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はじけた光
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月や蛍のやさしい光がとどかない、ブラックホールみたいな言葉。あたしの心は吸い込まれていく。
「最後って、なんだよ。明日もあさっても、先生はここにいる。今までもそうだったんだから、これからもずっとここにいるんだ!」
ゲンはのどの奥に涙をかくしたうるんだ声で、勢いよくいった。
「ゲン、この世にずっとなんてないんだ」
とてもとても静かな、けれど芯《しん》のある声で先生は、泣きそうなゲンをなだめた。
「あの太陽だって、五十億年後には寿命《じゅみょう》がつきる。そうしたらこの地球も死ぬんだ」
「そんな気の遠くなるような、でっかいこといわれたってピンとこねえ」
「はっはっ。そうだな、話がでかすぎた」
先生は笑ったけど、その声はかすれていた。自分の正体は九三歳の老人。病院のベッドでずっと寝てるっていってた。
今その九三歳のおじいちゃんは、どうしてるの? 考えようとするけど、頭がしびれて、もう何も考えられない。
「先生はこれから、死ぬの?」
問いかけているのに、疑いのない確信を持ったサブ兄ちゃんの言葉が、あたりをピリリとこおらせていく。蛍の飛翔《ひしょう》は、さっきよりはげしくなったような気がする。
「サブ兄ちゃん、なんてこというんだよ! 先生は絶対死なない。死なせない」
とうとうゲンが泣き出した。その泣きじゃくる頭を先生はポンポンとやさしくなでる。
「泣くなゲン。死ぬことはこわいことでも、悲しいことでもない。あたりまえのことだ。誰だって、一度だけ経験しなければならない。その一度が今でよかった」
その言葉に答えるように、蛍は点滅をくり返す。先生の目が順番に、あたしたちをみていく。サブ兄ちゃん、ゲン、そしてあたし。
「いいことを教えてやる。死んだら終わりじゃないんだ。はじまりなんだ。だからそんなに悲しむな――」
そういった先生の口はふっと閉じ、まぶたは笑うようにゆっくりゆっくり閉じていく。目をつむった瞬間、先生の体はまばゆい緑の光につつまれ、輪郭《りんかく》がなくなる。その小さな光がふくれあがり何千、何万という光のつぶの集合体へと変身した。ちょうど、大人の人の体の大きさぐらいに。
そしてその光のつぶひとつひとつが、蛍だった。
蛍が先生の体を形どっている。でも、すぐに蛍は闇へ向かって、いっせいに飛び立った。黒い画用紙に、たっぷり絵の具のついた筆をはじいたみたいに一瞬だった。
ふと下をみると、寝床の中には誰もいない。
「いなくなった人たちは、蛍になってたのか。この蛍はみんなだったんだ」
サブ兄ちゃんの横顔が緑色にそまってる。愛《いと》おし気《げ》に、その手は空中で舞う蛍をなでていた。もう、どの蛍が先生だったかわからなくなった。
「そうか、先生は蛍になったんだ。だから、死んでも終わりじゃないっていったんだ」
泣いてたはずのゲンは口をポカンとあけ、緑の光にみいっている。
「よかった。先生死んだんじゃないんだね。蛍に変身しただけなんだね」
何も考えられないのに、あたしの口から勝手に言葉がこぼれだす。
「ちがうぞ。先生は死んだんだ。死んで蛍に生まれ変わったんだ」
ゲンがあたしをまっすぐみて、きっぱりという。でも、あたしには理解できない。
「なんで? いっしょじゃん。蛍はあたしたちの言葉がわかるんだよ。先生ってよべば来てくれるよ」
あたしは、大声で蛍によびかけた。
「先生は死んでないよね。蛍に変身しただけだよね。あたしの言葉がわかるなら、この手のひらにとまって。先生ここへもどってきて!」
そういって、先生の光がはじけた空間に手を差し出した。
でも、いくら待っても、蛍は手のひらに来てくれない。手のひらは何もにぎらないまま、だらりと落ちた。
「アス、悲しいけど、ちゃんと先生が死んだってことをうけ入れないと」
サブ兄ちゃんがそういって、あたしのすねにそっとふれ、よしよしって赤ちゃんみたいにあやしてくれる。だけどその手のあたたかさから、にげ出したかった。
「いやだ、信じない。だってここは魔法の国だもん。白バトさまにたのんだら、生き返らせてくれるかもしれない。あたし今からお社にいって、たのんでくる」
床においた袋をつかんで、あたしは教室からにげ出した。後ろからゲンとサブ兄ちゃんの声が聞こえたけど、無視して走りだす。
ふたりはあたしのいうこと信じてくれないんだもん。絶対先生は生き返るんだから。
校門を出て八幡様のお社めざし、坂をのぼった。蛍はついてきてくれなかったけど、のぼったばかりの月が夜を照らしてた。
全力疾走《ぜんりょくしっそう》。すぐに息があがる。手にもった袋から王冠と星のかけらがこすれる音がして、からっぽの頭の中でガンガン鳴りひびく。
むちゃくちゃ走って走って、やっとお社へ続く長い石段の下まできた。二段飛ばしで一気にかけあがる。鳥居をくぐったところで、はっと気がついた。
そうだ、白バトさまはここにいないんだった。夜になったら山の中のほこらへ帰るって、たしかサブ兄ちゃんがいってた。
鳥居の上をみても、そこに白バトさまはとまっていない。あの時、ほこらの場所聞いておけばよかった。そんなこと今考えても、どうしようもない。
みあげる夜空の無数の星が、にじんでいた。あんなにきれいだった星は、今ちっともきれいじゃなかった。
「最後って、なんだよ。明日もあさっても、先生はここにいる。今までもそうだったんだから、これからもずっとここにいるんだ!」
ゲンはのどの奥に涙をかくしたうるんだ声で、勢いよくいった。
「ゲン、この世にずっとなんてないんだ」
とてもとても静かな、けれど芯《しん》のある声で先生は、泣きそうなゲンをなだめた。
「あの太陽だって、五十億年後には寿命《じゅみょう》がつきる。そうしたらこの地球も死ぬんだ」
「そんな気の遠くなるような、でっかいこといわれたってピンとこねえ」
「はっはっ。そうだな、話がでかすぎた」
先生は笑ったけど、その声はかすれていた。自分の正体は九三歳の老人。病院のベッドでずっと寝てるっていってた。
今その九三歳のおじいちゃんは、どうしてるの? 考えようとするけど、頭がしびれて、もう何も考えられない。
「先生はこれから、死ぬの?」
問いかけているのに、疑いのない確信を持ったサブ兄ちゃんの言葉が、あたりをピリリとこおらせていく。蛍の飛翔《ひしょう》は、さっきよりはげしくなったような気がする。
「サブ兄ちゃん、なんてこというんだよ! 先生は絶対死なない。死なせない」
とうとうゲンが泣き出した。その泣きじゃくる頭を先生はポンポンとやさしくなでる。
「泣くなゲン。死ぬことはこわいことでも、悲しいことでもない。あたりまえのことだ。誰だって、一度だけ経験しなければならない。その一度が今でよかった」
その言葉に答えるように、蛍は点滅をくり返す。先生の目が順番に、あたしたちをみていく。サブ兄ちゃん、ゲン、そしてあたし。
「いいことを教えてやる。死んだら終わりじゃないんだ。はじまりなんだ。だからそんなに悲しむな――」
そういった先生の口はふっと閉じ、まぶたは笑うようにゆっくりゆっくり閉じていく。目をつむった瞬間、先生の体はまばゆい緑の光につつまれ、輪郭《りんかく》がなくなる。その小さな光がふくれあがり何千、何万という光のつぶの集合体へと変身した。ちょうど、大人の人の体の大きさぐらいに。
そしてその光のつぶひとつひとつが、蛍だった。
蛍が先生の体を形どっている。でも、すぐに蛍は闇へ向かって、いっせいに飛び立った。黒い画用紙に、たっぷり絵の具のついた筆をはじいたみたいに一瞬だった。
ふと下をみると、寝床の中には誰もいない。
「いなくなった人たちは、蛍になってたのか。この蛍はみんなだったんだ」
サブ兄ちゃんの横顔が緑色にそまってる。愛《いと》おし気《げ》に、その手は空中で舞う蛍をなでていた。もう、どの蛍が先生だったかわからなくなった。
「そうか、先生は蛍になったんだ。だから、死んでも終わりじゃないっていったんだ」
泣いてたはずのゲンは口をポカンとあけ、緑の光にみいっている。
「よかった。先生死んだんじゃないんだね。蛍に変身しただけなんだね」
何も考えられないのに、あたしの口から勝手に言葉がこぼれだす。
「ちがうぞ。先生は死んだんだ。死んで蛍に生まれ変わったんだ」
ゲンがあたしをまっすぐみて、きっぱりという。でも、あたしには理解できない。
「なんで? いっしょじゃん。蛍はあたしたちの言葉がわかるんだよ。先生ってよべば来てくれるよ」
あたしは、大声で蛍によびかけた。
「先生は死んでないよね。蛍に変身しただけだよね。あたしの言葉がわかるなら、この手のひらにとまって。先生ここへもどってきて!」
そういって、先生の光がはじけた空間に手を差し出した。
でも、いくら待っても、蛍は手のひらに来てくれない。手のひらは何もにぎらないまま、だらりと落ちた。
「アス、悲しいけど、ちゃんと先生が死んだってことをうけ入れないと」
サブ兄ちゃんがそういって、あたしのすねにそっとふれ、よしよしって赤ちゃんみたいにあやしてくれる。だけどその手のあたたかさから、にげ出したかった。
「いやだ、信じない。だってここは魔法の国だもん。白バトさまにたのんだら、生き返らせてくれるかもしれない。あたし今からお社にいって、たのんでくる」
床においた袋をつかんで、あたしは教室からにげ出した。後ろからゲンとサブ兄ちゃんの声が聞こえたけど、無視して走りだす。
ふたりはあたしのいうこと信じてくれないんだもん。絶対先生は生き返るんだから。
校門を出て八幡様のお社めざし、坂をのぼった。蛍はついてきてくれなかったけど、のぼったばかりの月が夜を照らしてた。
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そうだ、白バトさまはここにいないんだった。夜になったら山の中のほこらへ帰るって、たしかサブ兄ちゃんがいってた。
鳥居の上をみても、そこに白バトさまはとまっていない。あの時、ほこらの場所聞いておけばよかった。そんなこと今考えても、どうしようもない。
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