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しおりを挟む今まで散々なことをしてくれた王太子の無実をわざわざ晴らす──そんなことを言い出した私に、父や他の使用人だけではなく、私のそばに控えていたアンシアまでも信じられないという顔でこちらを見た。
「王太子の無実を晴らして何になる」
自分の得にならないことを滅多にしないお父様は眉に深い皺を刻みながらも私の話を聞こうとしてくれた。どくどくとはやる心臓を落ち着かせながらリシアは笑う。
「このままでは私は元婚約者に捨てられたどころか、殺人犯と婚約していた女になります。そんな外聞の悪い女が新しい婚約者とうまくやれるか不安なのです」
「お前はルーベルクの公女なのだからそのような心配はする必要ない」
「分かっております。ですが……」
うまい言い訳が思いつかず口篭った私に、やがてお父様は深いため息を吐いた。
「まあいい、お前が気になるというのならそうしよう。どうせ真相がわかったところで大した話でもない、ただの痴話喧嘩だろう。廃位までせいぜい足掻けばいい」
──えぇ本当に。足掻いてもらわなければ、私は今度こそ次の婚約者と引き合わされ、今度はなにか問題が起こる前に結婚させられることだろう。
テーブルの下で握りしめた自分の爪が刺さって、手のひらにほんの少しの血が滲んだ。
ルーベルクの公女として生まれ育ったリシアは、幼い頃から当たり前に人の上に立つ教育を施された。この家の繁栄のために尽くすことは当たり前で、自分に望まれた務めを果たすことに反抗する気もなかった。ただ──他の人がとても羨ましくなる時があった。
それなりの年頃になるとそれは顕著に現れた。広がる交友関係、話すのはいつも色めいたこと。あれが私の婚約者です、これは婚約者にいただいたのです。楽しそうに話す令嬢たちが心底羨ましかった。
いつからか、どうして私だけが自分の人生を自分ではない誰かに決められるのだろうと、疑問を持つようになってしまった。疑問を持ってしまえばそれはさらに地獄のように感じた。
王太子が問題を起こすたびに尻拭いに回る自分を滑稽だとも感じた。どうしてこんな男を立太子したのかと何度も唇を噛んで耐え忍んだ。
けれどあの男が婚約者でよかったことは一つある。それは私に興味がなく、都合が悪くなれば私に押し付けるものの、基本的に私に関わろうとしなかったこと。
重要なパーティー以外は私ではない誰かを連れ立ったし、公式の場以外で顔を合わせることもほとんどなかった。誰かに言われたのか私を城に呼びつけることもあったけれど訪ねてみれば本人はどこかへ出かけており、彼を待つという名目で部屋で一人の時間を過ごすこともあった。
私はずっと、誰にも邪魔されない時間を過ごしたかったのだろう。誰に監視されることもない時間が欲しかった。
勝手に定められたスケジュールをこなす日々だった私にとって、あの男の婚約者であることはそれなりに悪くなかったのかもしれない。実際に婚約していた間は出来の悪い弟を持ったのだと考えることにしていた。
(この国の王妃に相応しくない……えぇ本当に、その通りよね)
王太子の言葉が頭の中に反芻する。それは私がずっと待ち望んでいた言葉だったから。
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