ポストとハトと流星群

澄田こころ(伊勢村朱音)

文字の大きさ
上 下
35 / 39

もういいとか、言わないで

しおりを挟む
 石段の下、サブ兄ちゃんとゲン、それとあたし。同じ大きさの三人は、尻もちをついていた。
 まわりには、巨大な葉っぱの葉書二枚と青い石が落ちていた。それと、ポケットに入れたのを忘れてたクギ。
 あたしがちぢんでも、ポケットの中に入れたものはそのままなんだ。

「なんで、あたし小さくなったの!」

 誰かに答えを教えてほしくて、さけんでいた。

「アスの力も、少なくなったってことかな。ここにい続けるには、星のかけらの力がいる」

 サブ兄ちゃんが肩で息をしながら、答えてくれた。言葉ははきはきしているけど、体はつらそうだ。

「大丈夫だ、安心しろ。池までもうすぐなんだから。星のかけらが、かがやけばなんの問題もない」

 大丈夫っていったけど、ゲンの顔は不安げにゆがんでいる。

「そういうけど、ゲン。ピラミッドみたいなこの石段を、どうやってのぼるの?」

 あたしは、そびえたつ石段をみあげた。ここからよんでも白バトさまは、気づかないだろう。ひょっとして、また寝てるかも。自分たちでなんとかするしかない。

「さすがに、これはのぼれねえ。迂回《うかい》するしかない。山へ入って、お社の裏手にまわろう」

 朝、鹿さんと通ったルートだ。立ちあがってふりむくと、まん丸な赤い月が海の上をのぼっていた。

「何あの月。赤い」

「のぼったばかりの月は赤いんだよ」

 サブ兄ちゃんの言葉に少しだけ安心する。赤い月が不吉なことじゃないならいいけど。
 そうだ、八幡様にお願いしよう。
 石段の下、背筋をのばして立つ。パンパンと二回顔の前で手をならし、あたしはいのった。

 どうか池へ到着して、元の大きさにもどれますように。お願いします、八幡様。

「ボクをここにおいていってくれ。頭はしっかりしてるけど、体に力が入らない。これじゃあ、歩けない」

 座りこむサブ兄ちゃんに、あたしはかけよって膝まづく。目の前にはあたしより背の高いサブ兄ちゃんの顔が、つらそうにゆがんでいた。いつもの小さな顔じゃないから、なんだかドキドキする。けど、そのドキドキは今いらない。不謹慎だから。
 ドキドキを誤魔化すように、お腹に力を入れた。

「おいていくのは、葉っぱと青い石だけ。サブ兄ちゃんはおいていかないよ」

「「絶対!!」」

 最後の言葉は、ゲンとかぶった。同じ思いの友だちがいたら、力を合わせてなんだってできる。
 葉っぱは風に吹かれて飛んでいかないように、クギでさして地面へ固定した。これがないと帰れないんだから。

 背の高いサブ兄ちゃんをまん中にして右側はゲン、左側にはあたし。肩をかして、歩き始めた。真夜中まで時間はたっぷりある。ぜったい、大丈夫!

                *

 どれぐらいの時間、山の中を歩いただろう。
 鹿さんの背中に乗って、お社へ向かった時はあっという間だったのに。小人の一歩なんて、数センチ。どんなに歩いても、ちっとも前へ進まない。おまけに左の足首がかなり痛い。

 鹿さんが朝に通ったから、山の中のけもの道はふみしめられて平らになっていた。それでも、木の枝や、石が進路をじゃまする。そのたびに、障害物をさけるから時間がかかってしょうがない。お社まであ後どれぐらいだろう。

 月をみあげると、だいぶ高いところまでのぼってる。どうしよう。月がもうすぐ真上にきちゃう。
 そう思ったら右足がすべり、とっさに左足でふんばった。とたん、激痛《げきつう》がはしる。バランスをくずし、サブ兄ちゃんとゲン、三人いっしょにたおれこんでしまった。

「いったー。アス、足すべったのか?」

 ゲンの言葉へ返事をしようと思うけど、あまりの痛さに声が出ない。

「アスの様子がおかしい」

 サブ兄ちゃんにいわれ、ゲンがあたしのそばへよる。月明かりの下、あたしの左足首ははれあがっていた。

「どうしたんだよ、この足。まさかずっとがまんしてたのか?」

「ちょっとひねっただけだから――」

 あたしは、大丈夫っていおうとした。いおうとしたんだけど、言葉が続かない。

「ふたりとも、ボクをここへおいていけ。このままじゃあ間に合わない」

 痛みでジンジンする耳に、サブ兄ちゃんの言葉がつきささる。

「いやだ、絶対いやだ。サブ兄ちゃんもアスもおいていかない。三人で池へいくんだ」

「ゲン、そんなの無理だ。おまえが、アスに肩をかして池までいけ。ボクはもういいから」

 ごめんね、ごめんね。あたしが足を痛めなかったら、こんなことにならなかったのに。サブ兄ちゃんを最後まで支えられたのに。
 涙がポロリと目からこぼれ落ちそうになり、手の甲でグイっとこする。

