上 下
4 / 17

しおりを挟む


 事件から二週間が経とうとしていた。民衆の関心を集めるため好き勝手に書かれた新聞は読まないほうがいいだろうと目に触れないように徹底したが、それでも噂はリシアの耳に入ってくる。
「まったく呆れたものだわ……」
 噂が増長するのは勾留の身にあるはずの王太子が何故か今でも自分の権力が通じると思い込み余計なことをしでかすからだ。
「焼却炉にでも突っ込んでおいて」
「はいお嬢様」
 リシアが握りしめたせいでしわがついたその手紙には王太子の印が押されている。直近で届けられた五通の手紙はどれも同じ内容のもので、これまでの行いを許してやるからひとまず面会に来いと書いていた。
「私が喜んで会いに行くとでも思ったのかしら……」
「だとしたら彼の方は初等部の頃から精神的に成長なさらなかったのでしょう」
「それもそうね」
 自分にとって耳障りのいい言葉を並べる人間しかそばに置かず、気に入らないことがあればその権力を振り翳して人を追い詰めた。
「自分が国外追放まで命じた女に今更なんの用があるのかは知らないけれど……」
 聞けば彼は国王陛下にも謁見を願ったようだが、話すことは何もないと跳ね除けられたらしい。今まで王太子が馬鹿な真似をしても寛容してきたせいか、彼もようやくこの自体がまずいことを自覚したようだ。
「それにしてもどうなるのでしょう」
「さあ……私には分からないわ」
 男爵令嬢の遺体から検出されたという違法薬物が一体いつどのような状況で投与されたものか、それとも自分で打ったものかも分からない。そして彼女を殺したのは王太子だと証言した男は不自然死の状態で見つかった。
「あの証言は嘘だったのでしょうか?誰かに雇われてそう証言するように言われたとか?」
「どうでしょうね」
 興味のないリシアと違って推理小説とゴシップが好きなアンシアは好奇心に溢れた目でこちらを見る。
「気になりませんか?」
「ならないわ。一刻も早く婚約解消に印を貰ってこの国から出ることしか考えられない」
 あの男が誰にはめられようがこの国がこの先どうなろうが私には関係のないことだ。
「──そういえば先ほどちらっと見えましたが、やはり王太子殿下はその地位を捨てるつもりはなかったようですね」
「そのようね」
「なのにお嬢様に勝手に婚約破棄をして、その座を降ろされることを分かっていなかったのでしょうか?」
「……そのようね、恐ろしいことに」
 そもそもお互いが望んでいない婚約を結んだのはお互いの家に利があるからだ。いくら国王とはいえど一存で跡継ぎを定められるわけではない。
「正直、うちのお嬢様への無礼は許せませんが、事件を知るまではパーティー会場での騒ぎを聞いて嬉しかったんです。あの方にお嬢様は勿体無いですし、なによりお嬢様の婚約者でいる限り、あの方が次の国王になるだなんて……考えただけで恐ろしすぎます」
 少しでも身近にいる者ならば王太子が国王の器になり得ない人間であることくらいすぐにわかるだろう。
(……国王陛下は何を考えていらっしゃるのかしら)
 取調官も困っていた。それはおそらく、この先どう動くべきか明確な指示がいまだに出ていないからだろう。
 こんなことがあってもまだ王太子を庇う気なのかもしれないと考えるのは、いまだに国王が何の沙汰も出さないからだ。本当に見捨てる気ならばもっと早くに事件の真相を解明するように命じているだろう。
「そういえばお嬢様、旦那様が今夜はお帰りになるとか」
「……そうね。まずはお父様と話さないと」
 身の振り方を決めるのはこの数日、国王に謁見していた父に話を聞いてからだと、リシアは静かにため息を吐いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

貴方を捨てるのにこれ以上の理由が必要ですか?

蓮実 アラタ
恋愛
「リズが俺の子を身ごもった」 ある日、夫であるレンヴォルトにそう告げられたリディス。 リズは彼女の一番の親友で、その親友と夫が関係を持っていたことも十分ショックだったが、レンヴォルトはさらに衝撃的な言葉を放つ。 「できれば子どもを産ませて、引き取りたい」 結婚して五年、二人の間に子どもは生まれておらず、伯爵家当主であるレンヴォルトにはいずれ後継者が必要だった。 愛していた相手から裏切り同然の仕打ちを受けたリディスはこの瞬間からレンヴォルトとの離縁を決意。 これからは自分の幸せのために生きると決意した。 そんなリディスの元に隣国からの使者が訪れる。 「迎えに来たよ、リディス」 交わされた幼い日の約束を果たしに来たという幼馴染のユルドは隣国で騎士になっていた。 裏切られ傷ついたリディスが幼馴染の騎士に溺愛されていくまでのお話。 ※完結まで書いた短編集消化のための投稿。 小説家になろう様にも掲載しています。アルファポリス先行。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

愛なんてどこにもないと知っている

紫楼
恋愛
 私は親の選んだ相手と政略結婚をさせられた。  相手には長年の恋人がいて婚約時から全てを諦め、貴族の娘として割り切った。  白い結婚でも社交界でどんなに噂されてもどうでも良い。  結局は追い出されて、家に帰された。  両親には叱られ、兄にはため息を吐かれる。  一年もしないうちに再婚を命じられた。  彼は兄の親友で、兄が私の初恋だと勘違いした人。  私は何も期待できないことを知っている。  彼は私を愛さない。 主人公以外が愛や恋に迷走して暴走しているので、主人公は最後の方しか、トキメキがないです。  作者の脳内の世界観なので現実世界の法律や常識とは重ねないでお読むください。  誤字脱字は多いと思われますので、先にごめんなさい。 他サイトにも載せています。

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

[連載中]蔑ろにされた王妃様〜25歳の王妃は王と決別し、幸せになる〜

コマメコノカ@異世界恋愛ざまぁ連載
恋愛
 王妃として国のトップに君臨している元侯爵令嬢であるユーミア王妃(25)は夫で王であるバルコニー王(25)が、愛人のミセス(21)に入り浸り、王としての仕事を放置し遊んでいることに辟易していた。 そして、ある日ユーミアは、彼と決別することを決意する。

ある王国の王室の物語

朝山みどり
恋愛
平和が続くある王国の一室で婚約者破棄を宣言された少女がいた。カップを持ったまま下を向いて無言の彼女を国王夫妻、侯爵夫妻、王太子、異母妹がじっと見つめた。 顔をあげた彼女はカップを皿に置くと、レモンパイに手を伸ばすと皿に取った。 それから 「承知しました」とだけ言った。 ゆっくりレモンパイを食べるとお茶のおかわりを注ぐように侍女に合図をした。 それからバウンドケーキに手を伸ばした。 カクヨムで公開したものに手を入れたものです。

処理中です...