促したけれど彼は首を横に振った。
「ほら、彼女はそんなに社交的じゃなかったから。俺はもう行くよ。久しぶりに会えて嬉しかった、またゆっくりお茶でもしよう」
「そうね」
去っていく彼の後ろ姿を見送ってから私は彼女の名前が彫られた墓石の前に腰を下ろした。
「……あなたは何がしたかったのかしら」
あまりに不可解なことが多くて、人の行動を読むことに長けていると自負していた私の自信をへし折るように彼女のことは何も分からない。
私が彼女をまともに見たのはあの夜だけだ。不意に男爵家の玄関に飾られていた絵を思い出す。
「そういえばあなたのお母様、あなたと瓜二つね」
若き日の男爵に肩を抱かれている女性はマリアンヌによく似ていた。もう少し歳を取り大人になれば彼女もこんなふうになっただろうと思うほど。
(……あら?)
記憶にある限りの屋敷の中を思い出す。男爵と亡くなった母君との絵画がいろんなところに飾られていたけれど、その中にマリアンヌの最近のものや、幼い頃のものは一切見当たらなかった。
彼女が夜な夜な遊び歩いていた理由が楽しみのほかに理由のあるものだとしたら──。
考え込む自分の姿を遠くから眺めている人間がいたことに、その時のリシアが気付くことはなかった。
9
お気に入りに追加
1,372
あなたにおすすめの小説
白い結婚がいたたまれないので離縁を申し出たのですが……。
蓮実 アラタ
恋愛
その日、ティアラは夫に告げた。
「旦那様、私と離縁してくださいませんか?」
王命により政略結婚をしたティアラとオルドフ。
形だけの夫婦となった二人は互いに交わることはなかった。
お飾りの妻でいることに疲れてしまったティアラは、この関係を終わらせることを決意し、夫に離縁を申し出た。
しかしオルドフは、それを絶対に了承しないと言い出して……。
純情拗らせ夫と比較的クール妻のすれ違い純愛物語……のはず。
※小説家になろう様にも掲載しています。
魅了魔法…?それで相思相愛ならいいんじゃないんですか。
iBuKi
恋愛
私がこの世界に誕生した瞬間から決まっていた婚約者。
完璧な皇子様に婚約者に決定した瞬間から溺愛され続け、蜂蜜漬けにされていたけれど――
気付いたら、皇子の隣には子爵令嬢が居て。
――魅了魔法ですか…。
国家転覆とか、王権強奪とか、大変な事は絡んでないんですよね?
第一皇子とその方が相思相愛ならいいんじゃないんですか?
サクッと婚約解消のち、私はしばらく領地で静養しておきますね。
✂----------------------------
カクヨム、なろうにも投稿しています。
やり直し令嬢は本当にやり直す
お好み焼き
恋愛
やり直しにも色々あるものです。婚約者に若い令嬢に乗り換えられ婚約解消されてしまったので、本来なら婚約する前に時を巻き戻すことが出来ればそれが一番よかったのですけれど、そんな事は神ではないわたくしには不可能です。けれどわたくしの場合は、寿命は変えられないけど見た目年齢は変えられる不老のエルフの血を引いていたお陰で、本当にやり直すことができました。一方わたくしから若いご令嬢に乗り換えた元婚約者は……。
私を裏切った相手とは関わるつもりはありません
みちこ
ファンタジー
幼なじみに嵌められて処刑された主人公、気が付いたら8年前に戻っていた。
未来を変えるために行動をする
1度裏切った相手とは関わらないように過ごす
【完結】あなたを忘れたい
やまぐちこはる
恋愛
子爵令嬢ナミリアは愛し合う婚約者ディルーストと結婚する日を待ち侘びていた。
そんな時、不幸が訪れる。
■□■
【毎日更新】毎日8時と18時更新です。
【完結保証】最終話まで書き終えています。
最後までお付き合い頂けたらうれしいです(_ _)
貴方を捨てるのにこれ以上の理由が必要ですか?
蓮実 アラタ
恋愛
「リズが俺の子を身ごもった」
ある日、夫であるレンヴォルトにそう告げられたリディス。
リズは彼女の一番の親友で、その親友と夫が関係を持っていたことも十分ショックだったが、レンヴォルトはさらに衝撃的な言葉を放つ。
「できれば子どもを産ませて、引き取りたい」
結婚して五年、二人の間に子どもは生まれておらず、伯爵家当主であるレンヴォルトにはいずれ後継者が必要だった。
愛していた相手から裏切り同然の仕打ちを受けたリディスはこの瞬間からレンヴォルトとの離縁を決意。
これからは自分の幸せのために生きると決意した。
そんなリディスの元に隣国からの使者が訪れる。
「迎えに来たよ、リディス」
交わされた幼い日の約束を果たしに来たという幼馴染のユルドは隣国で騎士になっていた。
裏切られ傷ついたリディスが幼馴染の騎士に溺愛されていくまでのお話。
※完結まで書いた短編集消化のための投稿。
小説家になろう様にも掲載しています。アルファポリス先行。
【完結】結婚しても私の居場所はありませんでした
横居花琉
恋愛
セリーナは両親から愛されておらず、資金援助と引き換えに望まない婚約を強要された。
婚約者のグスタフもセリーナを愛しておらず、金を稼ぐ能力が目当てでの婚約だった。
結婚してからも二人の関係は変わらなかった。
その関係もセリーナが開き直ることで終わりを迎える。
姉の所為で全てを失いそうです。だから、その前に全て終わらせようと思います。もちろん断罪ショーで。
しげむろ ゆうき
恋愛
姉の策略により、なんでも私の所為にされてしまう。そしてみんなからどんどんと信用を失っていくが、唯一、私が得意としてるもので信じてくれなかった人達と姉を断罪する話。
全12話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる