上 下
26 / 39

はじけた光

しおりを挟む
 月や蛍のやさしい光がとどかない、ブラックホールみたいな言葉。あたしの心は吸い込まれていく。

「最後って、なんだよ。明日もあさっても、先生はここにいる。今までもそうだったんだから、これからもずっとここにいるんだ!」

 ゲンはのどの奥に涙をかくしたうるんだ声で、勢いよくいった。

「ゲン、この世にずっとなんてないんだ」

 とてもとても静かな、けれど芯《しん》のある声で先生は、泣きそうなゲンをなだめた。

「あの太陽だって、五十億年後には寿命《じゅみょう》がつきる。そうしたらこの地球も死ぬんだ」

「そんな気の遠くなるような、でっかいこといわれたってピンとこねえ」

「はっはっ。そうだな、話がでかすぎた」

 先生は笑ったけど、その声はかすれていた。自分の正体は九三歳の老人。病院のベッドでずっと寝てるっていってた。

 今その九三歳のおじいちゃんは、どうしてるの? 考えようとするけど、頭がしびれて、もう何も考えられない。

「先生はこれから、死ぬの?」

 問いかけているのに、疑いのない確信を持ったサブ兄ちゃんの言葉が、あたりをピリリとこおらせていく。蛍の飛翔《ひしょう》は、さっきよりはげしくなったような気がする。

「サブ兄ちゃん、なんてこというんだよ! 先生は絶対死なない。死なせない」

 とうとうゲンが泣き出した。その泣きじゃくる頭を先生はポンポンとやさしくなでる。

「泣くなゲン。死ぬことはこわいことでも、悲しいことでもない。あたりまえのことだ。誰だって、一度だけ経験しなければならない。その一度が今でよかった」

 その言葉に答えるように、蛍は点滅をくり返す。先生の目が順番に、あたしたちをみていく。サブ兄ちゃん、ゲン、そしてあたし。

「いいことを教えてやる。死んだら終わりじゃないんだ。はじまりなんだ。だからそんなに悲しむな――」

 そういった先生の口はふっと閉じ、まぶたは笑うようにゆっくりゆっくり閉じていく。目をつむった瞬間、先生の体はまばゆい緑の光につつまれ、輪郭《りんかく》がなくなる。その小さな光がふくれあがり何千、何万という光のつぶの集合体へと変身した。ちょうど、大人の人の体の大きさぐらいに。
 そしてその光のつぶひとつひとつが、蛍だった。

 蛍が先生の体を形どっている。でも、すぐに蛍は闇へ向かって、いっせいに飛び立った。黒い画用紙に、たっぷり絵の具のついた筆をはじいたみたいに一瞬だった。
 ふと下をみると、寝床の中には誰もいない。

「いなくなった人たちは、蛍になってたのか。この蛍はみんなだったんだ」

 サブ兄ちゃんの横顔が緑色にそまってる。愛《いと》おし気《げ》に、その手は空中で舞う蛍をなでていた。もう、どの蛍が先生だったかわからなくなった。

「そうか、先生は蛍になったんだ。だから、死んでも終わりじゃないっていったんだ」

 泣いてたはずのゲンは口をポカンとあけ、緑の光にみいっている。

「よかった。先生死んだんじゃないんだね。蛍に変身しただけなんだね」

 何も考えられないのに、あたしの口から勝手に言葉がこぼれだす。

「ちがうぞ。先生は死んだんだ。死んで蛍に生まれ変わったんだ」

 ゲンがあたしをまっすぐみて、きっぱりという。でも、あたしには理解できない。

「なんで? いっしょじゃん。蛍はあたしたちの言葉がわかるんだよ。先生ってよべば来てくれるよ」

 あたしは、大声で蛍によびかけた。

「先生は死んでないよね。蛍に変身しただけだよね。あたしの言葉がわかるなら、この手のひらにとまって。先生ここへもどってきて!」

 そういって、先生の光がはじけた空間に手を差し出した。
 でも、いくら待っても、蛍は手のひらに来てくれない。手のひらは何もにぎらないまま、だらりと落ちた。

「アス、悲しいけど、ちゃんと先生が死んだってことをうけ入れないと」

 サブ兄ちゃんがそういって、あたしのすねにそっとふれ、よしよしって赤ちゃんみたいにあやしてくれる。だけどその手のあたたかさから、にげ出したかった。

「いやだ、信じない。だってここは魔法の国だもん。白バトさまにたのんだら、生き返らせてくれるかもしれない。あたし今からお社にいって、たのんでくる」

 床においた袋をつかんで、あたしは教室からにげ出した。後ろからゲンとサブ兄ちゃんの声が聞こえたけど、無視して走りだす。
 ふたりはあたしのいうこと信じてくれないんだもん。絶対先生は生き返るんだから。

 校門を出て八幡様のお社めざし、坂をのぼった。蛍はついてきてくれなかったけど、のぼったばかりの月が夜を照らしてた。

 全力疾走《ぜんりょくしっそう》。すぐに息があがる。手にもった袋から王冠と星のかけらがこすれる音がして、からっぽの頭の中でガンガン鳴りひびく。

 むちゃくちゃ走って走って、やっとお社へ続く長い石段の下まできた。二段飛ばしで一気にかけあがる。鳥居をくぐったところで、はっと気がついた。
 そうだ、白バトさまはここにいないんだった。夜になったら山の中のほこらへ帰るって、たしかサブ兄ちゃんがいってた。

 鳥居の上をみても、そこに白バトさまはとまっていない。あの時、ほこらの場所聞いておけばよかった。そんなこと今考えても、どうしようもない。
 みあげる夜空の無数の星が、にじんでいた。あんなにきれいだった星は、今ちっともきれいじゃなかった。 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

【R18】もう一度セックスに溺れて

ちゅー
恋愛
-------------------------------------- 「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」 過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。 -------------------------------------- 結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。

校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが小さな公園のトイレをみんなで使う話

赤髪命
大衆娯楽
少し田舎の土地にある女子校、華水黄杏女学園の1年生のあるクラスの乗ったバスが校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれてしまい、急遽トイレ休憩のために立ち寄った小さな公園のトイレでクラスの女子がトイレを済ませる話です(分かりにくくてすみません。詳しくは本文を読んで下さい)

ロリっ子がおじさんに種付けされる話

オニオン太郎
大衆娯楽
なろうにも投稿した奴です

処理中です...