「もういいとか、いわないで!」

 先生も同じことをいった。星のかけらはもういいって。サブ兄ちゃんまで蛍になっちゃうなんて、いやだ。絶対いや。

 あたしは、右足に力を入れて立ちあがった。泣いている場合じゃない。泣く時間があれば、一歩でも前に進まないと。

「あたし一人なら歩ける。ゲン、一人でサブ兄ちゃんに肩かせる?」

「あったりまえだろ。まかせろ。肩かすどころか、おんぶだってできるぞ。オレはあきらめない!」

 丸ぼうず頭に、きりっとした目。おじいちゃんは、やっぱりたよりになるね。

「ゲン、アス。ありがとう」

 そういうサブ兄ちゃんのほっぺに、月の光でかがやくものが流れ落ちていく。でもすぐに、手のひらでぬぐわれた。

「そこに落ちているまっすぐな枝を拾ってくれ」

 ゲンがすぐに枝を拾って、サブ兄ちゃんへわたす。

「これをつえにするんだアス。足が楽だと思う。次はあっちにはえてる、じねんじょのつるをとって来てくれ」

 サブ兄ちゃんの指先をたどってみると、木につるがまきついてた。じねんじょってなんだろ。

 ゲンがまたとってきて、サブ兄ちゃんへわたす。

「ゲンすまないが、ボクをおんぶして、このつるで体にくくりつけてくれるか」

「おんぶひもだな。わかった!」

 ぺしゃんこになってたみんなの気持ちは、むくむくふくれていく。
 つるの葉っぱをとると、ひもみたいになった。それで、ゲンとサブ兄ちゃんの体をしばる。
 あたしは、つえをついて立ちあがる。うん、左足が楽。これなら歩ける。

 ふたたび出発してしばらく歩くと、あのお社をみおろす崖に出た。三人の足元でほんのり池がひかっていた。
 まだ、ドバーっとはひかってない。間に合った。
 けど、どうやってこの崖をおりればいいんだろう……。

「そうだった。この道は最後、崖をおりないとお社へいけない」

 ハーハーと肩で息をするゲンの声が、草におおわれた地面へポツンと落ちた。






しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

オオカミ少女と呼ばないで

柳律斗
児童書・童話
「大神くんの頭、オオカミみたいな耳、生えてる……?」 その一言が、私をオオカミ少女にした。 空気を読むことが少し苦手なさくら。人気者の男子、大神くんと接点を持つようになって以降、クラスの女子に目をつけられてしまう。そんな中、あるできごとをきっかけに「空気の色」が見えるように―― 表紙画像はノーコピーライトガール様よりお借りしました。ありがとうございます。

【完結】アシュリンと魔法の絵本

秋月一花
児童書・童話
 田舎でくらしていたアシュリンは、家の掃除の手伝いをしている最中、なにかに呼ばれた気がして、使い魔の黒猫ノワールと一緒に地下へ向かう。  地下にはいろいろなものが置いてあり、アシュリンのもとにビュンっとなにかが飛んできた。  ぶつかることはなく、おそるおそる目を開けるとそこには本がぷかぷかと浮いていた。 「ほ、本がかってにうごいてるー!」 『ああ、やっと私のご主人さまにあえた! さぁあぁ、私とともに旅立とうではありませんか!』  と、アシュリンを旅に誘う。  どういうこと? とノワールに聞くと「説明するから、家族のもとにいこうか」と彼女をリビングにつれていった。  魔法の絵本を手に入れたアシュリンは、フォーサイス家の掟で旅立つことに。  アシュリンの夢と希望の冒険が、いま始まる! ※ほのぼの~ほんわかしたファンタジーです。 ※この小説は7万字完結予定の中編です。 ※表紙はあさぎ かな先生にいただいたファンアートです。

守護霊のお仕事なんて出来ません!

柚月しずく
児童書・童話
事故に遭ってしまった未蘭が目が覚めると……そこは死後の世界だった。 死後の世界には「死亡予定者リスト」が存在するらしい。未蘭はリストに名前がなく「不法侵入者」と責められてしまう。 そんな未蘭を救ってくれたのは、白いスーツを着た少年。柊だった。 助けてもらいホッとしていた未蘭だったが、ある選択を迫られる。 ・守護霊代行の仕事を手伝うか。 ・死亡手続きを進められるか。 究極の選択を迫られた未蘭。 守護霊代行の仕事を引き受けることに。 人には視えない存在「守護霊代行」の任務を、なんとかこなしていたが……。 「視えないはずなのに、どうして私のことがわかるの?」 話しかけてくる男の子が現れて――⁉︎ ちょっと不思議で、信じられないような。だけど心温まるお話。

忠犬ハジッコ

SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。 「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。 ※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、  今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。  お楽しみいただければうれしいです。

クール王子はワケアリいとこ

緋村燐
児童書・童話
おじさんが再婚した事で新しく出来たいとこ。 同じ中学に入学してきた上に、引っ越し終わるまでうちに住む!? 学校ではクール王子なんて呼ばれている皓也。 でも彼には秘密があって……。 オオカミに変身!? オオカミ人間!? え? じゃなくて吸血鬼!? 気になるいとこは、ミステリアスでもふもふなヴァンパイアでした。 第15回絵本・児童書大賞にて奨励賞を頂きました。 野いちご様 ベリーズカフェ様 魔法のiらんど様 エブリスタ様 にも掲載しています。

悪魔さまの言うとおり~わたし、執事になります⁉︎~

橘花やよい
児童書・童話
女子中学生・リリイが、入学することになったのは、お嬢さま学校。でもそこは「悪魔」の学校で、「執事として入学してちょうだい」……って、どういうことなの⁉待ち構えるのは、きれいでいじわるな悪魔たち! 友情と魔法と、胸キュンもありの学園ファンタジー。 第2回きずな児童書大賞参加作です。

秘密

阿波野治
児童書・童話
住友みのりは憂うつそうな顔をしている。心配した友人が事情を訊き出そうとすると、みのりはなぜか声を荒らげた。後ろの席からそれを見ていた香坂遥斗は、みのりが抱えている謎を知りたいと思い、彼女に近づこうとする。

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

処理中です...