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まさか、まさか

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「鹿さん! あたし葉っぱを探してるの。手伝って」

 朝の校庭にひびきわたるあたしの声。鹿さんはゆっくり顔をあげる。

「おお、ええぞお。なんだ、じょうちゃんも葉っぱ食べたいんか。うまいのおせいてやっぞ」

「食べたいんじゃなくて、文字が書ける葉っぱ探してるの。キズがついたら黒くなるの知らない?」

「あー、黒くなるやつか、知ってるぞ」

「ほんと? やった。それどこにあるの」

「お社の近くだ。でもあれ、あんまうまくねえぞ」

 だから、食べないってば。お社の近くだったら、葉っぱとってすぐに白バトさまのところへいける。今日一日、お社にいてくれるようたのんだし。

 その木は、お社の後ろの山にあるそう。鹿さんの背中に乗せてもらい、山の中のけもの道をいく。
 ゆれる背中の上から太陽をみると、だいぶ高い。これじゃあ、お昼までには帰れないな。

 ちょうどお社をみおろす崖の上に到着《とうちゃく》した。そこにある背の高い木の前で、鹿さんはとまった。

「これだぞお。黒くなるの」

 そういうと、のばした首で葉っぱを一枚むしって、あたしにくれた。
 細長い形で、まわりはギザギザになってる。表はピカピカの緑色だけど、裏返したら黄緑色でツルツルしてる。
 この裏側なら字が書けそう。鹿さんから飛びおりる。みつけた平らな石の上に葉っぱをおいた。
 ポケットからクギを出し、葉っぱの端《はし》っこに「あ」って書いてみた。

 クギで書いたところが黒くなって、ちゃんと「あ」って読める。すごい、すごい!

「この葉っぱで正解。もうちょっと大きいのとってくれる?」

 鹿さんから大きい葉っぱをうけとり、さっそく書き始めた。

 東京都……家の住所を書いても、そこにあたしの体はない。かといって、病院の住所は知らない。たぶん同じ区の病院だよね。
 区の名前と病院って書いて、あて名はお母さんにした。
 ここへ配達されてきた時、奥神島としか書かなかったけど、ちゃんとおじいちゃん――姿は小人のゲンだったけど――のそばだった。

 横にした細長い葉っぱの上半分へ、あて先を書いた。下半分にはメッセージを書こう。うーん、何書こう。お母さんに伝えたい事……頭をひねって考え考え、やっと書き終わった。

 できあがった手紙をじっくりとみる。手紙っていうよりハガキっぽいな。
 たしか、葉に書くでハガキって読むよね。じゃあこれって、紙の葉書より本物だ。

 そうだ、いいこと思いついた。葉っぱをもしゃもしゃ食べていた鹿さんに、もう一枚とってもらう。今度はちがう人にあてて葉書を書いた。
 書きあがった二枚の葉書を、ズボンのポケットにしまった。

「鹿さん、いろいろありがとう。後はお社へいったら、おうちに帰れる」

「そうかあ、よかったなあ。この島で遊んで楽しかったか?」

 あたしは鹿さんの質問にはっきり答えた。

「うん。とっても楽しかったよ。ゲンやサブ兄ちゃん、先生、鹿さんとカラス。みんなに会えてよかった」

 鹿さんは満足そうにうなずいた。そして、長い舌であたしの顔をベロンとなめた。青くさい葉っぱのにおいがして、あたしの心はくすぐったいものでいっぱいになる。

「おらは、ここでお別れだ。お社にはいけねえ。この崖くだったらすぐだ。気いつけて帰れよ」

 あたしは大きくうなずいた。そうだった。鹿さんは白バトさまをみると、目がつぶれるっていっていた。あんなハトでも尊敬《そんけい》されてるんだなあ。

 学校へ帰る鹿さんの後ろ姿に手をふった。そして、深呼吸をして崖の下をみる。
 ここをおりるのか。傾《かたむ》きはなだらかだけど、けっこうな高さ……家の二階の窓からみた景色より、もうちょっと高いかな。
 でも、これぐらい大丈夫。だってあたしはもっと高い崖から鹿さんと飛びおりたんだから。

 あたしは「いくぞ!」と一声気合を入れて、ゆっくりおりていった。かかとに体重をかけて、一歩一歩ふんばる。草がびっしりはえた斜面《しゃめん》はすべりやすい。気をつけてても足がすべり、尻もちをついた。
 お尻に冷たい感触《かんしょく》……って思った瞬間、そのままザザーって一気に下まですべっていった。

 あいたた。すべり台みたいに早かったけど、お尻がぬれちゃった。草スキーのそりがあったら、ぬれなかったのに。っていってもここに、そりがあるわけないよね。

 立ちあがり、おしりをパンパンはたいて、息を大きく吸う。

「白バトさまー! 葉書書いてきたよ」

 こだまになって、ひびく声。それなのに白バトさまは、姿をあらわさない。
 あんなにお願いしたのに。まさか酔っぱらってたから忘れちゃった? そんなのないよ。

 あたしはあきらめきれず、もう一度白バトさまをよんだ。
 そうしたら、どこからかうめき声が聞こえてくる。耳をすますと、池の近くのやぶからだ。

 やぶの中へ入り、切れ切れの声をたどっていくと、木の根元に白バトさまがうずくまっていた。なんだか顔色が悪くてしんどそう。

「どうしたの、白バトさま。どっか痛いの?」

「おお、よいところへきた小娘……ちと、水を一ぱい所望《しょもう》する」

「なに、しょもうって。もっとわかりやすくいって!」

 白バトさまの弱々しい声にあせって、あたしはついつい大きな声でいった。

「大きな声でいうでない。頭にひびく――」

 頭が痛いんだ。お母さんもたまに、偏頭痛《へんずつう》っていうのにかかってる。その時はごはんもつくれないほど、ぐったりしていた。

「水をどうすればいいの?」

「水が飲みたいのだ――」

 その声を聞いてあたしは、すぐさま池へ走っていった。


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